第14話 それからの映は…

 〇ひがし 朝子あさこ


 それからの映は…

 F'sの新メンバーとしてのお披露目が忙しくて。

 雑誌にテレビ出演に、スタジオや会議…

 本当に毎日忙しくしていた。


 なのに、うちの両親にも会おうとしてくれてて。


「電話、まったく通じねー。」


「仕事中は二人とも仕事用の携帯しか出ないと思うし…」


「だよな。ま…しつこくて嫌われない程度に…って、もう嫌われてるかもしれねーけど。」


「ふふ。」


「…朝子。」


「ん?」


「俺、ド派手な結婚式やりてーんだ。」


「……ド派手?」


「こう言っちゃ悪いけど…二階堂の結婚式って、地味そうじゃん?」


「…う…う…うー…どうかな…」


 だいたい…二階堂の持ち物である場所での式の後、敷地内でのガーデンパーティー…みたいな流れになるのかな。

 空ちゃんは、お嫁さんに出た方だから、二階堂ではやらなかったけど…

 それでも、渉先生はかなり配慮してたと思う。


 …もしかして、映…

 あたしのために、ド派手にしたい…とか言ってるのかな…


「両親の了解もらえたら、式場選びに行ったり、ドレス選びに行ったりしようぜ。」


「…気が早いなあ…」


「最初のプロポーズから一年以上経ってんだぜ?早くないよな。」


「そっか…そうだね…」


 映にそう言われて…あたしは少し楽しくなった。


 結婚式場…

 ドレス…


 何だか、ワクワクしちゃう。


 …でも…

 そうすると、やっぱり…

 顔の傷、治したい。



「…朝子。」


「え?」


 ふいに、映があたしの頬に触れた。


「この傷の事なんだけどさ…」


「……」


「手術、受けろよ。」


「映…」


 初めて…受けろって言われた…


 あたしが戸惑った顔をすると。


「俺は、構わない。だけど、朝子のためにならないと思う。」


「……」


「今すぐじゃなくて…結婚がちゃんと決まってからでも、式が終わってからでも…」


「映…」


「とにかく、朝子のタイミングでいい。受けろよ。」


 映の声は…迷いがなかった。

 あたしの目を見つめて、あたしのためだ、って。


 …うん…


「…あたしのタイミングって…言ってくれてありがと…」


 あたしがそう言うと、映は頭を撫でて…抱き寄せてくれた。


「アメリカで、手術を受けないかって…言われてるの。」


「その時には絶対ついて行くから。」


「…もう少し…自分の中で…ハッキリさせたい事があるから…」


「…分かった。」


「ごめんね…」


「謝るこたねーよ。朝子は…進むって決めたんだろ?」


 映の…笑いの混じった声に、何だか…癒された。


 そうだよ…

 あたし、進むって決めたんだよ。

 二階堂を出たあの日に。


 ずっと同じ所で止まってるけど…


 絶対…

 今より、先に進んでみせる。



 * * *


 忙しい映が動いてくれてるんだ。

 あたしだって、動かなきゃ。

 そう思ったあたしは、朝早くに二階堂に…

 堂々と正門から入る勇気がなかったから、別宅の裏から入ろうと…すると…


「…何…?」


 大勢の人が…



 あたしは苦手なコッソリを頑張りながら、何とか家に入る。

 靴がないから、誰もいないのかな?

