第4話「戦士の重さ」

 修練室の大きな扉を開くと、そこは小さな部屋だった。修練って何をするのか分からないけど、それにしても狭すぎないか? 奥には椅子に座っている男が見える。よく見ると、正面と左右にそれぞれ一枚ずつ、合計三枚の扉があった。修練室は更にこの先なのだろうか? 椅子に腰かけていた男が立ち上がり、近寄ってくる。


「新入りか。よく来たな」


 この男は明らかに神殿に仕えている人間ではない。あの黒いローブを着てもいないし、何よりも体格がすごい。薄い肌着から筋肉が浮き上がって見える。戦士だ……たぶん、どちらかと言えば俺たちと同じ側の人なんだろうなと思った。年齢は三十代くらいだろうか。


「ここからは、体格や能力によってどのクラス…つまり、お前らに合ったクラスを判断し、その道の基本的な立ち振る舞いを身に付けてもらう。人によって覚えは違うだろうが、最長でも一月半だ。それが過ぎたら追い出すからな、覚悟しろよ?」


 一月半。およそ四十五日間の生活は保証されているらしい。追い出された後は自力で修練に励めということだろうか。


「冒険者になった後、稼げるようになれば神殿に寄付金を出すことで、また修練を受けられるけどな。特に術士メイジなんかは魔法の唱術スペルを習いに来ることが多いな。俺は専門外だから分からんが」

「うおおおおっし! 燃えてきたぜ! やってやるぜ、オレはよ!!」

 ジェニオが突然気合いを入れるように叫んだ。


「おお? いいなお前。気に入ったぜ! あと、そこのデカいやつ」

「は、はい……!」

「二人は正面の扉へ入れ。ちなみに、魔力測定室で術士メイジに推挙されてたら言えよ?」

「問題ねえ!」

「ボ、ボクも……大丈夫です」


 ジェニオとブレンはそれぞれに答えると、正面の扉へと向かい入っていく。そして、扉を閉められてしまった。


「さて、そのちっこいのは術士メイジっぽいな、どうだ?」


 男がそう言うと、ココハは少し肩を跳ね上げたが頷いてみせた。そうか、魔力測定室でココハの時間が長く感じたのは、水晶が反応していたからなのかな。俺の時は弱々しかったけど、どのくらい光ったのだろうか? 今は聞けない。


「そっちの彼女は?」

「あたしは違うわ」

「そうか、まぁ女は向こうの扉へ行くことになってる。中に入って自分が戦士タイプか術士メイジタイプか伝えな。あとは向こうで仕分けてもらえるだろ」


 ルミルは黙って右の扉へと進む。ココハは男に一礼してから、ルミルを追いかけていく。俺はその背中を目で追う。ココハが扉へ入る前にこちらを振り返った。目が合ったので軽く手を振ってみた。彼女は何かを言いかけたが止め、俺にも一礼して扉の中へと消えていった。


「さて、と。残りはお前さんだな」


 ようやく俺の番だ。ルミルとココハは右の扉。ジェニオとブレンは正面の扉。そして、左側にももう一つ扉がある。まさか……ね?


「お前さんは左の扉だ」


 嘘だろ? 本当に俺だけ一人? 一月半も?


「……俺も正面じゃダメですか?」

 駄目元で聞いてみる。


 この人は黒いローブの人たちとは違う。もしかしたら気を利かせてくれるかもしれない。わけの分からない場所で記憶もない人間が一人きりなのは心細い。


「んー、無理だな。正面は主に重装備を扱うクラスになる。お前さんの体格だと、戦うどころか武器を持つことすらままならないんじゃないか?」


 ……やっぱり無理か。


「左は軽装備のクラスだからな。お前さんにはそっちへ行ってもらう」

「……分かりました」


 仕方ない。今すぐここでブレンみたいな体格になってみせろ! なんて言われても無理な話だしな。でも、なんでジェニオはあっちなんだ? 俺と体格はそう変わらない気がしたんだけどな。ジェニオのことを深く考えるのも嫌なので、俺は左の扉へと進んだ。それは鉄のような素材でできた引き戸になっており、不安と寂しさでとても重く感じた。


 扉の中は広い道場のような造りになっていた。とても広い部屋だ。床は木の板を敷き詰めたようなもので、きちんと平らになるように整備されており、棘の一本も飛び出してはいないだろう。天井はもちろん高い。壁には蝋燭が据え付けられており、その上には太陽の光が入りやすいように大きめの窓が高めに設置されている。右側の壁沿いには机が並べられており、その上には様々な種類の武器や小型の盾なども置かれていた。


