第9話 ふにふにの意味

 何だかんだシオンと一ヶ月も一緒に過ごした。世話焼きで口煩くて怒って泣いて笑って楽しかったのに、嫌われちゃったな。

 これが俺だものしょーが無いよねぇ……調度いいかも。


 六十%は無表情で二十%は怒って流し目で睨んで十%は泣いて八%はいじけて二%しか笑わないけどシオンが笑うと目尻がちょっと下がって優しい顔になるから見られると嬉しかった。

 クルクル表情を変える切れ長の眼を見ていると飽きなかった……もっと沢山笑った顔を見たかった。


 イテッ。


 座り込んでいた俺の後頭部にドアノブがヒットした。


「お前は何でいつもここに閉じこもるんだ!」

「シオンが怖がるから」

「びっくりしただけだよ!」


 怒鳴られたぁぁぁ。なんでシオンは怒るの? 

 後頭部を押さえて振返らずにいたらいつかみたいに襟を掴まれリビングのソファーまで引き摺られた。

 あきらと修一が笑う。


「あっはは、なんだそりゃ猫か! 百香様も形無しだな」

「最強はシオンだったんだね。ふふふ……」


「京は直ぐ引き籠るんです。それに名前も知らない男子の頭に鼻を付けて匂いを嗅いで、無言で髪をずっと撫でたうえにテストの休憩中にフロアのソファーで爆睡したんですよ。ここに泊まる事になっても喋りもしないで逃げ回るから訳が分からなくて物凄く困ったんです。一ヵ月掛かってやっと会話らしい会話が出来るようになったのにまた籠ろうとする。首根っこを捕まえてでも教育しなくちゃならないんです」


「ダメなの?」

「ダメだろ」「駄目だよ」「ダメだな」

 一瞬で敗訴だ。ダメだったのかぁー。


「シオン、そこは教育じゃなくてサポートと言おう。頑張れ」

 修一の慈愛に満ちた表情は何だ?


「京は頭の中で喋って口からは半分も出て来ないよなぁ。それにしてもいつから男の髪が好きになったんだぁ? 俺の髪ならいくらでも触らせてやるぞ。あははは」


 男の髪でも女の髪でもなくシオンの髪がいいの!


「髪を梳かすとシングルフラワーがいい香りなんだ。それに柔らかく指触りのいい髪が懐かしい気がして無性に触りたくなるのぉ」

「そーいえば俺に初めて会った時もオリエンタルが懐かしいってクンクン嗅いでたよなぁ。お前の父ちゃんがオリエンタルで母ちゃんが髪の毛さらさらだったのかなぁ。シオンは嫌なのか?」


 また茶化してくるかと思ったらあきらの意外な反応にシオンもキョトンとした。


「ふふ、僕は無性に触りたくなるって僕の手をいつもふにふにしている人を知ってるよ」


 修一がクスクス笑って告げ口。

 俺と修一の視線の先であきらが横を向いて呟く。


「良い香りがして触り心地がいいから無性になんだよ」


 いろいろと心当たりがある。


「小さい頃に指導者がいつもペタッと張り付いて頬擦りして喜んでた。協会に来たらあきらも同じだったから何とも思わなかった」

「覚えてたのぉー? あきらはちっちゃい京の頬がすべすべで顔を見ると無性にスリスリしたくなるって言ってたよ。今も京にはベタベタ張り付くよね。ふふふ」


 修一は楽しく笑うけどダメだったのか? 大御所理事長にされたら嫌かも。


「すべすべ肌が好きなんだよ。それに嫌なら逃げるだろ? 京は喜んでたじゃねーか」

「はは。嫌じゃなかったよ。オリエンタルがいい香りだった」


 逆転勝訴でシオンに張り付いて髪を指で梳かす。ほら、さらさらと指触りが良くてイチゴの花やみかんの花香までする。

 諦めたのか納得したのかそんなに嫌そうじゃないシオンの口角がちょっと上がってる! ふふふ。


「お楽しみの途中で悪いけどこれからあきらが推薦する幹部候補者が来るから会ってみてよ。京は一緒に仕事をする幹部を決めてないでしょ?」


 えぇー。修一は俺とさらさらを引き離す心算か?


