公共人生安定所 ハローライフ ~異世界転生希望者と憂鬱な仕事~

赤糸マト

異世界転生希望者と憂鬱な仕事

 広々とした白を基調とした長方形の室内。天界の優しい光が入ってくる窓ガラスからは広大な草原が広がっており、時折人や馬、鳥や鯨など、多種多様な生き物たちが空を駆け、大地を踏みしめながら顔をのぞかせては窓枠の外へと消えてゆく。


 そんな、死後の美しい世界を垣間見ることのできるこの建物の室内は、入り口からは椅子が3列に並べられた待合席、パーテーションによって6つに小分けされた受付、その奥にはプリンターやテレビ、資料棚など様々な物が雑多に並べられており、その中で神と呼ばれる者たちが忙しなく働いている。


 ここは公共人生安定所 ハローライフ第53星哺乳類支店。地球に生きる生物の中でも哺乳類の転生先を紹介する窓口である。


 そんなハローライフの人間担当課の受付窓口で働く神ララ・キドルは、目の前に座る色白の青年の言葉にいつもの営業スマイルを崩しかける。


「それで涼介様、本当に転生先は使を希望、ということでよろしいでしょうか?」

「はい! 魔法とか、超能力とか使える世界がいいです!!」


 涼介と呼ばれた青年はララの引きつった営業スマイルに気づくことなく、ハキハキとした声を上げる。


「再度申し上げます。『魔法』と呼ばれるものが使える宇宙の死亡率は、あなたの生前に暮らしていたところよりも格段に上昇します。私たちとしては決してお勧めできませんが、それでもよろしいということで――」

「はいっ! 意思は変わりません!!」


 もう何度目かのララの柔らかな、しかし冷たい言葉に、青年ははっきりと変わらぬ口調で応対する。


 ララは説得を諦め、青年に気づかれないような小さなため息を一つ吐き出すと、引きつった営業スマイルを再度張り付ける。


「はい、わかりました。生後の保証は出来かねますが、可能な限りご希望に添えられる星をお調べします」

「あっ、記憶は持ったままでお願いします! あと、チート能力とかも選べたらうれしいです!」


 相も変わらずに無理な注文を付ける青年に、ララは苛立ちを覚えながらも、それでもなお、引きつったおかげで笑み、というよりは威嚇に近いそのいびつな表情を変えずに、青年の話を聞く。いや、聞かされる。


「そうだなぁ、せっかくチート能力を使えるのなら……、火とか水とか、そういうありきたりなのじゃなくて、時を止めたりだとか、なんでも出せる……いや、そうだな、うん。決まりました! 原子を操れる能力がいいです!!」

「……はぁ、そうですか。とりあえず、こちらの用紙にご希望をお書きください」


 ララは話を話半分に聞いた後、板目に挟んだ一枚の紙とペンを青年へと差し出す。


 青年はそれを見て、より一層その目をキラキラとさせながら紙とペンをひったくる様にして受け取ると、その場で書きだそうとする。


「あのー、そこでお書きになっていただいても?」

「あっ、はい! わかりました!!」


 青年は勢いよく立ち上がり、待合席へと戻っていく。そんな青年を他所に、ララは誰にも気づかれない程度の小さなため息を一つ吐き出した後、机の脇に置いているベルを鳴らそうと持ち上げ、左右に揺らす。


「次のかt——」

「BUOOOOooooooo……」


 ララが次の者を呼ぼうと声を上げたと同時に、外から何かの動物の低い鳴き声が響き渡る。窓の外では、黄金の一本角を持つ純白の鯨がゆったりと空を羽ばたいている。


「休憩に入りまーす。後の方は神魚の鳴いた後に受け付けまーす」

「あっ、あのっ!! これ!!」


 ララが休憩のために移動しようと立ち上がると、先ほどまで話していた青年が、変わらぬキラキラとした眼差しを向けながら、びっしりと書き込まれた紙をララへと差し出している。


「今からきゅうけ――」

「お願いします!!」

「……受け取っておきます。転生地の選定後にお呼びしますので、それまでお待ちください」

「はいっ!!」


 ララが渋々紙を受け取ると、待ちきれないのか青年は先ほどまで座っていた席へと戻り、外へと出ようとしない。


「……はぁ」


 ララは深いため息をつきながら受付を後にした。


・・・


「それで、これがその人間の願望?」


 休憩時間。


 ララの隣に座った神——ノルンは、ララの持ってきた紙の端をつまみ、持ち上げると、その内容を読み上げる。


「えーっと、『記憶の保持』、『剣と魔法の世界への転生』、『イケメン』、『かわいい女の子がいっぱいいるとこ』、『派手な魔法が使える世界』、『原子を操れる力』……もう死んだとはいえ、よくもまぁ、こんなに欲望をさらけ出せるねぇ……」

