泣いて馬謖も斬る

中田中中高

それでも孔明は泣く

 今、孔明は泣いている。足元には馬謖の首が転がっている。いや馬謖だけではない宮廷内の武人文人、そして皇帝の首も。


 皇帝の名は、えーと、wiki、wiki、そう劉備!劉備の首も転がっている。


 常日頃から孔明に酒を飲ませるなというお達しは届いていた。皆が知っていることだ。孔明の泣き上戸にはほとほと困っているという。


 だが今日は新人がいた。もちろん新人にも達しは届いている。それでも孔明とお近付きになりたい一心で夜中にこっそり酒を隠し持ち話しかけた。もちろん孔明は酒に目がない。すぐに意気投合し新人の思惑は見事的中し出世街道驀進中と思ったことだろう。


 孔明が泣くまでは。


 孔明の泣き声が聞こえた時に一番近くにいたものは新人だ。そして馬謖。馬謖は今ならまだ間に合うと思った。今なら酒を止めさせ池の水を一気に飲ませてしまえばいい。その為に桶を取りに行ったのが間違いだった。桶一杯の水を抱えてやって来た頃には新人の首は飛んでいた。それでも今なら間に合うと思った馬謖は取り押さえようとしたが一閃。馬謖の首は落ちた。


 何故、孔明に酒を飲ませてはいけないか。それは異常なまでの泣き上戸と更に異常な剣さばきにある。酒に酔って泣いている孔明を止める術はないほどに凄い。これまでは開けた場所だったので泣き止むまで退避していればよかった。だがここは宮廷内。


 一度軍議で孔明を投石機に縛り付けて酒を飲ませて泣き上戸が発生したら敵陣中央に投げ入れてしまえばいいという案が出たが流石に死ぬだろうということになってやめたものだ。


 だが、今更遅い。あの時、笑って自分がそんな事をするはずがないと孔明は全くもって全てを忘れているようだったがそうあの軍議の時に採用していればよかったのだ。


 今、宮廷内では惨劇を逃れた一部の武人と文人が幾つかの部屋に息を潜めて隠れている。時は奇しくも五行思想による金行の13日でもあった。


 孔明は泣きながら剣を地面にこすりつけながらよたよたと歩いている。


 からんからんと鳴っている音と泣き声が部屋の近くにやってくると速く通り過ぎろと祈り息を殺す。音が遠ざかりそれでも息を殺し続けてどれくらい経ったか。もう大丈夫かと息を吐き自らの無事を天に祈ったその時、孔明は剣で壁を斬り裂き現れた。


 一見隙きだらけに見えるほど目は虚ろで泣きながらこちらを見ていない。それでも鬼気迫る迫力に怯えた文人は付近にある物を手当たり次第に投げつける。それを瞬速の剣さばきで全て斬り落としながら文人に目がいったのを見た武人は好機と見て音も立てずに剣を孔明の首へ向かわせる。だが孔明の首は落ちなかった。落ちたのは武人の腕と首だった。次に落ちたのは文人。


 誰も孔明を止めるものはいない。殺戮は終わり酔も覚めた頃に孔明は思い出す。酒を勧めに来た新人。頭の中にはまた斬ってしまうのではという思いとこの程度では大丈夫だろうという二つの思い。孔明は全て知っていたのだ自分が酔うと剣を取り見るもの全てを斬り殺さなければいけないと全て知っていたのだ。


 孔明は祈る。


 天帝に祈る。


 頭を垂れ膝をつき祈る。


 天帝は童子の格好をして宙に寝そべり輝きながら現れた。


 「またやったの?」


 「はい、またやってしまいました」


 「これで何度目。そろそろ無かったことにするのは良くないと思うんだ」


 「そこを何とか」

 孔明は今度こそ禁酒を誓う。何度目の誓いか忘れた。だが、今度こそは。


 「まあ、いいけどね」

 そう言うと天帝は時を戻す。


 新人は酒を隠し持ち喜色満面でやってくる時に足を滑らせ酒を割らせた。その音を聞いてやってきた者には何をしようとしたか分かっていた。新人は即刻処刑され。孔明の部屋にはおびただしい数の禁酒と書かれた紙が貼られている。


 今のところ問題はない。


 だが孔明は知らない。誰も知らない。天帝は知っている。


 孔明はこの後、本当に泣いて馬謖を斬るのだ。

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泣いて馬謖も斬る 中田中中高 @waruituti

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