第13話

 いきなり騒がしくなった由美さんと澄美を横目にして、俺はお風呂に入ることにした。わけもなく急に喧嘩するのはよくあることだから、放っておけばいつの間にか終わるだろう。

 普段より長めなお風呂を満喫していたおかげで、上がり後のポカポカ感が長く続いていた。俺はこのお風呂上りの気分が好きだ。

 部屋に戻っても温かさは僅かに残っている。ベッドの上で横になりながら、残ったほとぼりを感じてしばらく目を瞑った。このまま眠りについてもおかしくなかったが、このタイミングでスマホが鳴ってしまった。

 何の通知だろう? とスマホに手を伸ばして通知センターをチェック。

「ゲームの通知か。そういえば、今日まだログインしてなかったっけ」

 通知をタップしてゲームを起動。ログインボーナスだけを受け取ってまたホームに戻る。通知音のせいで眠気がなくなったので、習慣的にスマホをいじ始めた。

 ツイッターやインスタを見るともなしに、指を手早く滑らせていた。面白そうな内容や写真はなかったので見るのをすぐにやめた。

 そしてニュースのアプリを開く。子供の誘拐事件や高校生の自殺問題、ぱっと見ただけ悪いニュースばかりだ。そんなニュースを見流し、俺は植物状態というキーワードで検索する。表示されたニュースを何件読んだけれど、すべても参考にならない情報だった。

 そこでグーグルを活用しようと思い、「植物状態」と「回復」で検索する。しかし結果はさっきと同じく、役に立ちそうな情報は一つもなかった。

 調べ物を中止してスマホを枕元に置く。体を大の字にしてしばらく天井を見ていた。

「今日はいろいろあったな」

 本当にいろいろだ。

 いろいろ過ぎで息が詰まってしまいそうくらいに。

 しかし、いつになっても落ち込むばかりではダメだ。俺にできるのは、ただ直面する課題に立ち向かい、それらを自分の力で乗り越えることだけだ。お風呂の時間を生かして自分なりに考えた結果、これからのやるべきことは大まかに分ければ三つがあるのだ。


 一つ目はやっぱり、自分の進路や将来を真剣に考えること。人生に大きく関わるものだ。他の誰かでもない。だから就職か進学か、もし進学しようとしたら、どこの大学を目指すのか、その答えを俺はいちいち導き出さなければならない。そしてちゃんと言うのだ。心配してくれている由美さんや先生に、自分の選択を。


 そして二つ目。これからどのように未羽と接するのかを考えることだ。彼女に好きな人がいるとはいえども、すでに付き合っているとは限らない。俺が未羽の近くにいる限り、可能性はまだ残っているかもしれない。機を狙えば逆転できるかもしれない。だから、俺のやるべきこと未羽との関係を潰さないようにすることだ。そこでまたスマホを取り、『今日は本当にごめんなさい』と送信した。


 最後に、進路と未羽の件以上に俺を苦しめているのは、和音の回復による心の動揺だ。どう対応するのか分からない。恐らく俺は和音のことを恐れている。

 彼女との接し方は分からない。

 和音をどうやって受け入れるのか? 

 和音をどうやってこの社会に馴染ませるのか?

 未経験なことばかりで、これから俺の生活にどのような変化が起きるかとても不安だ。

 それに、俺はついに気付いてしまったのだ。何より怖いと思わせるのは以上に述べたなに一つでもない。

 和音の顔を見ると、俺はあの女を、母のことを思い出すのだ。これが一番怖かった。


「……はあ」

 どうやら俺はため息が大好きなようだ。

 抱き枕を抱いたまま、寝返りをした。

「俺にできるのか……」

 正直自信があまりない。特に和音の件が一番ややこしいと思う。

 けれど、やるしかない。やらなければ何も変わらない。だから答えを見つけ出せるように、自分の持っている知恵を絞るのだ。

 そこで、俺がもう一つ寝返りをすると、俺のベッドに澄美が座っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る