「ほんと……ホントにそうなのよ……」


 ノルンは呆れた声をあげる。しかし、それ以上にララへのダメージが大きかったのか、大きなため息を吐き出しながら、手元のグラスに入った琥珀色の液体を流し込む。


「それで、この『原子』って何?」

「あー、それはここの担当星の物質よ」

「へー、知らなかったわ」


 ノルンは頬に手をつきながら、興味なさげに紙を適当に投げ捨てる。紙はララの前方へと落ちるが、その紙を拾おうともせず、グラスに琥珀色の液体を注ぎ込む。


「それで、希望の星は分かったの? どこの宇宙?」

「……532星に一つあったわ……条件の8割クリアしている……はず」

「あら、すごい。よく見つけたわね……あー、それで今日の休みこんなに遅かったのね」

「……はぁーー」


 ララは再び大きなため息をつき、琥珀色の液体を喉奥へと流し込む。


「あんたさっきから何飲んでんのよ」

「……ソーマ」

「飲みすぎよ。それも仕事中に」

「いいでしょ、別に」


 ララは再びため息を吐き出しながら、琥珀色の液体をグラスに注ぐ。しかし、ララが再びグラスに口を付けようとする前に、ノルンによって琥珀色の液体の入ったグラスと瓶を奪取される。


「なにすんのよぉ!」

「だから、飲みすぎだって」


 ララはノルンに取り上げられた物を取り返そうと手を伸ばすが、伸ばした手はノルンによって叩かれる。ララは取り返せないと知ると、顔を伏せ、もう何度目かわからない大きなため息を吐き出す。


「どしたの、何があったか教えてみ」

「だってぇ」

「ほら、そんな顔しない」


 ララはひどく憂鬱そうな表情をノルンへと向ける。ノルンはララの頭を軽く叩く。


「最近さぁ、多いんだよ、異世界転生希望者」

「いいことじゃない、積極的に転生してくれるなんて。私のとこなんか今の担当が水棲哺乳類? ってのだからか、あんまり希望出してくれないわよ。あ、そういえばこの前鯨が空飛びたいって言ってたっけ……」

「はぁ……いいじゃない、適当に飛ばせばいいんだから」

「それはそうだけど……って、話それてるわよ。異世界転生希望の何が嫌なのよ」


 ノルンの言葉にララは眉を顰め、先ほどよりもより一層嫌そうな表情を浮かべながら言葉を綴る。


「いや、別にいいのよ。他所の宇宙だって魂不足だし、受け入れ先はあるから異世界でも。でも、でもっ、違うのよあいつら!! 特に人間のオス!! 何なの!? やれチートだの、やれハーレムだの、やれ俺つえーだの!!! 現代知識で無双したいですぅ!? しるかっ!! そもそもそんなの持ち込んでも宇宙が違えば物理法則も違うっつーの!!! ふざけんなぁ!!! しかも大半が転生死後にクレーム持ってくるしっ!! 知らねーよ!!! てめーらの希望だろっ!!!」

「ちょちょちょっ、しー、静かに! ほかにも聞こえてるって」


 相当溜まっていたのか、ララは机をドンドンと叩きながら、髪をガシガシと乱しながら、激しい口調で鬱憤を言葉にする。ノルンはララのあまりの乱れっぷりに一瞬呆然と気後れするが、ハッと我に返ると、慌ててララをなだめた。


「あっ……ご、ごめん……。」

「う、うん、飲みたいよね。そんだけ溜まっていれば」


 ノルンは先ほど取り上げたグラスをララへと返えそうと手を向ける。ララはそれを受取ろうとせず、自身の腕に顔を沈ませながら言葉を吐き出す。


「そりゃさぁ……前世であんまり上手くいかなかったから次はってなる気持ちもわかるよ。でもさぁ、私らなんでも屋じゃないし、そんなに注文つけられても困るし……」

「まぁまぁ、一応、規約上は大丈夫になっちゃってるんだから仕方ないって」

「そりゃぁ……そうだけど……」

「ね、私も手伝うからさ」


 ノルンは再度グラスをララへと返そうと手を伸ばす。ララは今度はグラスを受け取ると、諦めの表情と共に琥珀色の液体を一気に飲み干した。


「ちょっと前までは良かったよなー。海を割りたいだの、カリスマが欲しいだの、変なのはたまにあったけど、基本注文は単純だったし……あー、死んでも生き返る体にしてほしいって言ってた奴は馬小屋で生まれたっけ……」

「あー、そんなのいたねぇ。ちなみにその馬小屋君は今救世主として崇められてるらしいよ」

「へー」


 ララはグラスに琥珀色の液体を注ぐ。しかし、ノルンはそれを止めようとせず、ただただ苦笑いを浮かべる。


「そんなだったのにさぁ、最近はやれすごい魔力をだの、やれステータスカンストだの、やれゲームのアバター? の姿と能力で転生だの……スライムとか蜘蛛になりたいとか言ってたのもいたっけ……意味わからん」