 でも、鍵開いてたし…


「朝子。」


「はっ…」


 驚いて振り向くと、庭にお兄ちゃんがいた。


「…やっと帰ってくれたのは嬉しいが、今日は全員出払うぞ?」


「そ…そうなんだ…父さんと母さんも?」


「…ああ。」


「何か…変わった事?」


「…ちょっと、関係者の葬儀がな。」


「そっか…」


 タイミング悪かったな…と思いつつ、内心はホッとしてた。



「…関係者って、二階堂の人?」


 よく分かりもしないのに聞いてみると。

 お兄ちゃんは少し間を開けて。


「…被害者遺族が亡くなった。」


 小さくつぶやいた。


「ふうん…」


 二階堂は…特殊な現場で一般人を守るのが仕事。

 あたしは二階堂に生まれ育ったのに…それぐらいの事しか知らない。

 だから、こうやって被害者遺族が亡くなったからって、二階堂から大勢が押し掛ける事の意味が分からない。



「…辛い事はないか?」


 お兄ちゃんが、あたしの頭を撫でながら言った。


「ないよ。」


「そうか。あいつとは…上手くやってるのか。」


「うん。新しいバンドも決まって忙しくしてるけど…あたしとの時間も大事にしてくれてる。」


「……朝子。」


「ん?」


「……」


「…お兄ちゃん?」


 何となく…

 お兄ちゃんが、すごく…寂しそうな顔をした気がして…

 あたしは、お兄ちゃんの顔を覗き込む。


「…何かあったの?」


 小声で問いかけると。


「…いや。なんでもない。」


 お兄ちゃんはいつもの笑顔になって…また、あたしの頭を撫でた。


「あいつから電話がかかってるらしいが、うちの親も頑なだな。」


「…んー…ずっと海くんと…って思ってたんだろうから…仕方ないんだろうけどね…」


「そう言えば、坊ちゃんも葬儀に参列されるはずだけど。」


「え…」


「…会うか?」


「……」


 ずっと…考えてた。

 この顔の傷の事…

 そして、海くんの事。


 あたしが幸せになるには…海くんを…

 海くんを、あたしという呪縛から、解き放ってあげなきゃ。って。


 なのに…

 あたし、桐生院華音さんに『海は変わったよ』って言われて。

 あたしの事なんて、もうどうでも良くなってるのかな…って…

 少し、捻くれた感情が湧いた。


 楽になって欲しいのに。

 あたしは、映と幸せになるのに。


 あたし…もしかして、未練があるの…?




 結局、海くんに会おう…って覚悟は、まだあたしには…できなかった。

 実家に行った後、遅番で店に出て。

 だけど…仕事中も、ずっと考えた。


 海くん…何日ぐらいこっちに居るのかな…

 会って…顔見て話して…ちゃんと進んだ方がいいに決まってるよ…

 うん…


 仕事が終わる頃には、少し会う方向に気持ちが傾いてたんだけど…

 翌朝、お兄ちゃんに電話をしたら、海くんは現地からすでに向こうに戻ったみたいで。

 もし会う気になれば…段取りは着けるって、お兄ちゃんが言ってくれたけど。

 わざわざ、あたしのためにアメリカからって言うのは…


 …だったら、あたしが手術を受けに行く時に…会う?



 ピンポーン


 映が仕事に行って、あたしはお休み。

 今日は買い物にでも行ってみようかなと思ってる所に…


「…お母さん…」


 ドアを開けると、母さんがいた。


「…入っていい?」


「も…もちろん…」


 突然の訪問に、ドキドキした。


 えっと…部屋の中、ちゃんときれいにしてるよね。

 見える所に、変な物なんて置いてないよね。

 咄嗟に、頭の中で部屋の残像を思い浮かべる。



「…すっかり、一般人ね。」


 部屋を見渡して、母さんが言った。


 それは…

 余計な物をたくさん持ってる…って思われたのかな…


 そうだよね。

 うちには特殊な機械はたくさんあっても、一般的に売ってるDVDレコーダーなんてないし、空気清浄器も、花柄のカーテンもない。



 お客さんなんて来ないと思って…それらしいカップがなくて。

 あたしの出した、薄いピンク色のマグカップに小さく笑って…母さんが言った。


「私も、頭ごなしに反対してるわけじゃないの。」


「……」


「朝子には、我慢が足りない。」


「…うん…」


「自分でも分かってるの?」


「…ここ一年ぐらいで…やっと気付いた…」


「…そう。」


 母さんは紅茶を一口飲むと。


「…自分から行きたいって言った研修を、怪我のせいで辞めた時…母さん、正直ガッカリした。」


「……」


 あの頃…両親は何度もお見舞いに来てくれたけど…

 あたしは、紅美ちゃんと海くんの事を知って以来、少し…人間不信に陥っていて。

 誰にも会いたくなかった。


 そんな中で、海くんが婚約の話を進めてくれて…一緒に暮らす事になって。

 両親は、海くんの決めた事には逆らわない。

 何か意見があったとしても…きっと言わないはず。



「…海くんにも、辞めるのか?って聞かれたけど、当たり前でしょって思ってたんだと思う。」


 久しぶりの母さんを前に、あたしは少し緊張してしまった。


 でも…

 今まで話せなかった事。

 ちゃんと話して…進まなきゃ。


「坊ちゃんを庇って出来た傷を、どうして誇りに思ってくれないんだろうって、イライラした。」


「…ごめんなさい…」


「…でも、仕方ないのよね…朝子は、そういう風には育てられてないんだから…そう思えないのが当然よね。」


「ちょっと待って下さい。」


 突然声がして。

 顔を上げると…映が立ってた。


「え…映、どうしたの?」


「スケジュール変更の連絡があったから戻ったんだ。」


「…あ…あの…」


 あたしが映を紹介しようと立ち上がると。


「何度もしつこく電話してすみません。はじめまして。東、映です。」


 映はあたしの隣に座って、母さんに頭を下げた。


「……どうも。」


「で。」


 映は顔を上げると。


には育てられてないって、どういう事ですか。」


 厳しい口調で言った。


「あなたの娘でしょう?」


「映、やめて。」


「朝子、いいのよ。」


「母さん…」


 母さんは伏し目がちに小さく笑って。


「…朝子は…人見知りの激しい子で。」


 話し始めた。


「仕事で外に出てばかりだった私達に、なかなか懐かなくて。」


「…え…」


 お…親にさえ懐かなかったの!?


