第14話 突然の雹に注意

 大野生徒会長の薀蓄を遮り人波が割れ繚乱と美咲がフローラルブーケの香りと共にやって来た。千紫万紅の幻影が見えるよ。


「皆さん、京は私と約束がありますからこれで失礼します」

「さっき校門にいた人だ。香人なのかぁー。虹彩君の彼女?」

「ニュース観ろよ。幹部の繚乱さんだろ?」


 誰かの問いに繚乱はニッコリほほ笑み俺の手を引っ張って無言で教室を出た。スカートを翻し大股で校庭を歩く美貌の毒舌家は度迫力!

 校門を出るとピタリと止まった。


「京は予定表を消したわね。待ってたのに何をしてるのよ」

「みき、こんな所でキングを呼びつけにして怒っちゃダメよ」

「いいのよ、ラン。同級で面倒みていたのはこっちよ。九年も前から京って呼んでるわよ」

「きゃ! 百香様の面倒を看てきたなんてみきはやっぱりカッコいいわ。ふふふ」

「おほほほ。年中その辺で寝てる京にやさしく毛布を掛けていたのは私よ!」


 うぇー、そうですね。


「小さい頃は山根さんに言われて手洗いも着替えも手伝ってたわよ。ボタンも留められなかったのよ。ホントに不器用でボーっとしてて……」


 あらら、しっかり覚えてる。


「お世話になりました」

「京がいるといないとじゃ大違いなのよ、巡回いくわよねぇ」

「はい」


 五時に西三区の駅前で待ち合わせと言い残して繚乱は帰った。た。た。


******************************


 蓮と泰斗も蜜人ルームで美咲と一緒に授業を受け繚乱の事も知っているから巡回に付いて来るとおっしゃりぃ、中央駅で待ち合わせをして初めての電車に乗る。

 ジェットカーか車での移動しか経験の無かった俺はシオンに教えて貰いカードでピッと中央駅の改札を通り簡単じゃないかと油断した。


 満員電車のムンムンとした空気は心地悪く大人の背中と胸に押し潰されてシオンと蓮がいなければ懐の犬と……居ない? 俺と泰斗は圧死すると知った。

 もう三十cm背が欲しい。景色も見えず手摺には届かずシオンに張り付いて一時間我慢だ。シオンの髪があれば出来る!

 

 途中で膝がカクン?


「立ったまま寝るな!」


 そんな人がどこに居る? 犬はどこだ?



 西三区の駅前はゴミ箱が壊れ辺りにはゴミが散乱しあちらこちらに若者が屯する姿があってなんだか睨まれて笑われる? どーでもいいけど臭い! 

 襟に犬が戻って来た?


「シオン、犬が消えて戻った」

「寝ぼけてるのか?」


 まぁ……いいか。

 五時を過ぎても繚乱は現れず泰斗がスマホ片手に言う。


「時間に遅れる人じゃないよね。僕が美咲さんに電話してみるよぉ」

「もしもし、えぇー!……うん……分かった」


 スマホを切って泰斗が(スターダスト通り)と書かれたアーチを指差した。


「向こうの商店街で矢田って人に絡まれてるってぇ。行こう」


 アーケードがある商店街は人と自転車で混雑しその向こうに人の流れを堰き止める人だかりが見えた。通れないじゃないかぁ。

 止めるシオンを無視してアーケードの支柱に上り梁伝いに歩いて状況確認する。


 ジャラジャラとチェーンを鳴らす香師もどきの矢田が蜜人と何人かの香人を従えて繚乱に絡んでいる最中。

 結局支柱を登って来た三人と梁の上に座って様子をみる。


「俺らの縄張りなんだよ、偉そうにしてんじゃねーよ!」

「西ブロック代表は私よ、云わば西はすべて私の縄張りよ。調香戦にエントリーも出来ないくせに縄張りが聞いて呆れるわよ。素行を改めなさい!」

「百香様が出る調香戦にエントリーして何になるんだよ! 馬鹿言ってんじゃねーよ」


 繚乱が圧倒的に気香量が多いのに漂う気香はスパイスの刺激臭が勝ってるのは喧嘩慣れしてないから? 後ろに控える香人はグルマン二人とパウダリーでシオンを襲った人達。ペチャンコにしてやれ、繚乱様。


 矢田がチェーンを振り回し前に出ると繚乱も退かずに前に出る。負けず嫌い怖い。


「熱くなり過ぎてハニーが置き去りだね。シオン、美咲は武術が出来るの?」

「不得意だよ」

「ふーん。ほら、密人が美咲を狙ってる」

「ふーん、って助けに行くんじゃないのか?」

「行かない」


 三人は梁から下りると人を分けて美咲を守りに行った。美咲を狙って少しずつ間合いを詰めていた蜜人は足を止め矢田が「ちっ」と舌打ちをする。


 隙をついて繚乱が矢田の太腿に蹴りを入れた! 下手くそだから効いてない。要指導。寄ったからチェーンで捕まったじゃないか肘鉄して投げろ! おー、投げた。結構飛んだ。飛ばさずに止めの一撃が良策だったけど熱くなってるから力任せに吹っ飛ばした。


