第六話

 10月8日に大内裏が完成し、吉日に『遷御の儀』が執り行われた。


 当日、内裏で一番広い南庭に高舞台たかぶたいが設置された。大内裏に勤務する、より多くの方が観覧できるようにとのご配慮らしい。


 雅楽寮の方々のために、何としても成功させるのだという使命感に燃えていた私たち。

 御上や皇族の方々にご臨席賜る紫宸殿ししんでんに面した舞台を見ても、臆する者はいなかった。



   ✽ ✽ ✽



 舞台から少し離れた後ろに設置された楽屋がくやから、雅楽寮の方々が出手でるての楽を奏される。


 楽の音に合わせ、白粉を塗り化粧を施した左方の舞童たちが、舞台後ろの階段から順に上がっていく。

 その階段から舞台の縁に添う朱色の高欄こうらんは、魔除けの意味もあるらしい。


 舞台の上に敷かれた萌黄色の敷舞台。そのやや真ん中よりの四方が、彼らの最初の立ち位置となった。



 ──♪


 『めでたく舞うもの』が始まった。

 歌の中盤までは、四人が分身したかのように動きを合わせる。


「〽よくよくめでたく舞うものは──(よくよくめでたく舞う回るものは)」


 伴奏と謡いに合わせて、彼らはゆったりと朱色の袖を閃かせる。


 指先まで揃えられた手の位置。

 ひとつ開いた舞扇の角度。


 その一糸乱れぬ舞に、観客から「ほぉ……!」という感嘆の声が上がった。


(……掴みは完璧……!)


 右方の控え処から見ていた私は、さすが鶴千代殿たちだと、拳を握りしめた。


 童舞を子どものお遊戯と侮っていたであろう方々は、早くも三間約5.4m四方の別世界を、食い入るように見つめている。


「〽こうなぎ 小楢葉こならは 車のどうとかや──(巫女の神楽舞 落葉する小楢の葉 車輪の軸受じくうけなどや)」


 彼らは右手に持った扇を顔の斜め前に翳した。それぞれの範囲で右回りに円を描く。

 続いて四人で輪を作り、一周してから一列になり、敷舞台の後ろの縁に添って並んだ。



(──ここからだ)


 私は拳を固く握りしめる。

 今までにない試み。個々の見せ場を作った。


 鶴千代殿ともう一人、背格好の似た二人が揃って、構えの姿勢で進み出た。


「〽八千独楽──(たくさんの独楽)」


 二人は右手の舞扇を斜め前へ差し出した。

 元の位置へ戻すと、次は手のひらを上にした左手で同じ動作を。


「……これは、独楽師を表しておるのか……?」


 観客の一人が呟いた。


 今度は二人の扇が右、左と動く。


「なんと優雅な独楽師よ」


 鶴千代殿たちの愛らしさが表れ、かつ気品のある舞に、観客の表情が緩む。


 八千独楽のくだりが終わると、二人はしずしずと縁まで戻り、入れ替わりで一人が中央に進み出た。


「〽蟾舞ひきまい──(猿楽のひきがえる道化役)」


 彼は上半身は構えの姿勢のまま、屈伸と足さばきで蛙の動きを真似る。


「ははは。今度はひきがえるか」

「ずいぶんと見映えの良い蟾がいたものだ」


 真剣な顔でゆっくりと動く姿が、より滑稽に見えるらしい。狙いどおりだ。


 蟾舞のくだりが終わり、最後の一人と入れ替わる。


「〽手傀儡──(操り人形)」


 さすが勇気を持って挙手してくれただけのことはある。動作の途中で止まる仕草は、操り人形そのものだった。


「よう表しておるな」


 観客も感心しきりだ。



 個々の見せ場が終わり、再び彼らは最初の立ち位置へとついた。


「〽花の園には──」


 彼らは同時に舞扇を開き、構えの姿勢に戻った。

 屈伸してその場で回転し、中央を向く。

 彼らの左手が、中央へと差し出される。そのまま腕を上げ、四つの手が山を形作った。


「〽蝶小鳥」


 左手は山の形を保ちながら、右回りにゆったりと一周していく。

 右手の舞扇が翼のように、ゆるり、ゆるりと上下に舞う。

 その様子はまるで──



 ──花の園で優雅に舞う、蝶や小鳥たち──



「なんと愛らしい」

「統制された動きが素晴らしい」


 讃美の声が次々に上がる中、入手いるての楽に合わせて、彼らは退場していった。



   ✽ ✽ ✽



「初めて見た童舞の形だが、良いではないか」

「童の良さが、よう出ておったわ」


 観客の反応は上々のようだ。

 鶴千代殿たちが作ってくれた、良い流れを生かせるよう精一杯舞いましょうと、私たち右方は頷きあった。






〔註釈〕

紫宸殿:内裏の南側中央に位置するので南殿とも。天皇が公務や朝廷の儀式などを行った公の建物。

高舞台:約90センチの高さがある舞台。通常は前後に階段がつき、舞人の通り道以外を高欄で囲います。

楽屋:雅楽の演奏家が楽を奏する場所。

出手でるて:左方が舞台へ入場すること。

高欄:擬宝珠ぎぼうしをつけた木製の欄干。

擬宝珠:橋や寺社の階段などに設置されている装飾。

入手:舞台から退場すること。


童舞について:左方も右方も、本来の伴奏は楽器のみのようです。謡いがつく伴奏は、本作上の演出としております。

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