第19話 腹黒

 翌日は身体測定や血液検査など一見当たり障りのない検査を終えて仙香と食事をする。


「仙香、食事の時は本を読んではいけない。行儀が悪い」

「おやおや、京君に叱られてしまいましたね。ほほほ」


 夕食をフォークの先で突きながら本を読んでいた仙香が開いていた本を閉じて笑う。俺が食事をする時に本を読んでいたのはこの人を真似たから。


「シオンが怒る。最近、俺は他の香人やシオンにいつも叱られてるよ」

「ほう、京君にも大切な人ができましたか? 尊い事ですね」

「叱る人は大切な人なの? そう言えば一度しか会った事が無い慈愛から伝言を貰ったけど意味が解らなかった」

「慈愛君に会いましたか。そぅですか。君は百香の特質を覚えていますか?」


 仙香の惚けた受け答えが怪しい。山根も仙香も俺に何を隠してる?

 

 百香の特質は仙香が触れて意識と記憶を操る、日登は幻聴、昴は幻影、リゲルは武術、慈愛は占う、俺は有形化。伝言は予言?


「もう一度よく考えてみるよ。話は違うけど最近はよく星が流れるね」

「まだ夜空を見ていましたか。ほほ。山に居ると星や星座の話が多くなって小さい君には詰まらなかったでしょうね」

「仙香の話しは好きだったよ。でも、火球が多いと何かを心配していた」

「ほっほっほ。私としたことが君に余計な心配を掛けましたね。あぁ、言い忘れるところでしたお誕生日おめでとう。一六歳の京君はお話し上手になりましたね」

「有難う」


 怪しいけどもぉ、明らさまにはぐらかされたからもう聞けない。


「シオン君は昨日から余り食べていないようですが、どうかしましたか?」


 話しを聞いているようでボーっとしているシオンの顔を覗き仙香が問う。

 阿呆面してボーっとしているからテーブルの上に乗せた犬がシオンのミートローフを半分食べた。


「ちょっと緊張しただけです」

「そうでしょうねぇ、銃に囲まれて過ごす経験は無いでしょうからねぇ。ほほ。風情を解さない方々で困りものですねぇ」


 仙香が手を伸ばしそっとシオンの頭を撫でるとシオンの顔はパッと明るく変わった。


「大丈夫です。食べられます。あっ! 犬に食べられた」


 今頃か! パクパク食べ始めたシオンを見て仙香が笑う。


「子供は沢山食べて下さいね。ほーほほほほほ」


 一瞬で緊張を解いてくれたらしいけど仙香の意識操作を見ると寒気がする。


「京は百香だから偉そうなわけじゃ無かったんだな。指導者の仙香様にもっと丁寧に喋れないのか?」


 元気になったら途端に説教か! シオンなんか無視だ、無視! 仙香が笑う。


「ほほほ。京君はずっとこのままですねぇ。小さい頃に指導しなかった私の責任かも知れませんが性分か、他に何か理由があるのかも知れませんね。ほっほっほ」


 シオンは首を傾げるけど誰にも叱られた事は無いし間違えている気がしない。強いて言えば目上だと感じる人が居ないだけ?


******************************


 ジェトカーで国防軍基地を出て宮廷に着くと今度は宮廷警備隊に囲まれて庭園を歩く。百香を理解していないのか馬鹿にしてるのか税金の無駄。


 燦々と夏の陽が降り注ぎ芝生の緑が眩しい。宮廷なんて興味はないけどよく手入れされた庭園は好きだ。



 案内された貴賓室には三人の百香が既に着席していた。

 毎年恒例、ちょっと視線を合わせるだけで誰も喋らない。百香でも慈愛は呼ばれた事がないのに俺は二歳から招かれてる。


 南島で国防していたアルファルドが死んで慈愛が行くのかと思ったら若い昴が行った。どーなってるの? と思ってもここじゃ聞けなかった。


 年々、肥えるポイズ……椅子、壊れろ!


