第33話 ハイジャックってすごい怖い

優二たち式根島調査団を襲ったゴマモンガラは多重の進化を自身に施していた。

一つ目は翼。

形質は海上においても容易に捕食できる鳥、カモメガル

水中に飛び込んで海中の魚を捕食するその鳥をゴマモンガラたちは返り討ちにしてその遺伝情報を奪い取った。

もう一つはテングハギ。スズキ目・ニザダイ亜目・ニザダイ科・テングハギ属の目と目の間に角をもつ魚である。

これらは普通に洋上で捕食し、学習することの難易度はそう高いものではなかった。


だが最後の3つ目、ゴマモンガラを進化させた最後の要因が問題だった。


****************************************


マズルフラッシュの閃光と機関銃の騒音はAPS水中銃とは段違いの命中率と速射製で曳光弾の軌跡を残しながら殺戮の嵐を巻き起こす。


「逃げる魚はゴマモンガラだ! 逃げない魚はよく訓練されたゴマモンガラだ!」


ドアガンナーと化したブロケードは文字通り飛ぶ鳥を落とす勢いでゴマモンガラを撃墜していく。

だが所詮は一方向の射撃に過ぎない。コックピッドはゴマモンガラに蹂躙されて調査団の壊滅は決まっていた。


「どうすんだよこれ! いくら撃ったところでキリがねえぞ!」


「それよりも見たかい!僕一人で現地ゴマモンガラ157匹はぶっ殺したぜ!」


「数えてる暇あるならなんか考えろ!」


戦争厨と化した相棒はドアガンを人が変わったように撃ち続ける。

っつーか現地ゴマモンガラってなんだよ! こいつら全員現地の奴らだろ!

仲間たちも実戦を経験していないから練度が低い。唯一強そうな太田ってやつは人魚だから不安定で狭くて泳げないヘリの中では実力が発揮できない。

松下ははがくがく震えていてお前ら何しに来たんだよ状態だ。

ジェニーはブロケードとは反対側の窓から無言でドアガンをぶっ放している。

全力突っ込みで相棒のほうを見たら何やら光が点滅しているヘッドセットのようなものを見つけた。

騒音のお陰で気づかなかったが呼び出し音みたいなのが鳴っている。

確かこれは本部との通信用ヘッドセット。こちらの映像がCCDカメラを通してニーナのもとへと送られる優れモノだ。


「もしもし?誰か─────」


「ニーナか? こちら鮫島だ!」


「鮫島くん? 無事なの?」


「無事なものか! こちとら飛んだり角生やしたり頭固くしているゴマモンガラの群れに襲われてヘリが撃墜されかかってんだ!」


「はい!?」


「映像見ろや!」


目線カメラのように機能するヘッドセットをぶっ倒れている金子と死んでいるゴマモンガラ2匹に向ける。

それとドアガンナーを満喫しているブロケードを。

こいつ「メチャウマだからよォ うそじゃねえよ」なんて言ってやがる。いや、空気読めよおい。

ゴマモンガラのターキーショットを満喫してるんじゃねえよ。


「────────────────っ、状況は理解したわ。今から全ヘリに帰還命令を出すわ」


「それじゃあだめだ!被害はコックピッドのほうがデカい!今現在ヘリは自動運転に切り替わっている!」


ニーナは通信越しでもわかるほどにあっけにとられていたがすぐに理性を取り戻して俺たちに指示を出そうとするが、状況は思った以上に危機的状況だった。


「分かったわ。貴方たちの位置は把握した。そこは東京都新島の近海。そこに行って救助を待って」


「どうやっていくんだよ!飛び降りれってのか!」


「そうだけどそうじゃないわ。今飛び降りたら着水の衝撃で死ぬ。だからオートパイロットを解除して高度を下げてからヘリを乗り捨てて泳いで上陸しなさい」


「んなことどうやって————」


急にガクンとヘリが揺れる。プロペラ部分に干渉しているゴマモンガラはいないようだが他の部分には容赦のない体当たりが続き、ヘリの機体はどんどんひしゃげていく。


「まずはコックピッドに行ってオートパイロットを解除して。そして高度を下げるの、いい?」


「簡単に言ってくれるぜ、あそこには大量のゴマモンガラが居やがるんだぜ」


「この前のミスド程じゃあないでしょ。それに今回は頼もしい仲間もいるわ。松下君とジェニーを連れて行きなさい」


「松下とジェニーを?」


今のこの現状において動けてすらいないジェニーと松下を連れていくことに何の意味がある?


「ええ、彼なら多少噛まれてもびくともしないわ。だから彼に突っ込ませて貴方は援護をしなさい。それにジェニーならある程度の操縦スキルはある。連れて行きなさい」


多少噛まれてもびくともしないだ?あの鋼鉄すら噛み千切って三千世界の万物すらかみ砕けるようなゴマモンガラ共からか?