 矢田は生意気に受け身がとれるのかぁ、起上り早い。ほら、後ろから三人来る、回し蹴り、衝き、投げ。お強い! 矢田も来たけど振り上げた腕を掴んで投げた。今度は飛ばさすに腹に一撃。勝負あった! あらら、ナイフを出した。

 梁から飛び降りて矢田に声を掛ける。


「久しぶりだね矢田柚木。勝負あったでしょ、繚乱の勝ち。まだうちの幹部に文句があるなら俺が相手をするよ」


 繚乱を後ろに下げ矢田の足元に気香を這わせると矢田が足踏みして騒ぐ。


「うぁー、出たぁ! 止めてくれ文句なんて無いよ」


 化け物みたいに言わないでよ。存外心外。


「繚乱に協力しろ。矢田はこれで二度目だし三度目は無いよ。ナイフを持ち歩くのは銃刀法違反だから警察に突き出してもいいけど」

「これは間違ってポケットに入ってただけで繚乱に協力するよ、勿論だよ」


 矢田がナイフの刃先をたたんでポケットに戻すとヘコヘコと機嫌を窺って頭を揺らす。


「その辺で屯してる非行少年に街の美化を呼びかけてゴミ拾いさせろ。一ヵ月後に繚乱に成果を報告だ。いいな! 俺はこの街の香りが許せない」

「分かったよ。怖いんだよ……」



 矢田が去ると落ち着きたいと言う繚乱に近くの飲食店に連れて行かれ学生が集まると教えられた。

 確かに店内は高等部生と大等部生らしき若いグルーブが多く俺達も自然に店に溶け込む……込まない!

 毒舌の繚乱が黙っていると眼を見張るような華やかさを持った只の綺麗な人になるから客の男子がちらちら視線を投げる。蓮とシオンには女子の視線が集まり泰斗には女子も男子も注目するらしい。この人達は目立つ。

 美咲と蓮が皆の飲み物を運びやっと落ち着く。


「京、何ですぐに行かなかったんだ? 街中で不要な争いはしなくていいだろ」


 離れて座ったシオンが何だか怒? 泰斗もこっち見た。


「京がいるのにわざわざ女子に戦わせなくてもいいよねぇー」

「シオン君も泰斗君もいいのよ」


 繚乱が答えたから惚けていたらシオンの流し目ビームが……うっ!


「京! 返事しろよ!」


 声がデカい! ムキになるから店内がシーンとしたじゃないか、阿呆。


「今日はたまたま俺が居ただけだよ。香人に女子とか関係ない、繚乱を馬鹿にしてるのか?」

「そんなこと言ってないだろ!」

「繚乱は西ブロック代表幹部なんだからこの辺り一帯で幅を利かせている矢田に勝って力を示さなければ荒れた西ブロックは仕切れない。不要な争いじゃない」


 シオンがギュッと口を結んで俯いた。


「京、分かってるからいいのよ。弱い私が悪かったわよ」

「自信が無いから巡回に俺の同行が必要だったんでしょ? でも繚乱は強いよ。但しもっと冷静な対処が必要だし気香の乗せ方が下手だから俺が後で教える」


 黙って頷く繚乱は間違いなく香人。蜜人達がしょ気た。シオンがしつこいからちょっとキツく言い過ぎた……かも。


「やっぱり私じゃない方がいいのよ……わざわざカップリングテストを受けたのに私を選んじゃって……足手纏いで……嫌になっちゃう」


 あぁねぇー、美咲は身を引こうとしたのか。


「私は足手纏いなんて思った事は無いわ。幼馴染のランを守りたいのよ」

「いや。繚乱がキングに成りたいなら足手纏いだ」


 イテッ! 繚乱様、テーブルの下で蹴らなくてもいいでしょ!


「繚乱が冷静さを欠いたら「落ち着け」と声を掛けろ。自分が弱いのなら立ち位置を考え離れず邪魔をせず香人の力を最大限に発揮させろ。繚乱は自力で強くなるから蜜香なんかいらない。サポートするのは誰だ?」

「うん……私」


 涙を堪えて笑おうとする美咲の頭を繚乱が撫で俺を見た。


「ふふっ。子犬なんか連れてもあんたは怖いのよ。圧を出すんじゃないわよ」


 圧を出した心算は無いけどもぉー。繚乱がクイッと顎で指した先で泰斗と蓮がシクシクと泣いていた。


「一五歳は泣くの?」

「蜜人の体質だもの泣くわよ」


 首を傾げると繚乱が呆れる。


「あんたは香人ルームでもよく寝てたわね。蜜人は感情の起伏が激しくてそこが愛らしくもあり心を揺さぶって人を導くのよ。特に子供の蜜人は失敗すれば盛大にイジケるし嬉しくて泣き、悲しくて泣き、感動して泣くわよ」


 あぁねぇー! あぁねぇー! シオンだ。そう言えばシオンは……涙を堪えた顔が怖い。


 人心地してから繁華街を歩き数組のグループに「ゴミを拾って帰れ」と言えば素直に自分たちが飲み食いしたゴミをかき集めて帰って行く。

 大変な事など何もない。


「繚乱、西ブロック長に破損したゴミ箱は早く撤去しろと伝えろ。警察にも繁華街の巡回を増やして取締りの強化を要請する。大人にも仕事をさせる」

「そうね。分かったわ」


 繚乱が晴れやかな顔で素直に返事をした……突然の雹に注意。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る