第10話 涙の対処法

 開式前に協会事務職員と警備には会場に入り込んだ害虫九匹の駆除を速やかに行うように告げ幹部とシオンには何があっても粛々と式を進めるように念を押した。


 就任式襲撃をシュミレーションしたら蜜人代表のシオンと西ブロック代表の繚乱がターゲット確定。俺を襲っても勝てないからねぇー。


 会場に並べられた丸テーブルには国の要人と協会理事、各地区の代表ペアが座り檀上には幹部の五ペアとシオンに俺、大御所理事長が座る。

 理事長はなんでシングルなんだ? 


 理事長挨拶が終わり記念品と任命証書が授与され俺の挨拶。


「今年度キングを務めさせていただく虹彩京です。国の法令を順守し微力ながら未成年者社会の治安の維持と健全な…………に努めてまいります」


 俺に続いて中央ブロック代表・黄緑斗真と東ブロック代表・大地連の挨拶が無事に終わった。緊張すると香蜜人は香るから檀上にはシトラス黄緑のすがすがしい柑橘系の香りとシプレー大地の苔むした香りが混ざり合う。ある意味、調香。


 繚乱みきが挨拶に立つとフローラルブーケが残香を圧倒した。

 檀上は千紫万紅に彩られる。ふふ、いいね。


 香人協会一階にある大ホールは天井が高く窓が上段と下段に分かれ西側下段の大きな掃出し窓を開けると芝生と常緑樹が植えられた中庭に繋がる。

 中庭に椅子やテーブルを並べるとバーベキューをしながら野外パーティーも楽しめる。俺は自室がある十階の廊下から眺めていただけだけど……。


 今日は窓が閉まっているのに東側上段のカーテンが揺れた。

 動かずにいたら見逃そうと思ったのに。


 揺れた上段のカーテンに向かって指を弾くとボーガンを持った男が「うっ!」と唸り声を上げ落下し足首を押さえ苦しむ。協会警備員が駆け付け取押えた。


 西側下段のカーテンも揺れた。

 下段の人は警戒していたあきらの鉄拳を喰らって伸びた。


 繚乱のフローラルブーケにスパイシーの香りを撒くんじゃないよ。

 チョロチョロと目障りなカーテン設備の梁にいる二人にも指を弾く。檀上に二人〝どさどさっ〟と落ちたが警備員が手際よく片付け挨拶中の繚乱もチラリとこちらを見てニコリと笑っただけで平然と続ける。


 厳粛な式だ。

 四人は警備から確保したと連絡があったけど厄介なのは来賓席のテーブル下にいる香師。香るオゾンと火薬。爆弾抱えて来賓の小父さん達の間から匍匐前進するつもりなのか? 面白過ぎる。

 南ブロック代表紫みちるの挨拶と北ブロック代表大沢夕の挨拶も終わりシオンが壇上に立つ。


「蜜人代表を務めることになりました香雨シオンです……」


 香師は想像どおりに小父さん達の足間から這って出てきた。ぷっ! 

 立ち上がり「ひゃー、はっはー」と奇声を発し檀上目掛けて導火線に火の付いた爆弾を投げた。


 甘い! 空中でキャッチした俺は檀下に屈んで両手で爆弾の周りに気香玉を作る。逃げようとした香師は腹ペコあきらに殴られ吹っ飛んだ。

 来場者達が会場の後ろに避難を始めても俺の指示どおり滔々と挨拶を続けるシオンの声がしている。玉の厚さはこんなもんか?


「……挨拶を終わります」


 シオンの挨拶が終わると同時に立ち上がり掃出し窓から協会の中庭に気香玉を投げると玉は地面に落ちてからプスッと音がして割れた。

 爆弾はすでに粉々で煙と火薬の匂いだけが漂った。


 司会を務める山根がにこやかにマイクを握る。

「幹部の挨拶が滞りなく済みましたので就任式を終わります。引き続き祝賀パーティーを行いますので皆さん席にお戻り下さい」


 食事が運ばれパーティーは徐々に盛り上がり来賓祝辞が終わる頃には宴もたけなわ地区代表や幹部、理事までも席を立ちふざけ合う。

 国のお偉いさんもネクタイが緩み楽しそう。ふふ。欠伸と共に俺はお眠の時間。

 隣でモリモリ食べて酒を飲んでいるあきらに寄掛る。


「おい、ここで寝るなよ」

「ふぇー?」


 袖を引っ張りシオンが寝るなと言う。


「今日は昼寝をしてないもんなぁー。俺が運んでやるから部屋に戻ろう」


 あきらが人目も憚らずヒョイと俺を抱き上げると大ホールを出て部屋のソファーまで運び下ろした。

 寝てもいいのかと思ったらシオンが屈んで俺の顔を覗く?


「俺は優秀なんだ」


 なんの話し? 料理? 

 あきらと修一が黙って離れ向かい側のソファーに座った。


「俺が京の本質を知らなかったように京も俺の本質を知らない」


 そう言ってポロポロと、うぅーん? コロコロと頬を伝う涙がキラキラ光る玉状だったから思わず起上って掌で受け止めた。コロコロキャンディー?


