第17話 言魂

 期末テストだけはどうにか眠らずに受けたら驚愕の結果が発表された。学習にも気香を使う俺は二五〇点満点で一位なのは当たり前だけど二位はシオンで二四六点。泰斗と蓮まで八位、一三位と名を連ねていた。

 馬鹿じゃなかったのかぁー、吃驚仰天。これが学校の七不思議ってやつか?


 一学期の終業式を終え俺の部屋について来ようとしている蜜人に言う。


「シオンは何でそんななの? 四点は母国語でしょ」

「そんなってなんだ? 母国語で悪いか! 二番なんて久しぶりで納得いかない」


 やっぱり母国語か。泰斗が振り向いて丸い眼を一段と丸くする。


「京は中等部の卒業式に来てたよねぇ? シオンが卒業生代表してたの見たでしょ。京こそずっと寝てるしノートも取らないのに満点なんてどうなってるの?」

「卒業生代表ってなに? 寝てたから何も見てない」

「お前は父兄席で寝てたのか!」


 墓穴を掘ってしまった……シオンが怒るから話題を変える。


「そうそう、俺は大等部課程まで終わってるから学校も通わなくていいらしい」


 ぷはっ! 三人が揃って立止り前を歩いていた蓮の背中に顔面から突っ込んだ。

 俺の両腕を掴んで泰斗が言う。


「もしかして先生より賢いの?」

「さぁ? 俺は法学と行政学で教員課程を取ってない」


 三人で半歩下がるのはどうしてなの? 泰斗が腕組み?


「僕は夏休みから家庭教師を付けようと思ってたけど京に教えて貰おうかなぁ」

「泰斗ずるい。俺も教えて欲しいし真帆がまた指導して欲しいって言ってる」

「泰斗も蓮も俺の所で勉強されても困るから止めて」


 ちょっと待て。協会の廊下で目を潤ませるのは止めろ。流石にシオンはこんな事で泣くわけない……ある。

 部屋に入っても泰斗のおねだりは続く。


「一週間に二回でいいから教えてよ」

「夏休みは協会の仕事で出かけるから時間が無いの!」

「予定表に明後日から一週間って書いてあったでしょ。帰ってからでいいからお願いぃー」


 泰斗は予定表までチェック済か。幹部でもないのにいつ執務室に行ったんだ? いや、勝手にサイトに侵入したに違いない。シオンが秘薬を持っている事も知っていたから侮れない。


「明日の理事会が終わったら出発して一週間より短いかも知れないし長いかも知れないから家庭教師に教えて貰ってよ」

「ブゥー!」


 泰斗が頬を膨らませる。学校で一緒にいる流れでシオンが協会に来る時は泰斗が面白がって蓮を誘って付いて来る。シオンと距離を取るのに調度いいと思って許容していたらペットボトル片手に俺の部屋で寛ぐのが常態化してしまった。


「留守中はあきらに頼んであるから三人とも何かあったら頼っていいって。明日は忙しいから来ないでね」


 記憶に刻まれてしまうから見送られるのは嫌だ。


「京、俺は理事会にでるだろ?」

「明日の理事会には出なくていい」


 ガラスに映ったシオンの不満顔を窓を開けて消す。皆を不安にさせる必要はない、感情を揺らすな。笑顔で振返ったらソファーに戻ればいい。


「夏休みって勉強の他になにするの?」

「そうだなぁー。友達や家族と海や山に行くとか、おじいちゃんやおばあちゃんがいたら田舎に帰省するとかじゃない? うちはニュージーランドでスノボするんだぁー」


 泰斗が言うと蓮が溜息。


「はぁ、俺のうちは消防士と看護師で両親とも仕事だし一緒の休みが少ないから遠くに旅行なんてなかなか行けないよ。今年も不器用な真帆の世話で終わるなぁー。シオンは?」

「今年は兄さんの勉強が忙しいから何処にも行かないよ。塾に行けば塾と協会の仕事と京の世話で終わり」


 一年寝ていたヘーベは高等部三年の補修と並行して大等部に通っている。安全の為とはいえ一年間寝ていた代償は大きい。眠らせたのは慈愛の選択。

 あれから俺は涙を封じる方法を模索して恐怖で縛る暗示も考えたけどシオンに掛けるかとゆうと出来ない。もう一度、もう少しだけ、笑顔が見たい。そんな思いが邪魔をした。


「シオン、俺の世話は暇な時だけでいいよ」


 ぷいと横を向くシオンは春から日を追うごとに笑顔が消えた。

 全く気にせず泰斗が言う。


「じゃあ、京が帰ってきたら皆で海に行こうよ! 蓮も週末一回位なら平気でしょ、海の近くにうちの別荘があるから宿泊費は掛からないしジェットカーを使えば移動も早いから一泊でも楽しめるよ。皆でバーベキューして花火しようよ!」

