俺の入院日記 その13

『ねぇ・・・・貴方、探偵なんですってね?』


 朝食の後、大河内奈々が、今度は俺に声をかけてきた。


『そうだよ。』俺は素っ気なく答える。

『だから?』


『私(わたくし)、探偵って職業に憧れてますの・・・・ちょっとお話でもしませんこと?』


『いいよ』俺はそう答えて、ホールから廊下を挟んだ反対側にある小ホール・・・・・通称『サンルーム』なんて呼んでいる。


 広さは凡そ八畳くらいだが、天気のいい日には太陽光線が一杯に入り、結構暖かいので、日向ぼっこには格好だ。


 窓に向かって据えてあるソファ(背もたれのない、四角いタイプ)に、俺が腰かけると、彼女はわざと俺の隣に身体をくっつけて座った。


 香水が香る。


 何だか知らないが、妙に鼻につんとくる。


『何が望みだね?』

 

 彼女の眼が少し吊り上がった。


 自分の色香に吊られなかった男がいるのが、ひどく心外だとでも言いたげだった。


『この間、私の「アレ」をご覧になったでしょ?』

俺も見たのだ。

 美奈が自室に男を率いれて『行為』に及んでいるところを。

『見たが、どうしたね?』


『察しの悪い方ね・・・・何も見なかったことにして頂きたいと申し上げているのよ』


『これもかね?』


 俺はポケットから例の盗聴器を出して、彼女に見せた。


『俺と壮太君の部屋から出てきた・・・・それから病棟診察室の机の下にも同じものがあったよ。あの看護師、遠山みつきっていったっけな?彼女に聞いたらあんたに頼まれたって話してくれたよ』


『な、何のことよ?』


 俺は黙って彼女が耳に 着けていたヘッドフォンをひっぱった。


 ケーブルにつながっていたバッグが床に落ち、中から小型の受信機が出てきた。


 同時に、盗聴器から派手な音が響き渡る。


『君はこいつを病棟のあっちこっちに仕掛けて情報を探っていたんだな。』


『何のため?何のために私がそんなことをするの?』


『こんな閉鎖された病棟だ。理由なんかいらない。正常な人間だって長くこんなところに入れられてたら、変になってしまうさ』


『遠山看護師は皆喋ってくれたよ。君は久保田医師の鞄の中にまで盗聴器を仕掛けていたんだってな。医者と坊主はスケベだなんてよく言ったもんだ。あの先生、随分女癖が悪いんだってな。それがバレると、医者としてはどうしたって立場が悪い。』


 彼女は何も言わず、下を向いて唇を噛んだ。


『・・・・これは俺の想像だが、壮太君も何かのきっかけでそれを察してしまったんだろう。久保田医師はスキャンダルが表ざたになるのが困る。君は君で、自分を振った男ではあるが、まだ未練がある。そこで・・・・』


「やめてぇっ!』


 彼女は床に膝をつくと頭を抱えて叫んだ。


『・・・それを知ったからどうだっていうのよ?!私はこの病棟の女王よ!何でも思うがままになるの!それが私なのよ!』


『・・・・・』俺はシナモンスティックを齧り終えると、またポケットに手を突っ込んで、小型のICレコーダーを取り出して見せた。


『近頃は小型だが、随分性能のいいものが出来たな』といい、彼女にマイクを突き付けた。


『そうか、するとあの三人組も色仕掛けでたぶらかしたのか?』


『そうよ!それが悪いの?!』


『悪くはない、別に悪くはないがね・・・・』


 俺は、傍らの壁にあった緊急通報用のインターフォンのスイッチを押した。


 この手の病院は、こうした設備があちこちについている。


 彼女は髪を振り乱し、さながら夜叉の如く手足をばたつかせて暴れている。


 間もなく男性看護師一名と、女性看護師二名の、合計三人がすっ飛んできた。


 俺は何も言わずに、黙ってレコーダーをそのうちの一人に手渡した。


 暴れる彼女を押さえつけ、看護師たちはどこかに連れて行ってしまった。


 

 翌日、彼女は隔離室のある女子専用病棟へと移されて行った。


 今までそうならなかったのが不思議なくらいだ。


 俺と中村壮太君は・・・・


 何故か二人そろって、急に『退院』ということになった。


 何だって?


(ご都合主義の極みだ)って?


 しかし病院の方もこのまま俺達を一緒にしておくわけにもゆかないと判断したんだろう。


 久保田医師は半分苦い顔、そして半分何だか慌てたように俺に退院の許可を出し、


『病棟内で起こったことは内密に』と、何度も念を押した。


(何でも壮太にも同じことを言ったらしい)


 俺は一週間ぶりに、そして壮太はほぼ一か月半ぶりで、硝子の扉の外に出ることが出来た訳だ。


(ちょっと待て、まだ肝心なことを聞いてない)?


 ああ、例の声優さん似の看護師さんのことか。


 どうって、どうにもならんよ。


 幾ら壮太君が彼女の事を好きだって言ったって、患者と看護師が付き合う訳にもゆかんしな。


 俺にとっちゃ、そんなことはもうどうでもいい。


 久しぶりにネグラの風呂に浸かり、鼻歌(何を歌ったかは秘密だ)バーボンをストレートで三杯呑(や)った。


 こんなに気持ちいい酒は久しぶりだな。


                                 終わり


*)この物語はフィクションです。登場人物、場所、事件その他は全て作者の想像の産物であります。

 


 

 



 


 


 


 










 



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硝子の扉の向こうで 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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