第31話 ささやかな望み

まーちゃんは目覚ましい回復を見せたが、無菌室を出るという一定のラインを超えることがないまま、1カ月が経過した。元気な顔はしていても、運動ができないから、筋肉や内臓がみるみる痩せていくのだ。それでもサンドスター濃度が高いことに巻上が満足げなのが、アムールトラには腹立たしい。

「これ以上の回復はしない、なんてことはないですよね」

「いや、どうかな。サンドスター濃度は健康な人と遜色ないレベルに近づいているし」

「物理学者としてのあなたはそれでいいかもしれません。でも、私が欲しいのは結果だ。まーちゃんが元気になって、外を一緒に歩けるという、ささやかな結果なんだ」

アムールトラは、怒りを押し殺して言葉を絞り出す。巻上はそれには気付いていないようだ。

「フレンズが近くにいると、回復する傾向があるというのは、この1カ月でほぼ結論付けていいだろうな」

巻上の学者然とした話し方が、アムールトラを苛つかせる。

「相性もあるな。君とまーちゃんは、特に回復が顕著だ。一方で、サンドスター治療で濃度の高い環境に晒しても、さほどの効果はない。フレンズの体内のサンドスターを患者が吸収しているのかと思っていたんだが、どうやらそれだけではないようだな」

巻上は指を立て、それをアムールトラの胸に向ける。

「そこで仮説だ。君たちフレンズには、サンドスターの受容器官のようなものがあるんじゃないか?」

「受容器官?私たちの身体は、いろいろ検査はしましたが、どこもあなたたち人間と変わらないと」

「そう、そこだよ!人間と変わらない身体。なのになんでそんなに力が強いんだ?速いんだ?空を飛んだり、潜ったり、超音波やら地磁気やら、特殊な能力があるんだ?」

「それは…」

考えたこともない。自分の身体は、物心ついた時からこうで、それを疑問に思うことなどなかった。

「そこで私はその仮想器官を、サンドスター受容器官と呼ぶことにした。単に生のサンドスターに晒しても、人間には効果は非常に薄いが、その受容器官を通してけものプラズム化したものなら、効果が高いんじゃないか?」

「だったら!だったら、私とまーちゃんを一緒の場所で、サンドスターに漬ければいい!」

「いいのか、それで?」

「え?」

それでまーちゃんが治るなら、何を迷うことがあるだろうか。

「サンドスターとアンチ・セルリウムはもともと同じ物質だという話はしたね」

巻上の目が、急に真剣味を帯びた。

「サンドスターを受容器官を通して超高濃度にすることは、アンチ・セルリウムを、ひいてはセルリアンを産むかもしれない。そうでなくても君たちフレンズに、多大な負担をかけるだろう。考えたくはないが、君たちがセルリアンになることすら予想しているよ、私は」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る