第9話 「アサコは天使やな。」

 〇あずま えい


「アサコは天使やな。」


 ああ…連れて来たくなかったのに。

 そう思う反面…

 一人でクリスマスを過ごすのは確かに寂しいだろうなー…と思った。

 ま、俺の知ったこっちゃないんだけどな。



「映、お風呂どうする?」


「入る。汗かいた…し…」


 いや、待て。


 俺が風呂に入ってる間、朝子とハリーが二人きりになる。

 それはダメだ。


「朝子。」


「ん?」


「一緒に入ろう。」


 俺が朝子の手を掴むと。


「……」


 朝子は口を『え』の形にしたまま、見る見る真っ赤になった。


 …可愛い…



「あーあー、俺とアサコが二人きりになんのがイヤやから風呂誘うとか、なんやねん。なんもせえへんっちゅうに。」


 ハリーはそう言ったけど。


「信用できない。」


 俺はハリーにそう言うと、さっさと朝子と風呂へ。


「えっ…」


 洗面所で朝子の服を脱がしにかかって、ようやく朝子が声を出した。


「いっいいいっ、ちょっ…あっあたし、もうお風呂入ったし!!」


「付き合えよ。」


「って…え…えーっ!?」


「しっ。近所迷惑。」


「……」


 朝子は泣きそうな顔になったが、俺は容赦なく服を脱がせた。


「一緒に入るだけだぜ?」


「…慣れてるっぽい…」


「慣れてねーよ。言うなよ。心臓バクバクすっから。」


「……」


 あー…

 なんでハリー来たかな…!!