「志麻にだけは…ベッタリだった。」


「……」


「そのせいで、志麻の中ではいつまでたっても、朝子が小さな朝子のまま。」


「…シスコンはそのせいか。」


 映があたしを見て笑った。


「朝子は、我慢が足りない。自己主張も下手。思ってる事を口に出さずに、ずっと溜め込んで根に持って…」


「ちょ…母さん…あたしのマイナスポイントばかり…」


「…そんなに嫌なら、もっと早く二階堂を出るって言えば良かったのに。」


「……」


「坊ちゃんに対しても…そこまでの気持ちがなかったなら…もっと早くに捨ててさしあげれば良かったのに。」


 ぐっ…と。

 あたしは両手を握った。


「な…何よ!!母さんだって、今になってそんな事言うなんて!!」


「今だから言うのよ。」


「…なん…なんなのよ…」


あずまさん。」


 母さんは映の顔をじっと見て。


「…はい。」


「朝子は、特殊な環境で、自分は出来ない人間だと思い込んで育ったせいで、卑屈な所があります。」


「…思い当たります。」


「映。」


「いや、マジで。」


「……」


 眉間にしわを寄せて、黙るしかなかった。

 だけど、そんなあたしを…映は優しく笑って見て。


「卑屈な所も、我慢が足りない所も、何かと溜め込む所も含めて…一緒に成長できたらいいと思ってます。」


 母さんに、そう言ってくれた。


「…朝子。」


「…はい。」


「…父さんの説得に、帰ってらっしゃい。」


「…お母さん…」


あずまさんも。彼は私より強敵よ。」


「一番の強敵はお兄さんかと。」


「…その志麻は、二人の結婚を許してやってくれって、私達に土下座しましたよ。」


「えっ!?」


 あたしと映、同時に声を上げてしまった。


 だ…だって…

 お兄ちゃんが!?


「お父さん、三日後にはドイツに行くから。それまでにね。」


 母さんはそう言うと。


「ご馳走様。」


 もう一度…部屋を見渡して。

 少しだけ…切なそうな目をして帰って行った。





 父さんが三日しかしないと聞いて…

 映は。


『人生を掛けた闘いがあるのでオフをください』


 入ったばかりのF'sの皆さんにそう言って。

 無理矢理…オフをもらって来た。


 そうすると…あたしも、勇気を出さなきゃいけないわけで…



「…ふう。」


 朝から何度も鏡と向かい合って、溜息。


 母さんも言ってたけど…あたしは、両親に縁が薄いと思う。

 小さな頃から、あまり一緒にいなかった。


 お兄ちゃんと、高津ツインズ。

 あたし達四人は…本当に…どちらかと言うと…


「…高津か二階堂の子って感じだったもんな…」


 うちの両親は、主に現場に出てたから…それこそ、アメリカだのドイツだの…海外を飛び回ってる事が多い。

 高津家の親は、二人とも本部勤務だから…どちらかと言うと、普通の家庭に近かったかも。


 あたしとお兄ちゃんは、小さな頃は高津家で6人で夕食を取ったりもしてたし…

 特にあたしは…二階堂本家でも、一緒に食べたりしてたし…自由だったな…


 …そうだよ。

 あたし一人…自由だった。

 …守られてたんだ…ずっと…



「…心の準備、出来たか?」


 後ろから、映が抱きしめた。


「あ…ビックリした。」


「俺の存在忘れてねーか?ってぐらい、一人でぶつぶつ言ってたもんな。」


「う…そ…そう?」


 映は小さく笑って。


「大丈夫。絶対…今日、結婚決めてみせる。」


「…一日で決まるかな…」


「決める。」


「…そんなに休み取れないしね?」


「それもあるけど、早く朝子を安心させたい。」


「……」


 映の言葉が嬉しくて…あたしは映に向き直って、背中に手を回した。


「…映…」


「ん?」


「…転んだあたしを…覚えててくれて、ありがと…」


 映の胸でそう言うと。


「…もう時効だよな…」


 映はそう言って…財布から…


「…え?」


「これ、あの時朝子が落としてった。」


 差し出されたのは、学生証。


「な…失くした事にも気付かなかった…」


「ははっ。不都合なかったなら良かった。」


「これ…ずっと持ってたの?」


「ああ。」


「…何で?」


 あたしの問いかけに、映は少し間を開けて。


「んー…お守りっつーかさ…」


 チュッ。


 あたしの額にキスをして。


「あの時の朝子ちゃんは泣いてたけど、この学生証の朝子ちゃんは…なぜか俺を勇気付けてくれてたんだよなー。」


 唇に、キスをした。


「…もうっ…朝子ちゃん、なんて…」



 学生証をずっと持ってたなんて…ちょっと恥ずかしくなってしまう。

 でも…嬉しい。



「…そろそろ出ていいか?」


「え?もう?」


「手土産買って行きたいから。」


 笑顔の映に、勇気をもらえた。

 あたしは緊張で強張ってた頬を軽く叩くと。


「ありがと…映。」


 今度は…自分から唇を重ねた。

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