第13話 初登校

「入って来ても気づかないとは京君らしくないですね。頭を抱えて随分と苦しそうにお見受けしますが大丈夫ですか?」

「こんな早くどうしたの?」


 山根の女性的な細くて少し高い声が俺を癒す。変わらぬ丁寧な語り口と穏やかな物腰。


「高速バスで今戻りました。ロビーでシオン君とお会いし熱は下がったと聞きましたが医師に往診を頼みますか?」

「要らない。もう、大丈夫」

「今日は金曜日ですから学校は来週からですね。そうそう、犬の飼育が認められたと私の所に連絡がありましたからケージを用意しないといけませんね」

「ふふ、そうか。ねぇ、山根は誰?」

「本当に大丈夫ですか? 私は君の世話係の山根ですよ。ふふふ」


 喰えない人。部屋を出て行く山根を見送る。


******************************


 四月後半ではあったが初登校した。校門前でシオンと待ち合わせ一緒に教室まで行こうとしたのに校長と担任に捉まるとシオンはシレッと逃げた……。


「良かった、良かった」


 何が? 校長にブンブン握手され校内を案内すると引きずり回された挙句に高等部の歴史を延々と聞かされ学校をよろしくと言われた。どーなってる?


 四時限目の途中で担任に連れられ教室に入った俺はあからさまに好奇の眼を向けられた。慣れてるけどねぇ、子供は遠慮なく振り返るって知ってる。

 席は教室の一番後ろの窓際で蜜人に囲まれていた。協会からの要請か学校側の配慮なのかシオンの隣はちょっと迷惑。


 隣から「数学」と言われてタブレットをカバンの中から出したのにシオンは不満らしい。


「ペンケースは持ってないのか? ノートは?」

「いらない」


 窓際の席はポカポカと日差しが温かく授業のスピードも緩やかでよく眠れそぅ。 しかぁーし、頭が下がるとシオンが横で怒る。必死に眼を開けやっと、やっとジーンとベルが鳴った。


「おい、寝るな! 蓮と泰斗は覚えてるだろ。一緒に学食に行くぞ」


 泰斗って誰だ? 三人に囲まれボーっと歩くだけで食堂に着いた。


「何を食べるんだ? 自販機で食券を買っておばちゃんに渡すんだ」

「うん」

「シオン、キングは眼が開いてないよ。なんでもいいんじゃない? 席に連れて行くから俺のもお願い」


 恰幅の良い蓮に寄掛って心地良かったのにハンバーガーとポテトを出して鬼のシオンが食べろと言う。眼瞼挙筋の使い方が分からない……。


「僕の事は分ってる? この前会った岬泰斗だよ。寝てたから話しが出来なかったけどこの前は怒ってごめんね。僕と蓮も京って呼んでいい?」

「うん」

「寝ながら返事したぁー。見てシオン、フォークを持ったまま寝てるぅ! きゃははは」

「幼児だな全く、いつでもどこででも寝られる神経はどうなって……」


 シオンの呆れた声……すっかり慣れて心地いい……。


******************************


 カラカラと耳障りな金属音で眼が覚めた。鉄の香りは血液の香りに似ていて嫌い。頭の下には蓮の足があって前にはシオンの立ち姿?


「シオンの友達?」

「やっと起きた。友達じゃないよ、不良様が俺達を襲う心算だから起きてくれない?」

「どうやって屋上に来たの?」

「歩いてだよ……この前は有難う」


 起上って蓮を見たらニコッと笑った。細くて小さいレンゲは蓮に半身隠れて青褪めた顔をしてる。あー、泰斗。

 寝起きで金属音がイライラするから気香を這わせてその辺で止まって貰う。


「チビすけのハーレムかぁ? 目立ちやがって面白くねーな」

「入学早々俺達に挨拶なしで態度がデカいんだよ、一年坊主!」

「俺達がこの学校の決まりを教えてやるよ。へっ」


 止められたのに気付かない。弱い。香人が二人に常人が八人。

 なんだか遠巻きに見ている他の生徒が怖がってるし非行少年は更生して貰うのがキングのお仕事……その前にシオンが邪魔!


「シオン、立ち位置が違う」

「起きたのか。寝癖が……犬!」


 犬? シャツの襟元からケージに入れて来たはずの犬が顔を出していた……まぁ、いいか。振返ったシオンの顔が般若だった事の方が重要だ。不良様のせいでシオンが不細工。

 立ち上がり、ご挨拶!


