第3話

作り始めた椅子の展望台だったが、その一日目、ある高さまで来てふと行き詰まる。

「こっからどうやって積むんだ?」

 ある程度高くなった椅子の山に次の椅子を積むのは、積まれた椅子の山をよじ登り、椅子を頂上まで運ぶしかほかない。問題は誰に運ばせるか。そこで白羽の矢がたったのが峯野だった。

「え、俺?」

 人差し指を自分に向け、大きく首をふる峯野。クラスのみんなは峯野の父がロッククライマーだったことを知っており、この直立した椅子の山をクライミングしてかつ椅子を運べるのは峯野しかいないと思っていた。

「無理、無理。俺、運動神経悪いし。第一、親父がロッククライマーだったからと言って俺に才能あるとは限らないし。他にもっと適任のやつが――」

「峯野くん」

 自己弁護する峯野の言葉を浅岡は遮る。峯野の左手を浅岡は小さな両手で力いっぱい握り、峯野を見つめる。そのまん丸な目は濁りが一切なく清らかで、白に臨む黒い瞳から放たれる輝きは、ブラックダイヤモンドを彷彿させる。峯野はその眼差しの眩しさに眩む。そして、腹をくくった。

「僭越ながらその役目、お受けいたします」

「ありがとう!」

 浅岡は目を細め、白い歯がこぼれる。さっきの瞳が宝石なら今この表情は野に咲く大輪の花と言ったところか。その笑顔が見れるだけで峯野は幸せな気分になるのだった。


 運搬が決まったこともあり、中断していた作業が再開する。下から上まで一人で運ぶのは流石に辛いと考え、下からバケツリレーの様に椅子を渡していき、最後の人から受け取った椅子を受け取った後、頂上まで運んで積むのが峯野の仕事だった。そしてその最後、峯野に椅子を渡すのは浅岡だった。高所になればなるほど上に危険が伴うので女子がしたから順に並んでいって上は男子にする予定だったが、峯野に運搬の役目を頼んでおいて自分は安全な場所にいるのは何か違うと思い、浅岡自ら率先し、そして断固としてその役目は譲ろうとしなかった。峯野は俄然やる気が出た。

 バケツリレーの椅子運びは途中でカラスの奇襲にあったが、伝家の宝刀で追い払った。カラスの邪魔は入ったものの進行具合はおおむね順調。高さが高くなるにつれて酸素が薄くなるとともに気温が下がってきた。熱いと思って学ランの上着を脱いで登っていたのだが、およそ標高千メートルを超えたあたりから次第に寒くなってきた。ちょうどその時、次の椅子をもらいに行く際、浅岡に伝言を頼む。

「ちょっとうわぎ運んでもらうよう下に伝えてくれない?」

「了解!」

元気よく浅岡は返事をすると、その下にいる子に伝える。伝言ゲームが始まった。峯野は、上着が届くまで待つことを考えたが、この次の椅子が運ばれているのが下の方に見え、運びながら上着の到着を待つことにした。

 椅子をいくつか積んだ後、浅岡の下に戻ると、浅岡は窮屈そうに積まれた椅子にしがみつきながら椅子と何かを持っている。持っているものを受け取ろうと手を伸ばすと、浅岡は手に持っているものを引き上げながら、精一杯の声で言った。

「はいっ! 椅子と――うきわ!」

椅子と共に受け取った何かはどうやら浮き輪で、上着が四十人に伝聞していった結果、浮き輪になったらしい。コントをやっている場合か、浅岡にそう突っ込むと、ドーナッツのような浮き輪を地上に向けて放り投げた。

余談だが、この時、浮き輪は風に乗り、さらにスピンしてゆらゆらと飛んで行ったこともあり、翌日の朝刊のあるページに、『駿河湾上空にUFOか!?』と言う記事でこの浮き輪の写真が載った。

それはさておき、峯野は学ランの上着だと正確に伝え、頼むぞとさらに念を押した。浅岡はごめんと言って下りてゆく。戸惑っていたため正確に伝えれたのか少し怪しい。しかし、待っていても仕方ないので椅子を運んで積んでいく。しばらくした後、今度は本当に学ランの上着が届いた。正確に下に伝わったらしい。峯野は学ランを羽織り、気を引き締めて椅子を運び積んでゆく。

 積むにつれて運ぶ距離が長くなり、疲労が溜まっていく、結構積んだと思い、残りの椅子の数を聞くが、まだ半分より少なかった。辺りはだいぶ暗くなってきたこともあり、今日の作業はここで終った。

 そこから作業は順調に進んでいきおよそ標高二千メートルまで来た。ここまで来ると残りあと三分の一と希望が湧いてくるように思われたがここからがきつい。より酸素が薄くなるのだ。

峯野にかかる疲労も自然と増えていく。それにつれて休憩も多くなり、そこからは日単位だいたい百メートルになった。そこから残りあと少しのところまで作業が進んだところで六月に入った。梅雨の時期だ。雨でできないが続き、文化祭までの日数も減っていく。晴れていても、足場手すりが滑るといった理由でできない日もあった。あと少しなのに作業ができない。そんなもどかしい日が続いた。もう完成でいいんじゃね、そんな声がどこからか聞こえてくる。峯野自身、最初にあった情熱の炎はここ数日の雨で弱まり、消えかけていた。しかし、椅子を発注するのに予算をはたいてくれた担任、忙しい中、協力してくれた物理の先生と体育の先生のためにも中途半端で終るわけにはいかない。炎に勢いが戻る。峯野は一人でも完成させるつもりでいた。

「これじゃあ間に合わない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る