第25話 独り言

コンコンコン。ノックしたが返事はない。しばし迷って、思い切って開けてみる。シュー。シュー。空気が抜けるような音がする。カーテンが閉められ、薄暗い部屋は陰鬱な空気に満たされていた。

「…まーちゃん?」

恐る恐る、暗がりに目を向ける。虎の目は、この暗さでも部屋の主をはっきりと捉えていた。

ベッドに横たわるのは、呼吸器をつけられた子供だ。シーツからはみ出した細い腕には、点滴の管とセンサー類のコード。たった一週間前にアムールトラと会った時には、言葉を交わすくらい元気だったと聞いた。だが、今のまーちゃんは、意識すらないではないか。

「セルリアンの襲撃からね、サンドスター治療ができなくなって」

看護師は、まーちゃんのバイタルに問題がないことを確認する。

「どんどん起きていられる時間が短くなってる。でもね、寝ていてもきっと、外の声は聞こえてる。声をかけてあげて」

そう言うと、看護師は出て行った。一人残されたアムールトラは、所在無げに部屋の中を行ったり来たり。見る人が見れば、常同行動のように見えただろう。

「まーちゃん。あいちゃんだよ」

意を決して、ベッドサイドの丸椅子に座り、声を掛けた。幼い頃の呼び名で。

「びっくりしたよ。ほんと、驚いた。こんなとこで会えるなんてね。この前の時は無我夢中だったから、あんまり覚えてないんだ、ごめんね」

なるべく子供の頃の喋り方で話そうとする。今の自分はもう大人と言っていいが、人間であるまーちゃんは、まだ10歳の子供なのだ。

「この前、私のこと、すぐわかったんだって?すごいね、すっかり大きくなってるのに。まーちゃんも、けっこう大きくなったね。もう10歳?そりゃそうか、私も10歳だ」

独り言が、カーテンに吸い込まれていく。それでも、聞こえていると信じてアムールトラは話す。

「私ね、今ね、セルリアンと戦ってるんだよ。パークを守るヒーローだよ!あ、これはみんなには内緒ね」

アムールトラの独り言は、まーちゃんの母親が来るまで、1時間も続いた。

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