「舐めてみろ」


 シオンに言われて掌から一粒口で拾って舐めるとふわっと溶けた。


「甘い」

「早く全部舐めろ。消える」


 小さな丸い粒は口に入れるとすっと溶け力が湧いてくる。稀有な特質か。

 眠いだけなんだけど心配されてる? いいや、顔が怖い。


「俺達が昔から狙われる原因だ。今は一部の蜜人にしか受け継がれていない(ハニーの雫)と云われる秘薬で強い滋養強壮作用で怪我ならあっという間に治る」

「初めて聞いたぁ……いや、知ってたかも……」


 首を傾げて考えても頭の中に靄がかかって思い出せない。


「なぁ、秘薬を持ってると分ったら俺を泣かせるためにお前ならどうする?」

「くすぐる。ふふふふ。でも泣かれると困るからしない」


 釣られてシオンがクスクスと笑う。ウケて良かった。


「お前になら捕まっても笑ってられるよなぁ。でも普通の人は違うだろ? もっと怖い手を使う、誘拐、監禁、暴行、強姦、身内や友達を殺される。涙が枯れれば自分も殺される」


 どこかで聞いた事があるような……あーっ、思い出せない!

 カップリングテストで怒っていたのは能力ありきで俺に選ばれたのか見極めたかったからか?


「言いたくない事を言わなくていい」

「ヤダ、聞け。京は強いし涙が出なくなっても生かされるだろ? だから死んでもいいと思うな、無茶をするな。協会なんて倒壊しても良かったんだ……」


 コロコロを撒き散らして言う事は支離滅裂。

 倒壊したら犠牲者が沢山出るでしょ。

 思考が止まった人に反論は無意味。


「分かった」

「嘘付け、分かってない。人は死ぬ事を怖がるのにお前は……」


 くちゃくちゃな顔をして膝で立つとムキになって俺の両肩を掴んだ手に力が入る。

 小さい頃、どんなに泣いても何の解決にもならなかった。でもなぜかシオンの涙パワーには勝てないから頭を胸に抱いて黙らせる。

 胸がざわざわする。


「俺は眠いだけ。パーティーが終わったらヘーベの所に行く。蜜人が安心して暮らせる国になるからもう起きていい」


 胸に抱いたら声を殺して泣くのか。

 さらさらと髪を指で梳かせば、マーガレット、セントーレア、ウォールフラワー、エキウム、ナノハナ、リナリア、ネメシア、シザンサス、コルムネア……蜜の香りが心地いいから眠いのを我慢して包帯の代わりに服を貸す。


 あれ? もう泣き止んだ。

 シオンが泣いた時の対処法がやっと分かった……遅かったな。


******************************


 結局、皆で昼寝をした。俺やシオンのみならずあきらと修一も疲れたらしい。起きた時にはすっかり外は暗くシオンの両親に連絡しあきらの車で病院に向かった。


 病院に着くとヘーベの病室には両親と担当医、看護師らが待ち構えていた。


「ヘーベは助かるのですか?」


 いきなり母親が頓珍漢。


「助かるも何も寝てるだけでしょ。身体に付いてるの全部はずして」


 反論もせずに医師がすやすや眠るヘーベから点滴や装置を外した。医師と看護師を追い出してシオンと両親、あきら、修一の立会で調香を始める。


「約一年前、慈愛が他界する直前にキングになったら頼むと言われた事を実行する。俺の推測だけどヘーベは香師に襲われた為に意識が戻らないのではなくヘーベを守ろうとした慈愛に眠らされただけだから調香で目覚める」


 俺は成長し解説した。ふふ、立派! これでシオンに叱られない。うぇ? 赤く眼を腫らしたシオンの母親に噛み付かれそうなのはなぜ?


「なぜ眠らせる必要があるの? それに虹彩君がキングになる保障などなかったでしょ!」

「母さん、言い方!」


 シオンが母親を窘めると父親も「落ち着きなさい」と肩を摩る。


「亡くなった人の真意を知ることは出来ないけど慈愛は病死だと聞いた。自分の死期を知っていたと考えれば俺の推測は正しい。街が荒れ年齢に達した俺がキングになるのは必然で、その前に慈愛が死んでもヘーベが眠っていれば病院に守られ泣かなくて済む」

「……」


 言葉に詰まる母親も涙を堪えているから秘薬は母子に受け継がれた特質か。俺に喰って掛かる母親の気持ちは分からないけどヘーベを思う余り興奮して感情的になったくらいは解釈できる。

 なんて言えば良かったの? 俺がどうよりヘーベが起きればいいのか。

 寝ているヘーベの頭に鼻を付けて嗅いでも香らなかった。シオンと同じってわけにの行かないよね。


「シオン、身体を起こして支えて」

「うん」


 ヘーベの上半身を起こして首の後ろに鼻を付けると微かに桜香がした。

 そこに指を当て栞代わりに使っていたメモのとおりに調香する。カルセオラリア、アマリリス、ケマンソウ、プリムラ、ゼラニウム、カーネーション……。



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