 そして、道場の中央には白い鎧を身に纏い、一メートルほどの長い剣と、大きな盾を持った男が立っていた。赤みのかった黄色……クリーム色の髪だ。その立ち姿は威風堂々としており、戦士というよりは騎士みたいだった。たぶんだけど、そういうクラスがあるんだろうな。年齢は二十代後半か三十代前半といったところかな。


「やぁ、よく来たね。この部屋は君一人かい?」

「あ、はい。その……レイトです。よろしくお願いします」

「ああ、私は……」


 バンッ! と突然、木の板が破裂するような音がして、奥の扉から金色の長髪をなびかせた男が入ってきた。なかなかの長身だ。


「ジートさん、ここにいらっしゃいましたか……探してしまいましたよ」


 二十代前半くらいのその男も、ジートと呼ばれた男と同じような格好をしている。騎士というクラスは本当にありそうだ。


「ノスマートか、どうした?」

「どうしたじゃありませんよ。こんな役目、あなたのような人が任されるような仕事ではない。こんなのは落ちこぼれか負け犬にでもやらせておけばいいでしょう?」

「そう言うな。これから成長するかもしれない新芽だ。生存率を上げる為にも、より良き人材に育てる為にも、ちゃんと指導できる人間が教えねばな」

「しかし!」


 どうやら、この人たちは神殿に雇われているみたいだ。俺たちを指導する仕事……ということか。


「お前の時も私が担当したはずだ。あの時もお前は、私のことを落ちこぼれだと思って指導を受けていたのか?」

「い、いえ……そのようなことは断じてありませんが」

「ならば問題はあるまい。それにな、元々指導する予定だった者が急に逝ってしまい、他に指導ができる冒険者は見つからなかったそうだよ」

「だからといって、神聖騎士ディバインナイトの団長であるあなたが直々に教えるなどと……こんな子供にその有難味が理解できようもないでしょう」


 俺には関係のない話だと適当に聞き流していたんだけどな。嫌味な男だ。子供って……あんたともそんなに歳が離れているとは思えないけど。この人とジェニオ……どっちが嫌いかな? そんなことを考えてしまっていた。


「ノスマート。もういいから下がっていなさい。それに、お前には神殿から指令が出ていたはずだろう?」

「……これから向かいます。しばらくは街を離れることになりますので、そのご挨拶をと」

「そうか、気をつけることだ。油断はするなよ?」

「はい。それでは……」

 ノスマートと呼ばれた男はこちらを一切見ることもなく、背を向けて去って行った。


「すまなかったね。えっと……レイトくんだったか。私はジート。このアムリス神殿で騎士団長を務めさせてもらっている。よろしく頼むよ」


 雇われているわけではなく、神殿に仕える騎士らしい。でも、鎧などには赤い十字の紋様は見当たらない。


「あ、はい。よろしく……お願いします」


 少し気の抜けた返事をしてしまったが、ジートさんはそれを気にも留めずに進行する。


「まずは君が扱う武器を決めようか。何か気になるものはあるかな?」


 俺は右側にある机の前まで進み、その上に並べられた武器を眺める。長さの違うものが並べられた剣が一番種類も多く、片手でも持てそうな小さな斧、小型の弓や盾などが目に入った。他にも何種類かの武器が置かれていたが、俺にはそれが何ていう種類の武器なのかも分からなかった。


「直感で決めてしまってもいい、経験から言わせてもらうと、その方が自分に合ったものを見つけやすいよ。あれこれ悩んでるうちに修練期間が過ぎてしまうのも勿体ないからね」

「俺は……剣にしてみようかなって思います」

「そうか、剣ならば私も教えやすい。一般的な片手剣、重いが射程のある長剣。自衛や護衛向きの小剣。刺すことに特化した細剣。軽く動きやすい短剣。ここには無いが、重装備には攻撃だけではなく防御にも使える大型の剣なんかもあるね」

「えっと……どれが良いんでしょうか?」

「そうだな。まずは片手剣から始めてみようか。実際に扱ってみないことには何とも言えないし、慣れれば君のスタイルも見えてくるだろう」

「はい。これか……」


 俺は勧められた片手剣を掴み、持ち上げる。右手が重力に引っ張られた。重い。一般的な片手剣でさえもこんなに重たいものなのか?


 ……いや、違う。剣が重いのではない。俺には筋力がないんだ。改めて自分の体を確認する。俺の体はこんなにも細かったのか? 最低でもジェニオと同じくらいはあると思っていたのに。


「気にすることはない。誰もが初めから戦士なわけではないんだ。これからの日々で努力を積み重ねていけば、その重さはいつかきっと君の味方になってくれる」

「……頑張ります」


 道場の真ん中まで戻り、剣を振り上げ、振り下ろす。自分でもぎこちないのは分かっている。でも、やるしかない。落ち込んでいる暇もないんだ。ここにいられる時間は限られているんだから。

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