「いいな。京は海に行った事はあるの?」

「ネットでしか見た事ない」


 シオンとは対極にいるご機嫌な泰斗は燥ぎ勝手に話しは進む。


「じゃあ決まり! 楽しみだなぁ、皆で別荘を使えるように母さんに交渉して準備して貰うからもう帰るねぇー」

「じゃあ俺も。今日は真帆も早く帰って来るから帰るよ」


 あらら、急転直下。唐突に二人が帰ってしまいシオンと居るのが気まずい。

 席を立ちキッチンで冷蔵庫の中を眺める……ほら、ソファーに座ったシオンがこっちを見た。


「協会の仕事ってどこに行くんだ?」

「北十区だったかなぁ。なにか飲む?」

「飲んでるからこっち来て座れ」


 そーですよね、飲んでますよね。テーブルを挟んで向かい側に座る。


「北十区って軍があるところだろ? 仕事って何だ?」

「ただの健康診断」

「嘘つくなよ。健康診断で軍の基地に一週間も行くか!」

「百香様は健康診断も毎年軍の基地まで行くよ。その後は宮廷に呼ばれて会食」

「そうか……特別な検査をするのか?」

「しないよ。身長を計って血液検査して心電図を録ってごく普通の検査」

「だったら俺も一緒に行く」


 そう来たか。仙香が俺の誕生日を七月二八日に決めたから夏休みでシオンも行けるじゃないか。どうせなら春とか秋とかにしてくれたら良かったのに。


「ふふ、何を無茶な事を言い出すの? 宮廷には招かれた人しか行けない」

「ハニーはダーリンの行く所はどこにでも付いて行っていいんだ」


 ハニーって自分で言うか。まぁ、そんな規則があったような気がする。

 公の場に措いてペア登録した蜜人はそのペアを成す香人の一体と看做す。

 学年二位は伊達じゃない。でも一位を侮ってはいけない。


「俺は望んでない。だから同行は出来ない」

「なんでまた俺と距離を置こうとするんだ? 前みたいに髪も触ろうとしないだろ? 他のペアはいつも一緒にいるしもっと信頼関係とかあるのにお前はちっとも俺の事を信じてない。何を考えてるのか教えてくれよ」


 困ると「はーっ」と息を吐いて髪をクシャクシャしてから話す癖が変わらない。蜜がほんのり香る。


 部屋に来る時は蓮と泰斗が一緒だから余計な事は言わず、暗くなるからと街の巡回に連れて歩くのを止めたら徐々に機嫌が悪くなった。理事会や幹部会の時は機嫌を取り爆発しない程度に距離を取った心算だったけどダメだった。


「シオンは良いハニーだなぁーって日々考えてるよ。ふふ」

「嘘付け。その嘘くさい笑顔は誤魔化し用だって知ってるぞ」


 相変らず変な言葉を使う。ふふ。


「俺は……俺は蜜香のコントロールも出来ないし多分京の役に立つような事は何も出来ないって思うけど京が一人で苦しんで寂しい顔で笑うのが嫌なんだ」


「俺は皆と一緒にいて楽しかったよ。シオンの好きな区営公園も綺麗だったしシオンのお蔭で蓮や泰斗とも出会えた。シオンが居たから外に出ても不安が無かった」


「過去形で言うなよ。これからも俺が一緒に居るし辛い事があるなら聞いて出来る事なら助ける。悲しい事があるなら側に居て慰める。楽しい事や嬉しい事なら一緒に喜ぶ。京の事をもっと知りたいのに何も言ってくれないから寂しいしイライラするし不安になる。泣かれるのが嫌だったら我慢するから……」


 我慢できてないじゃないかぁ。顔を慌てて隠してもダメ。シオンの涙が溢れると感情が揺さぶられる。懸命に伝えようとする言葉で胸がざわざわして止められない。もう俺は帰って来られないかもしれないのに。


「泣いてない! 泣いてないんだ……」


 もうダメだ……馬鹿過ぎる。淡々と冷静に感情の高ぶりをずっと抑えて気香を制御してたのにあきらもシオンも俺の胸の奥を突く。気分が悪い、早くスマホ。


「来て、あきら。気香が揺れて……抑えられそうもない……」


 内臓が口から出そうになってスマホを放り出して胸と口を押える。

 コントロールが乱れて穏やかだった気香が体の中でうねる。胃袋も肺も心臓も暴れる気香で攪拌され湧き立つ。全部吐き出してしまいたい。


 鎮まれ、俺が呑まれたらシオンが……国が亡びる。


 一人は寂しいから一人は嫌だからいっそ全てを巻き込んで無に帰そうか……密人みたいに大声で泣きたい。


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