「……うわー、何それ」


 もう何度目かもわからないが、琥珀色の液体を勢いよく飲み干すララに、ノルンは呆れ交じりの声を上げる。ララはそんなノルンの言葉を聞きながら机に突っ伏すと、大きなため息を吐き出す。


「はぁ、転神しよっかなぁ」


 ララがそうぼやくのと同時に、休憩の終了を告げる鳴き声が響き渡った。


・・・


「ちょっと! どういうことですかっ!!」


 広々とした白を基調とした長方形の室内。その中間あたりに位置するパーテーションに区切られたデスクの一つで、いつもと変わらぬ受付業務を行っていたララの前に一人の少年が物凄い怒りの形相でやってくる。


「はい、何でしょうか」


 ララはキョトンとした表情で少年へと返事を返す。しかし、そんなララの態度が気に入らなかったのか、少年の表情がますます激しいものへと変化していく。


「どうなっているんですかっ!」

「……えーっと、ご用件は何でしょうか?」


 ララは驚いた表情をしていたが、相手の態度を見たのちにため息をかみ殺したような、呆れた表情とまじめな表情を混ぜ合わせたようなものを顔に張り付ける。


「なんですかあの世界!! おかげで死んじゃいましたよ!!」

「……はぁ、そうですか」

「そうですかって、酷いですよっ!」

「そうは言われましても、あなたがどなたかがわかりませんし……」

「エドワード・ル……じゃなくて、涼介ですよ! 涼介!! ちゃんと名乗りましたよね!!」

「涼介様ですね……少々お待ちください」


 涼介と名乗る少年の言葉を受け、ララはデスクの下に置いてあるハードカバーの書物を取り出すと、目次らしき部分を開き、何かを探し始める。


「えー……、涼介様……ああ、14年前に転生された方ですね? でしたら、担当は第532星に担当者がいますので――」

「そんなの知ってますよ!! って、そうじゃなくてっ!」


 ララは少年へと視線を向けることなく、淡々と話すが、そんなララの淡白な対応に少年は声を荒げる。ララはひどく迷惑そうな顔を一瞬浮かべるが、ため息を飲み込むと、営業スマイルをその顔に張り付けた。


「それでは、どのような御用――」

「なんですかあれ!! あなたにお願いして転生したのに、旅に出てすぐ死んじゃったって話ですよ!!!」

「そうですか、不備の有無を確認いたしますので、少々――」

「そうですかってあなたっ!!」


 少年は机を叩き、目を血走らせながら激しく怒鳴る。しかし、ララはそれでも営業スマイルを忘れず、ただただ冷たい笑顔を向け続ける。


「なんですかあそこ!! 旅に出たらすんごい爆発に巻き込まれるし!」

「『派手な魔法が使える世界』とのご希望がありましたので」

「顔は不細工だし!」

「容姿の価値基準はそれぞれの星で異なりますので」

「寄ってくる女の子はそんなにかわいくないし!!」

「先ほども申し上げた通り、価値基準が異なりますので」

「げ、原子を操れなかったし」

「そもそも、『原子』とお呼びになる物質が存在する宇宙かつあなたの言う『魔法』が使える所はありませんでしたので」

「そ、それにっ!——」


 淡々と反論するララに、少年は少しづつ言葉少なになりつつも食い下がる。しかし、それでも反論を繰り返すララに、少年の表情は少しづつ暗く、げんなりとしたものに変化していく。


「で、でも、だったらなんで最初に言ってくれなかったんですか!?」

「死亡率が上がることなど最初に何度も説明したはずですが。それに生後の保証はしかねるとも申し上げました」

「そっ、そんなこと――」

「生前の記憶も引き継いでいるので、あなたがはっきりと覚えていることはこちらも承知しております。生後は死後の記憶が曖昧になっていたかと思いますが、それもこちらに来れば解消されているはずです」

「あっ……うぅぅ……」


 とどめの一撃とばかりにララは営業スマイルを張り付けたまま、冷たい言葉を少年へと放つ。ララの少年は思わずうめき声のような、反論と取れない声を上げる。


「ともかく、今回は第532星が担当となりますので、そちらをご案内いたします」

「……はい」


 少年はまさしく意気消沈、という文字を体現したものであった。少年は、下がり切った肩を引きずるようにしてハローライフを後にする。


「はぁ……転神しよ……マジで……。次の方どうぞー」


 ララはぽつりとため息を吐き出すと、次の転生希望者の対応のため、少し冷たさが垣間見える営業スマイルを張り付ける。


 次の職場には、『異世界転生』などという、世迷言を話す相手がいないことを願って。

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