第七話

 右方の出手ずるての楽が奏され、白塗りの化粧を施した私たちは舞台に上がった。


 私たちの舞う『おかしく舞うもの』も、『めでたく舞うもの』と同じ立ち位置から始まる。


 前奏の間に構えの姿勢をとり、右手は扇のを右の腿に。左手は指先を揃えて左の腿に添えた。

 ここに至るまでも、四人が寸分違わぬ動きになるよう猛特訓した。


 観客たちは呆気にとられているが、まだまだ序ノ口だ。


「〽おかしく舞うものは──(おもしろおかしく回るものは)」


 伴奏と謡いに合わせて、私たちはゆったりと色の袖を閃かせる。


「〽こうなぎ 小楢葉こならは 車のどうとかや──(巫女の神楽舞 落葉する小楢の葉 車輪の軸受じくうけなどや)」


 指先まで揃えられた手の位置。

 舞扇の角度。

 対句ということで、ここまでは左方の鶴千代殿たちとあえて同じ振り付けにしてある。

 楽と衣装の違いで、異なる趣となっているはずだ。


 私たちは謡いの合間に、鶴千代たちと同様、敷舞台の後ろの縁に等間隔で並んだ。

 ……ここからが見せ場だ。


 中の二人が腕を広げながら、前に進み出た。


「〽平等院なる水車みずぐるま──(平等院にある水車)」


 まずは右側の童が腕を広げたまま半回転。

 続いて二人で。 

 衣装の前後が交互に変わっていく様は──


「まさに水車よ……!」


 観客は狙いどおりに驚嘆してくれた。


 ゆるり、ゆるりと回転する水車の次は、私ともう一人の番。

 二人と入れ替わりに、両側から前へ進み出た。


「〽はやせば舞づる──(囃し立てれば踊り出す)」


 観客のほうを向いたまま、扇や身振り手振りで、互いに「それ、舞ってみよ」と煽る。


「おぉ、一人前に挑発しておるわ」

「可愛らしいものよ」


 観客たちの声を耳にしながら、そうだろうと思う。

 こちらは娯楽の要素を取り入れつつ、正式な儀式のうちの一つとして真剣に舞っているのだ。

 腹黒どもの足の引っ張り合いと、同じ土俵で見てもらいたくはない。


 楽で一息つくと、今度は各々の担当部分だ。


「〽蟷螂いぼうじり──」


 私は体を右に向け、右足を半歩前に出した。

 それから、じわじわと、鎌の形にした手を上げていく。

 右手を上に、左手を下にするところで、歌師うたのしの方が、存分に歌い上げてくださった。


 合いの手のように入れられた、鼓の「ポンッ」という音に合わせて、左の膝を軽く曲げ、顔のみを正面に向けると。


「「「わはははははは!」」」


 観客の笑いがとれた私は、涼しい顔でカマキリの型をしたまま、内心ガッツポーズをしていた。


「〽蝸牛かたつぶり──」


 左隣の童も型に則りながら、のっそりと動き、きっちりと笑いをとった。



 各々の見せ場を終えると、四人で最初の立ち位置に戻った。

 入手の楽で退場した私たちは、右方の控え処に入ったところでお互いの顔を見る。

 皆が手応えを感じており、満足のいく出来だと讃えあった。


 その後、遷御の儀はつつがなく終了し、雅楽寮の方々はようやく肩の荷を降ろされたようだ。



   ✽ ✽ ✽



 後日、雅楽寮の頭と舞師の方々が「一言御礼を」と、ご丁寧に我が家まで足を運んでくださった。


 舞童に今様など、白拍子と勘違いしているのではあるまいかと、雅楽寮の中で憤る声も多数あったとのこと。

 だが、僭越ながら私が申し上げたげんがきっかけで、此度の成功に繋がったと仰ってくださった。


 あまりに褒めてくださるので面映ゆい心地がしたが、瑣末ながらお役に立てたのなら幸いだ。






〔注釈〕

出手ずるて:右方が舞台へ入場すること。

構えの姿勢:本作では、背筋を伸ばして肘を張る型を指しています。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る