 まあ、断り切れなかった俺も悪いか…



「あっ…」


 当然…一緒に入るだけじゃ済まなかった。

 朝子は声を我慢したが、むしろハリーに聞こえるぐらい出して欲しかった。


「映…だ…め…聞こえ…ちゃ…」


「聞こえていーよ…」


「…やだ…」


 俺、鬼だな。

 そう思いながらも…朝子を抱いた。



 不機嫌な顔して待ってるとおもしれーな。と思ったが…


「……」


 ハリーは、HDDに溜め込んであるDEEBEEやF'sを見ていた。

 しかも…かなり真剣に。

 おかげで、俺らの長湯は全く気にならなかったのか…


「ほら。」


 目の前に料理を並べて初めて、俺の存在に気付いたようだった。

 …こういう所は、音楽人だと思うんだけどなー。



「あっ…もう上がってたん。意外と早いんやな、映。」


 ムカッ。

 いちいち腹は立つが…


「はい、乾杯する?」


 グラスを持った朝子が笑顔だったから…まあ、いいか…。



 朝子の美味い料理を食って。

 俺とハリーの音楽の話に飽きてきたのか…朝子があくびを我慢し始めて。


「先に寝るか?」


 問いかけると。


「ううん、大丈夫。」


 そう言うクセに…もう目はほぼ閉じてる。


「…ほら、ここ横んなれ。」


 無理矢理俺の膝に頭を載せると。


「お…重くない?」


 眠いのに赤くなる朝子。


「そんなに頭良かったっけか?」


「…いじわる。」


 頭を撫でてると…すぐに寝息を立て始めた。



「わりーな。邪魔して。」


「ほんとだよ。」


 まあ…プレゼントは明日渡そう。

 二人きりの時がいいし。



「映、朝子の事本気なん?」


 ハリーに聞かれて。


「ああ。」


 俺は即答。


「おまえこそ、朝子を追っかけてたけど…どうなんだよ。」


 俺も…気になってた事を問いかける。


「あー、せやなー…しばらく忘れられへんかったけど。」


「…今のは聞かなかった事にする。」


 あれだよな。

 ハリーと朝子が…寝た件だよな…


「俺、たぶん女運ないねん。」


「そっか?その気になったら、すぐ女できそーじゃん。」


 喋るとチャラく感じるが、ハリーは仕事が出来る奴だ。

 考え方も…真面目だ。

 最近、一緒に飯を食うようになって、今までより深く話すようになって…知った。

 こいつは、頭がいい。



「前は華月追っかけてたよな。」


「ああ。けど、ちーさんに目光らされて…」


 ちーさん。

 あの神千里を『ちーさん』なんて呼ぶのは、ハリーぐらいだ。



「ま、向こうで会うた時から、華月は詩生の事ずっと好きやったしな…俺、いっつも誰かを想うとる女ばっか好きんなる。」


 …朝子はその時…『うみくん』だった…って事だよな…



「それより…映。」


「あ?」


「ホンマ、今のまんまでええんか?」


「…何の話だよ。」


 分かってるクセに、笑ってはぐらかせる。

 朝子の髪の毛が気持ちいーなー…なんて、関係ない事まで考えた。


「このままやと、おまえ…実力全部を出せへんで?」


「俺、結構好きに弾いてるけどな。」


「ちゃうわ。おまえのベースは歌うように、ギターみたいに弾く事やないやろ。」


「……」


「もっと、的確に、単調でも正確なリズムキープで曲を支える弾き方の方が合うとる。」


 …なんでこいつ…そんなのが分かるんだよ…


 確かに俺は、本当は…シンプルに弾きたい。

 だが、それは…DEEBEEに合わない。


「今はミリオン達成に向けての課題もあるし…それに向けてやるとして…」


「……」


「それが終わったら、考えてみいひん?」


 俺は…それに答えられなかった。


 今までなら…

 あり得ない。

 そう、笑いながら言えたのに。


 俺は…惹かれている。

 F'sの…

 あの、重低音で…全員の正確なリズムキープと…派手じゃなくてもバランスの取れた音配分。

 何より…


 神千里。


 彼の後で…弾いてみたい。




 〇ひがし 朝子あさこ


「おはよ。」


 目を開けると…至近距離に映がいて。


「…えっ…」


 あたしが驚いて体を動かすと。


「よく寝てたな。全然目覚まさなかった。」


 映は…真顔のままで言った。


「ね…寝てないの?」


「いや?寝た。」


 はっ…そう言えば…あたし、映の膝枕で寝たはずなのに…

 ここは寝室…


「…あたし、歩いて…?」


「お姫様抱っこってのをしてみた。」


「おひ…お姫様抱っこ?」


「こうやって、抱えて…」


 映が両手で持ち上げるフリをした。


 き…

 きゃーーーーー!!


「おも…重かったでしょ!?」


「頭と同じで重くねーよ。」


「う…はっ…そう言えば、ハリーは?」


「ん?帰った。」


「え…いつ?」


「いつだったかな。眠くなったから帰るって。」


「……」


「全く…しっかり邪魔だけしやがったよな。」


 …だけど…

 そうは言っても…

 あたし達、ちゃっかりお風呂で……し…しちゃったし…


 布団をギュギュッと掴みながら照れてると…


「…え…これ…」


 右手の薬指に…指輪…


「クリスマスプレゼント。」


「……」


 つい、口を開けて…指輪と映を交互に見た。


「あ…え…と…」


「婚約破棄したって聞いたから、急ぐ気はねーんだけどさ……」


 映はそう言ってあたしの髪の毛を撫でて。


「…って、十分駆け足でここまで来たか…」


 小さく笑った。


「そ…そうだよね…あたしも…恋なんて出来るって思ってなかった…」


「……」


「あっ、でも…すごく…」


「…すごく?」


「…好き…映の事…すごく…好き…」


 恥ずかしいけど…

 指輪がすごく嬉しくて…


「…朝子。」


「…ん?」


「…いつか…朝子の気持ちが…そこに向いたらでいいから…考えてくれないか?」


「え…」


「…結婚。」


「……」


 一瞬、目の前が真っ白になった気がした。

 そんなあたしに気付いたのか…映は、ギュッとあたしを抱きしめて。


「…悪い。まだ…そんな気になれねーよな…」


 耳元でそう言った…けど…


「ち…違うの…」


 あたしは、映から離れて…映の目を見て言う。


「…プロポーズ…?」


「…そのつもり…」


「……」


「いや、きちんと言えてないよな…」


 映は起き上って…あたしの体を起こすと。


「…東、朝子さん。」


「…はい…」


 かしこまった声で。


「…結婚しても、苗字の漢字が変わらないのは…物足りないかもしれないけどさ…」


「……」


「ヒガシアサコから、アズマアサコになる気になったら…いや…」


 映は正座して。


「アズマアサコに、なって欲しい。」


「…映…」


「一緒に、幸せに…」


 あたしは…驚いて声が出なくなった。

 目の前で…映が…


「…ど…どーしたんだろーな…俺…」


 映が、ポロポロと…涙を…


「あー…カッコわりー…台無しだ。」


 涙をゴシゴシと拭く映を、あたしは…


「映…」


 ギュッと抱きしめる。

 そして…


「うん…一緒に…幸せになる。ありがとう。すごく嬉しい…」


「朝子…」


「…お嫁さんに、してくれる?」


 そう言って映を見上げると。

 涙目の映は…


「…ちくしょ…何で涙出るかな…俺…」


 ますます…涙を溢れさせた。



 〇あずま えい


 ああ…一生の不覚…!!