だがほかに手段はない。俺一人でコックピッドを制圧できそうにない以上誰かに頼るしかない。


「松下ァ!ジェニー!これからコックピッドを奪還する、手伝え!」


「お、俺か?」


「ME!? What's up!」


「そうだお前らだ!」


松下とジェニーを呼び出す。ここにヘリの操縦スキルを持っている奴がいるのはデカい。確かにゴリマッチョの逞しい肉体と固そうな皮膚とは頼りになりそうだ。


「松下、お前なんか得意なことあるか?」


「ラグビーのフォワードをやっていたのでタックルは得意です!」


「よし!全力でコックピッドに突っ込んでいけ!俺はお前の後ろからこいつで奴らを叩く!コックピットを制圧したらジェニーは機体の高度を下げてくれ!」


「イエス、サー!」


「御意!」


おかしな返答をしながら松下とジェニーは俺に敬礼をする。どう考えてもラグビー部の人間のする返事ではなかったが今は突っ込む時間すら惜しい。

コックピッドにつながるドアを開ける。その先には窓や椅子にべったり張り付いている羽根つきゴマモンガラたちとそいつらに無残にも食いつくされた操縦士たちのぐちゃぐちゃになった亡骸。

ボロリと出る小腸は途中でいくつもの破片に分解され、風圧に負けてこちらに飛んでくる。

目を見開くことすら許されない顔面は半分以上ひしゃげている。操縦桿は血液でぬれて風で乾いてを繰り返して黒く変色している。

ゴマモンガラどもはその体を体液で濡らして血化粧を歪めながらこちらに向き直る。

まあ要約するといつものことだ。

だがそれは何度も実戦を経験している俺に限定されていること。この光景を松下に見せてしまったことに後悔した。これじゃあ普通の奴は戦意を喪失するに決まっている。

しかし、松下のリアクションは俺の予想をいい意味で裏切ってくれた。


「ゆ、許すまじ!」


松下は憤慨してコックピッドに単身突っ込んでいく。血に濡れた金属の床がガチガチ音を立てる。


「うおおおおおおお!」


そのまま渾身のタックルがゴマモンガラの翼を捉えて叩き潰す。痛みに絶叫するゴマモンガラはその憎悪を力に変えて松下に噛みつく。

だが噛みつきは浅く、松下の身体を抉ることなく空振りする。

俺はセミオートに切り替えたAPS水中銃で松下に噛みついたゴマモンガラを撃つ。針のような弾頭は固く進化したゴマモンガラの甲殻を貫き、絶命させた。


「ぬううん!!」


室内にいるもう一匹のゴマモンガラが松下の懐に入る。噛みつきもそうだが体当たりの威力もバカにできないのがあの魚なのだが、松下は一歩も後ずさることなく受け止め、そのまま抱きしめるように締め上げる。

半魚人圧搾機にかけられたゴマモンガラは苦しそうにもがきながら潰れて死んでいった。

俺はその隙をついて窓から見えるゴマモンガラを一匹ずつ射殺していく。魚どもは高速飛行の風圧に踏ん張り切れずに海へと帰っていった。

1、2、3匹目を射殺したところでコックピット付近のゴマモンガラはこれで全滅した。だがことはそう簡単にはいかなかった。


「前だ!避けろ松下!」


割れた窓から飛翔するゴマモンガラが高速で突っ込んでいき、松下に体当たりを敢行した。

ヘリの速度と飛翔速度の足し算された勢いが叩きつけられ、今度こそ松下は倒れる。


「ぬうううううう!」


「松下ぁ!オイ大丈夫か松下ぁ!」


突っ込んでいったゴマモンガラを銃で殴り殺してで松下に駆け寄る。堅牢なその体には大きな放射状のひびが入り、固いうろこが砕け散っていた。

まるで画面の割れたスマートフォン。その下の内出血もかなりひどい。早く治療しなければ、金子に続いて松下まで失うわけにはいかない。

ジェニーに操縦を任せて俺は松下を危険なコックピッドから下がらせようとする。しかし、松下はこれを拒んだ。


「俺なんかのことよりジェニーさんの援護をお願いします、鮫島さん。人類の希望、お願いしますね」


「クソッタレ、ちきしょう!なんだってお前は・・・・・・」


涙をこらえて今の俺にできることを探す。このヘリにドアガンがあるように操縦桿から操作できる機銃があるはずだ。


「ジェニー!機銃の操縦桿はどれだ!」


「アナタ正気デスカ!?素人が扱えるものじゃア」


「素人だろうがやるしかないだろ!教えてくれ、このままじゃいつゴマモンガラが来るかわからない!」


「そこの操縦桿を握って!どうせ素人に狙いを定めるのは無理だから適当に乱射してクダサイ!」


「これか!?」


ジェニーに教わったバーを握ると爆音が鳴り響き、曳光弾の光芒が前方に飛んでいく。

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるを文字通りに再現した射撃は最大のネックであった前方のゴマモンガラたちを次々に撃ち落していった。

と同時にヘリの高度も落ちていき、島が大きく見え始める。何故か白いピラミッドのような建造物がある奇妙な島だ。そこまで大きくはない、まさに離島といえる島。


「あそこに着陸すれば・・・・・・」


ひとまずは俺たちに有利な地上戦に持っていける。前後左右上下から攻められるこの環境よりはよっぽど戦いやすい。

しかし、ゴマモンガラはそれを許さなかった。

ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!

という奇妙な音が上から聞こえてくる。この上にある金属音といえばまさか。アイツら、体を張ってプロペラを止めやがった!

その衝撃でプロペラは止まり、機体の高度はぐんぐん下がっていく。

このままでは着陸すらできない。


「この機体はもうダメだ!全員、ヘリから脱出しろ————!!」


Eska----pe逃げろーーー!!」


俺は力の限り叫び、仲間たちはそれに応えた。

俺とジェニーは松下を抱えて割れた窓から飛び降り、ブロケードと太田もそれに続く。

10メートルほどの高さからのジャンプは空気抵抗でヘリを前方へと置き去りにする(置き去りにされたのは俺たちだが)

俺たちは重力の井戸に飲まれて加速し、新島近海数百メートルの海に叩きつけられた。

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