「今年度、香人キングに就任しました虹彩京です。よろしく。非行の防止、暴力犯罪の撲滅、街の緑化等々をしますのでご協力下さい」


 不良様の手から落ちた鉄の棒がカランカランと高い金属音を発てる。リーダーらしき香人が繁々と俺の顔を見た。


「お前が……香人が常人に手を出すのは法律違反だ」

「手も足も出していませんが何か? あんたは香人でしょ。シプレー五十」

「ちっ! 百香だかなんだか知らねーけど税金で暮らしてるくせに偉そうに俺達に命令するな!」


 そうだけど……何となく不愉快。

 不良様の顔面蒼白程度に気香を増す。俺がこの学校の決まりを教えてやるよ。


「国立南ブロック一区高等部生徒規則一条一項、本校に在籍する生徒はこの国の定める法律及び未成年者キングが施行した規則を順守する。三条二項、授業または委員会及びクラブ活動で使用する目的以外の物品の持ち込みを禁ずる。同条三項、飲食物の持ち込みは昼食用弁当のみとしその他の菓子及び食料並びに食材は同条二項の物品を飲食物と読み替えるものとする。五条二項、本校の指定した制服及び体育着を着用する場合はその改造を禁ずる。各条項の規定に依りポケットの煙草とライター、手持ちの武器と口中及び所持しているガムを処分し制服を基準服に修復するか清楚な私服を着用しろ。それとぉー、十八条一項、校内秩序の維持または環境の整備に就きその活動及び貢献が顕著と認められた者は高等部学校長の名においてこれを讃え表彰する規定に依り花壇の手入れをし卒業までに校長から表彰を受けろ」


「……はい」

「失念したぁ、規則には家庭の事情および身体的理由またはその他の諸事情により定められた規則の免除を求める者は申請により学校長の許可を得てこれを免除する規定があるけど申請が必要?」

「……はい」

「はぁ?」

「あっ……いいえ」


 不良様は去り他の生徒も去る……はぁぁぁ。

 昼休み終了のベルが鳴り五時限目の教室で寝てはいけないと拷問を受けた。



 一日が長い……シオンが笑わない……やっと帰れる。

 ホームルーム中に担任が話しをしていると「可愛い子がいる」と窓際の席で男子が声を上げた。窓の外を見ている男子に習って男子生徒達は一斉に席を立ち窓に群がって「おーっ」と低い歓声を上げる。

 前席の泰斗が窓の外を見て振返った。


「京、繚乱さんと美咲さんがいるよぉ」

「知らない」


 五分前から校門付近で二人がうろうろしているのに気付いていたが、知らん!

 執務室の予定表に今日は(西ブロック見回り、キング同行)と記されていたのをキング同行の部分だけ黙って消しておいたから逃げられないように迎えに来たに違いない。繚乱は恐いからこっそり裏門から帰るか。


 担任が教室から出た。今だ! 


 入れ替わりにぞろぞろと生徒が入室? 瞬く間に俺達四人は教室満杯の生徒に取り囲まれた。また不良様か? 目前の大きな人が言う。


「御厨です。虹彩さん、風紀委員に入って貰えませんか?」

「だめだよ風紀委員長、生徒会でしょ。虹彩君の武勇伝が学校中の話題だよ、ようこそ南一高等部へ。はっはっは。生徒会に来てよー」


「大野は百香様に来てよーとか言うなよ。学校のレベルが低いと思われるだろ」

「何を言ってるの御厨は。まずは愛ある歓迎で親睦を深め何事もフレンドリーに行くのが僕の目指す生徒会のあり方だよ。はっはっはっ」


「そんなんだから不良に舐められるんだろ」

「彼らはフレンドリーを解さなかったねぇ。しかし御厨よりは僕の方が信頼され……」


 生気が漲った顔というのはこんなだ。背の高いこの二人は誰だ? 

 そんな事はお構いなしで次々と質問が飛ぶ。


「生徒規則は全部覚えてるの?」

「キングって何? どこから通ってるの? 犬は連れ込み禁止でしょ?」

「お前はキングを知らずに何しに来たの? しかも百香様だぞ、犬ぐらい問題ないよ。虹彩さん、合気道部と剣道部掛け持ちで入って下さい」

「二、三年の不良をやっつけたんでしょ! 小さいのにねぇー」

「何で休んでたの? 校長と知り合い?」

「コッホン! 君達は静かにしたまえ、何を置いても生徒会が先でしょ。生徒会がしっかりしている学校は生徒も有意義な学校生活が送れるのだよ。はっはっは」


 どうするのこれ? 常人パワー恐るべし。シオンと蓮の後ろに隠れる。


「先輩方も皆も京は放課後も予定がありますから生徒会、委員会、部活動は免除されています。風邪をひいて休んでいただけで校長と懇意ではありません。世間知らずで面倒を掛けるかも知れませんがよろしくお願いします」


 シオン様が理路整然と喋ってる。珍事だ!


「改めて生徒会長の大野です。香雨君は虹彩君とペアなんでしょ? マネージングしてよ。時間がある時だけでも生徒会やってもらえないかなぁ、学校が活気づくと思うんだよねぇ」

「ズルいな大野! 不良香人の対応がどんなに大変だったか分っているのか? 風紀委員は虹彩君を必要としているんだよ!」

「分ってないなぁ、御厨は。生徒会あっての委員会活動だろ組織図的には……」


 大野と御厨は名コンビ……面倒臭そう。


「失礼します」


 あー。来ちゃった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る