 俺は…もっとクールだと自分でも思ってたのに。


 朝子と付き合って。

 朝子を知っていって。

 朝子を好きになって。


 …順番が少しおかしいかもしれないが…

 とにかく、朝子が千世子を超えた。

 そう思えた時…

 自然と…涙が出た。


 せっかくのプロポーズだったのに…

 なんて失態だ。


 だけど朝子は笑うでもなく、一緒に涙ぐんで。


「すごく嬉しい…」


 何度も、そう言って…指輪を眺めた。

 …愛しそうに…眺めた。



「でも…さすがにまだすぐ結婚っていうわけには…いかないと思うの。」


 朝飯を食いながら、朝子が言った。


「婚約破棄して…まだ四か月だし…」


 そう考えると、本当に俺達はすぐに始まってしまったわけだな。


「ああ…その辺は、せめて一年はって思ってる。」


「ごめんね…」


「いいさ。その代わり…って言うかさ…」


「ん?」


「一緒に、暮らせたらいいなと思って。」


「…一緒に…?」


「ああ。」


「ここで?」


「ここでもいいし、先の事を考えてもっと広い所を探してもいいし。」


「…先の事?」


「お互いの荷物、たぶんもっと増えるだろ?」


 俺の言葉に、朝子は口元が緩むのを我慢したり…それが隠しきれなかったり。


「もう…ダメ。顔がニヤけちゃう。」


 そう言って、両頬を押さえる朝子。


 …以前は気にして隠していた傷も…

 最近は隠さない。

 俺も、その傷についてどうこう思わない。

 朝子は朝子だ。



「あっ。」


 突然、朝子が思い出したように声を上げた。


「どうした?」


「あたしからのプレゼント…渡してなかったと思って…」


「ほー…用意してくれてたんだ。」


 実は…華月から聞いた。


「朝子ちゃんって、イベントごとに慣れてないから、プレゼントすごく悩んでた。もしもらえなくても落ち込まないでね。」


 落ちこむかよ。って笑った。


 イベントごとに慣れてない…か。

 そんな朝子が、プレゼントを用意してくれただけで嬉しい。



「えっと…プレゼントって、何を選んだらいいのか悩んじゃって…」


 朝子はクローゼットから紙袋を持って来て。


「結局ね?あの…あたしが欲しい物にしたの。」


「なんだろな。楽しみだ。」


 渡された紙袋を開けると…


「…パジャマ?」


「…色違い…」


「…お揃い…」


「…色違い…」


「朝子が欲しい物?」


「…憧れてた…」


「……」


 朝子は真っ赤になって、俺の反応を待ってる。らしい。



「…俺、今までお揃いってバカにしてたんだよな…」


「がーん…」


 俺の言葉に、朝子は言葉付きで顔面蒼白。

 その様子がおかしすぎて、ふき出してしまいそうになったが…

 あまりにも朝子が本気で顔面蒼白なもんだから…

 パジャマを手にする。


 …俺、基本Tシャツにボクサーパンツなんだよな。

 これからは…これ着て寝んのか…

 そんな事が頭をよぎったが、朝子がパジャマを着てるのを想像すると…少し和んだ。

 そして朝子は、俺がこれを着たのを見て…ニヤけるんだろうな。

 で、ニヤけてるのがバレてないとでも思って…


「……」


 俺は小さく笑うと。


「けど、いいもんだな…朝子とお揃い着て寝るとか。」


 朝子の目を見て言った。


「…本心?」


「うん。」



 これを選ぶのに…どれだけ時間をかけてくれたんだろう。

 いくつ店を回ったんだろう。

 悩みながらも楽しそうな朝子の姿が浮かんだ。



「…朝子。」


「ん?」


「俺達…ずっと一緒にいような?」


 俺がそう言うと。

 朝子は目を潤ませて。


「うん…ずっと…一緒にいる…」


 優しい笑顔で言った。

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