第32話 ともだち

まあ、全てはただの仮説だよ、と巻上は笑った。だがそれ以来、アムールトラの胸中には昏いものがとぐろを巻いたままだ。そしてそれにはアムールトラなりの根拠があった。

まーちゃんの所に通うようになって以来、変化を感じている。まず、出動時、一度は会得したと思った野性解放のコントロールが、だんだんと利かなくなっていた。また強敵が現れた時、理性を、自我を失ってしまうという恐怖がある。今のところ自我を保っていられるのは、単にそこまでの強敵に対峙していないからではないか。

それに、疲れやすくなった。シャワーを浴びても、眠っても身体が怠さを訴えている。

「たまには気分転換しなきゃ。そうね、まずは服を買おう!」

病院で知り合ったフレンズに、半ば強引に街に連れ出される。

「いいよ、私は。それにフレンズにはそれぞれの毛皮があるじゃないか」

「そりゃね、アムールトラの毛皮は可愛らしくて素敵だけど。いつも同じじゃつまらないでしょ!」

イエイヌは戦闘部隊とは無縁の生活をしているから、こんなことでもなければ知り合わなかっただろう。とにかく人懐っこく、それこそ尻尾を振ってついてくるから、わずかな時間でそこにいるのが当たり前になってしまう。

「私もお前みたいに誰とでも仲良くなれたら…」

「ん?何か言った?」

イエイヌの耳なら、聞こえていないわけがない。仲良くしながらも一線を超えないでいてくれる、そんな気遣いがありがたかった。

「イエイヌは元気だな。病院の見舞いも大変だろうに」

「とりあえず、今の私の使命だからね。それに、子供たちの笑顔見ると、なんどか疲れも吹き飛んじゃうよ」

「ん?お前も疲れることあるのか?」

「もう馬鹿にして!私だって、最近なんだか疲れるんだからね!」

「え?」

「いいから、今日は気分転換!服を買ったら、次は髪を切るからね!」

「お、おい、私はこのままで…」

「だーめ!」

アムールトラの手を引っ張るイエイヌは、体躯に見合わずパワフルだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る