「今年も元気な百香様の顔を見られて嬉しく思うよ。ははは」


 着席したポイズが人懐っこい顔をして機嫌よく笑う。


「国防をしている皆さんの労をねぎらう為に宮廷料理長が腕を振るった料理を存分に味わってくれたまえ」


 くれたまえか。俺は国防してないけどねぇ。誰も返事をしないのも恒例。

 給仕が食事を運ぶ。華やかな前菜、サラダ、スープにパン、白身魚のポワレ。


 あー、来た。ナイフとフォークを皿の上に並べて置き水を飲む。百香は無反応だけどシオンはちらちら俺を見て気にし過ぎ。魚をやり過ごしてソルベを食す。


 シオンの横に立った給仕の皿を叩き落とし一瞥して言う。


「失礼。手が当たった」


 給仕が顔色を変えるとポイズがフォロー。


「気にする事は無いよ、はは、子供なんだから失敗する事もあるでしょ」


 新しい皿がシオンの前に置かれ食事は続く。

 自分の皿を落とされて俺を見つめていたシオンのナイフとフォークを持つ手が震え皿がカチカチと音を立てた。シオンに言う。


「子羊のグリエが美味しいよ」


 頷きナイフを動かすシオンを見て前の席でソンブレロ・リゲルがふーっと息を吐いた。


 フルーツ、フロマージュ。ポイズが給仕に何か合図をし、後ろに立つ給仕長らしき人の顔が歪んだ。

 取り分けるデザートのケーキはいい香り。後から運ばれたコーヒーの香りが悪い。

 どう伝える?


「仙香、先週夜更かしをして星の観察をして思い出したんだけどギリシャ神話ではオリオン座は海の王ポセイドンの息子だったよね」

「そうですねぇ。空に輝くオリオン座の一等星は綺麗ですねぇ」

「ほぉ、オリオン座の一等星の名はなんと言うんだい?」


 ポイズゥー、邪魔するんじゃないよ!


「一等星は年老いた星でペテルギウストといいますよ」


 仙香が難なく躱す。


「京君、子供の夜更かしのお供はケーキですか?」

「いや、眠くならないようにコーヒーにしたよ」

「そうですか。大人に成りましたねぇ。ほほほほ」


 リゲルがコーヒーカップを持つ手を離した。

 北半球ではオリオン座は冬の星座。輝く一等星は二つ、一つは赤く輝くペテルギウスもう一つは青く輝く若いリゲル。

 全員無事に食事が終わればポイズが喋り出す。


「百香虹彩様は香人キングになって街を随分と綺麗にしてくれたようだねぇ、立派な功績ですから報奨金を振り込んでおいたよ。ははは。ペアの蜜人は香雨シオン君だったね。父親は中央銀行の頭取で母親は専業主婦、兄のヘーベ君は病気で一年も寝たきりだったのに治ったんだってねぇ。お元気でなによりだね。それに比べて昴様と虹彩様は天涯孤独だから遠隔地の仕事も気兼ねが無くていいよねぇ。はははは……」


 給仕がコーヒーを下げてハーブティーを運ぶと一口飲んでポイズが続ける。


「リゲル様の奥様とお子様二人は何不自由なく西五区でお過ごしだよ、仙香様のご家族も元気でいらっしゃる。お孫さんは百香じゃなくて残念だったねぇ。ははははは。日登様もお孫さんが結婚されてお幸せだから心置きなく国防してくれたまえ。二・三日休暇だと思って宮廷でのんびりして行くといい」


 仙香の向かいに座った日登の眉間に皺が寄った。


「休暇でしたら家族の元に帰らせて頂きたい」

「日登様、急に百香が街を歩いては畏れ多くて国民が困るだろ。ここで過ごしたまえよ」


 ポイズを睨む日登の顔に憎悪が溢れた。


******************************


 会食を終え給仕に案内される部屋は毎年同じだった。中に入って早々に何か喋ろうとしたシオンを制し椅子に座らせ耳元で言う。


「監視カメラと盗聴器があるから喋らないで、宮廷に居る間は俺から離れるな」


 シオンの顔を胸に抱いてさらさらと指で髪を梳かす、ヒメノカリス、ブッドレア、ミソハギ、マトリカリア、アカンサス、イソトマ、ウイキョウ、アラマンダ……抱き付いている腕が震えて声を殺して泣いているのが分かった。


 胸がざわざわする。


「ゴメン、何も知らないで……ゴメン」

「誰にも知って欲しくなかった。そうだ、シオンの前に座っていたのが昴だよ」


 擦れた声で謝ったシオンは頷いたけど其れきりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る