「あきらの推薦なら会わなくてもそれでいいよ」

「お前は俺が香師を推薦したらどうするつもりだ?」

「いいよ」

「毎月、幹部会議で香師と会うんだぞ」

「やっぱり会う」


 シオンが就任式用のスーツに着替え俺はいつもの白いシャツとテーパードパンツを穿く。

 山根が調香戦前に就任式用にスーツを作ると言いに来たから俺は要らないから代わりにシオンのスーツを用意してと言った。

 濃紺の上着に同色のベストと細いズボンには深緑色の格子が入り白シャツのボタンが深緑色に合わせてある。ちょっと子供っぽいけど良く似合う。



 間も無く部屋にぞろぞろと十組の香蜜人が到着し握手をしろとあきらに命じられ握手をした。


「京、この国が東西南北と中央の五ブロックに分かれていて更に東西南北の一ブロックが十区に分かれてその内居住区が九区までなのは分ってるな。協会支部の統括する……」

「あきらは国と協会の仕組みを説明する心算り? 俺に?」

「悪い。京がやる気がないからついな」


 俺は全義務教育課程を修了し行政学と法学の大等部卒業資格を持っている。

 部屋の隅に退いたあきらと修一に軽く手を振ってから十組のペアに向かう。


「左から東西南北中央の各自ブロックに分かれて」


 東に一組、西に二組、南に二組、北に一組、中央に二組。


「済みません動けません」


 二組が動けずに手を挙げた。気香を這わせた床から蜜人の足が離れず困惑している二組のペアに握手を求める。


「ご苦労様、もう動けるから帰っていいよ。これからもよろしく」

「よ、よ、よろしくお願いします」


 二組が逃げるように部屋から出て行くのを見送ってシオンに尋ねる。


「意見はある?」

「南ブロック・フゼアの紫みちるさんは兄の友人で強いし信用できる」

「百香の慈愛とも知り合い?」

「そうだけど。百香繋がりで京も知り合いか?」

「その話は後でね」


 南ブロックの紫みちるを残してもう一組にはお帰り願う。東南北は決まりだな。残るは香師のいる西ブロックと協会本部のある中央ブロック。


「西と中央は五分で互選して。始め」

 と言いながら時計もスマホも持っていない俺はシオンにスマホで計ってもらう。


 人は時間を決められると時間内に作業を済ませるために集中し短時間で効率よく結果をだす。学習した事を試してみるいい機会。

「終了」とシオンの声がした。


「決まった?」

「中央ブロックは黄緑斗真に決まりました」

「西ブロックは繚乱みきに決まりました」


 それぞれ上手く決まってなにより。で、学習の検証も成功。

 一番気香量が多いのは一六〇でフローラルブーケの繚乱だけどペアの美咲ランが二十しかないからシプレーの大地連一四五とペアの花盛良が八五で大地ペアが上。


 大地は大等部三年だから育てるなら繚乱又は大等部一年で髪がさらさらの紫みちる一二五とペアのリカステ・メイ九〇……動機が不純でシオンに叱られそうだな。

 蜜人が不作なのはどうして? あきらは誰が……呑気に修一の手をフニフニしてる。


「あきら、決まったよ」

「シオンが幹部の名前・住所・年齢・香種を紙に書いて事務局に届けるんだよ。幹部は就任の挨拶があるから挨拶文を準備して……」


 修一が紙を持ってシオンに指導を始めた。蜜人のお仕事。

 手持無沙汰になったあきらの相手をする。


「今日の昼食は抜きなの?」

「式後のパーティーで酒と飯が出るぞ。力量が問われるから式は滞りなく終わらせろよ」

「力量? あははは。式に虫が出るけど香りは控え目にね」

「なんでそんな事まで分かるんだよ。お前はやっぱりブラックガキだな」


 そんな訝った顔をしなくてもいいでしょ。

 協会全体に気香が巡らせてあるって言ったら更に眉を曇らすのか? 


「まあいいよ。昼時の香りじゃないから昼飯に合う程度にするよ」

「バケツで撒いたらどの香りも合わないよ。それからパーティーの後に付き合ってくれる? と言うより車出して」

「ぷっ! なんのお誘いだぁ?」

「ヘーベを起こす。あきらも懇意なんでしょ?」

「俺より修一が親しいよ。お前はそんな事も出来るのか?」

「さぁ? 慈愛に頼まれた事をしてみるだけ。俺はまたいつ拘束されるか分からないし早い方がいい」

「やっと出られるのに悲しいこと言うなよ。テーマパークも行った事がないんだろ? 街をぶらぶらしたり映画を観たり何でもいいからしてみろよ」


 頭を撫でるオリエンタルの微香は大人の色気があって心地いい。シオンの髪と同じでなんだか懐かしい。

 恰幅の良いあきらに寄掛って少し酔ってもいいかと思う。

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