22-水底で

 目覚めた瞬間、最初に感じたのは寒さだった。

 目を開くと、一面の暗い青。息を吸い込もうとして、空気がないことに気づく。鼻からも口からも、泡ひとつ出ない。咄嗟に見上げた遥か頭上に、微かにきらめく水面が見える。

 俺は水を掻いて浮かび上がろうとした。右足首に、強い締め付けと痛みが走る。鎖。茶色に錆がかった太めの鎖が足首に食い込んでいる。苦しい。息ができない。思い出した。

 生きたまま、湖に投げ込まれたのだった。二度と生き返らないように、大きな石に鎖で繋いで。

 足を強く引いてみる。抜けない。苦しい。そうだ、この鎖が錆び切れるまで、脱出できないと覚悟したんだった。苦しい。もう一度、強く引いてみる。ダメだ、鎖は全然切れそうもない。

 あと何年くらいで錆びてくれるだろう。だんだん頭が回らなくなってきた。苦しい。冷たい水の中で、手足が痺れてくる。苦しい。いっそ足首を切り落とせば、いや、刃物もなしにどうやって。苦しい。苦しい。息が。苦しい。

 身体に力が入らなくなってきた。目の前の暗い青が、さらに暗くなる。終わる。もうすぐ終わる。蘇生したばかりだというのに、俺は再び命を落とした。


 寒い。また青だ。身じろぎすると、藻の生えた服の内側から小魚が逃げていく。

 思い出す。そうだ鎖だ。足を強く引いても、まだ切れない。少し錆が削れたか。茶色の粉がわずかに水に舞う。苦しい。寒い。あともう一回、鎖を引いておくか。感覚のなくなった足を、もう一度引き上げて、意識が遠のく。


 目覚めると、真っ暗だった。夜か。夜ならいいが。深みに落ちたりしたんだろうか。いや、きっと夜だ。せめて信じさせてくれ。苦しい。

 足元を見ても、何も見えない。とりあえず、強く引っ張っておく。やっぱり足首が痛い。苦しい。すごく寒い。何も見えない。苦しい。死ぬ。


 また青だ。寒い。服はほとんど腐り落ちたようだ。鎖は。かなり錆びてきたか。強く引く。粉が舞う。でもまだ、鎖の輪は半分も削れていない。苦しい。

 あと何回、何十回、こうして蘇生するのだろう。どうせ助からないんだ、空気のある場所に浮くまで、意識も戻らなければいいのに。苦しい。

 いずれは助かるはずだ。必ず、必ずだ。でも、苦しい。意識さえ戻らなければ。ちくしょう。苦しい。誰か。助けてくれ。誰か。誰か。

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