音声記録5-7:『人間パニクると馬鹿になる……』

 人間パニクると馬鹿になるが、歳とると見苦しくなるよねえ……。

 それからの数時間、ティモーは果たして通信を消音ミュートすべきか、いっそ闇の中で静かに死んだほうがよかったんじゃないかと本気で訝った。てのも通信相手の爺さんの、罵詈雑言が火を噴いてな。使えない部下への罵倒、捨てた愛人への不平不満、星治屋せいじやへの独自ご意見、大金持ちへのねたそねみ。そんなん、えんえん聞かされ続けりゃ、そりゃたまらんわ!

 ドン底まで落ちぶれてもこうはなりたくないなァ――って見本が、ヘッドセットの向こうにいた。あいまに挟まる痰切りと唾吐きが、またしんどい! 歯磨きだってしてないほうに百万賭けても負けはない。口ん中の乾いたクチャクチャ音を聞いてると、口臭まで臭ってきそうでティモーは気が遠くなった。

 ひとえに青年が頑張れたのは、なんでかこの老害が、例のメットの価値について折り紙付きで保証してくれたからだ。

 いわく、死体がかぶってたヘルメットは、はるか地球に起源を持つとか自称する某有名ブランドの限定品であること。あの墜落船パイロットは、そいつを装着してたくさんのレースで伝説的な記録を叩きだしたこと。出すところに出しゃ、どこぞの星系一つを丸ごと買えるくらいの価値はまず間違いないって話だった。

 どうしてそんなに詳しいのか、ティモーの弱腰じゃあ爺さんから聞き出すのは無理だった。それに相手も答えたくなかったらしい。一体全体あんたは誰か、なぜティモーが遭難してると知ったのか。質問しかけるたび、頭ごなしに爺さんは『うるせえい!』逆ギレしてきたもんさ。

 しまいにゃティモーも面倒になって、自分は宙賊の大幹部だっていうジジイのを受け入れたよ。正直、命が助かるなら何だっていいだろ。相手はイモの内部迷宮には本当に詳しかったしね。自分で道を決めないですむ気楽さに浸りながら、ティモーは思考を打っちゃった。

 たぶんこの爺さんは独りで宇宙に住むド変人で、小惑星〈虫喰いイモ〉を隠れ家の一つにしてるんだろう。自分が来たせいでパトロールが外をうろついて離れないから、痺れを切らしてこっちを追い出しに来たんだ、ってな。

 一個だけ合点がいかないのは、この爺さんが――大昔にこんがらがったまま縮小硬化した呪いのコード束みたいな老害ジジイが――いわくすこぶる価値あるお宝メットを欲しがらなかったってことだ。

 かわりに相手は、ティモーをこう脅してきた。メットは売るなりかぶるなり好きにしやがれ。ただし中身の頭は丁重に弔えよ。巣穴ピットでデッカいパーティを開け。墜落船のレーサーを讃えて崇める盛大な祭りをな。もしそうすると誓わねえなら、てめえの皮剥いで目ン玉くり抜いて死体は真空ゴキブリの餌に――。

「やります、やりますっ」ティモーの返事は光速だったよ。「ミイラを讃える派手なパーティ、誓いますよ! 真空花火も打ち上げちゃう!」

『ミイラじゃねえッ、ケツの穴真っ黒野郎ブラック・アス・ホール! 銀河一のレーサーだ!』

「レーサーっす、銀河一!」

 がらがら、ペッ。ムフン、満足の息。

 それから五時間近く、謎のジジイの過去の栄光譚と痰切り唾吐き音を聞かされたあと、ティモーはようやく自分の進む先に、針先みたいな光がいくつも現れたのを見た。星の光だ。

 気がって壁を強く蹴りすぎて、ティモーはイモから一気に飛び出した。腕に抱えたお宝メットを放さないようにしながら、慌ててワイヤーガンをバシュッ! 無事、イモの夜側表面に舞い戻ったよ。

 ライトビームであたりを照らし回って、ティモーは喜びのあまり心臓発作を起こしかけた。てのも両側にそそりたつ岩崖、裂けた地形の頭上に満点の星空。途中の岩棚から尖ったスクータの鼻面が覗いてて、ナントそこはティモーが最初に着陸した峡谷の中だったんだ!

 一直線にスクータに乗船して、残り数分になってた死へのカウントダウンを回避した。スクータ生成の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだあと、やっとティモーはジジイに礼を言わなくっちゃと思い出した。そこで初めて通信に、例の汚い痰切り音がぜんぜん聞こえなくなってると気がついたんだ。

 最初はな、単にお宝メットの電力が尽きたんだと思ったらしい。危ないとこだった、充電が保って助かった。盗んできたメットをしみじみ眺め回してみて、ティモーの頭は今度こそ真っ白になったんだ。

 燐光を失ったメットの前面風防シールドには、深部に、明るい場所でやっと見分けがつくような蜘蛛の巣状のひび割れがあった。しかもどこをどうひっくり返したって、バッテリーが備わっていなかった。後ろ頭の下部分にケーブル端子が空いていて、そのメットは電力を航宙機やスーツ装備から供給する型だったのさ。つまり、どんな奇跡が起ころうとも――この壊れたメットが単体で起動するなんてありえない。

 スクータで母船に帰り着いたあとも――仲間が一応待っててくれたんだよな、わりあいまともな友達だ――ティモーは信じられずに仲間のエンジニアにしつこく言った。

「嘘じゃねえって、イモん中で迷ったオレをこのメットが案内してくれたんだ!」

 眉間にシワ寄せてメットを検分中だった技術屋は、そいつを聞くやギャッと叫んでブツをティモーに投げ返した。

「冗談じゃねえ、シールド内部のひび割れでHUDハッドは死んでるし、バッテリーなしで電子機器が動いてたまるか! それとも何か、ジジイのミイラが口きいて、お前を道案内したとでも言うつもりかよ!」

 言われてティモーの背中には、ぞおっと悪寒が駆け抜けた。

 ――そういやあの墜落船、元レーサーで巣穴ピットの大物幹部のだって話だったよな。

 ――通信相手の老害ジジイ、墜落船もヘルメットのこともやけに詳しく知ってたし。

 ――やたらと死んだパイロットをだって褒めまくって、そいつを讃えるパーティーを必ず開けって、オレ、約束を……。

「オイ信じらんねえぜ、こいつ爺さんのヘルメットを頭ごともぎ取ってきやがった! しかもイモの腹ン中でジジイと話したって言ってるんだ。間違いなく呪われてる!」

 技術屋がザーッと後ずさったとき、今度こそ哀れなティモーは白目を剥いてひっくり返った。

 相変わらず、腕の中にはメットを大事に抱えたまんま。

 ヘルメットの帽体シェルじゃ、獣骨アートが顎を歪ませてニヤリと笑い、今や大人しく中に収まってるジジイのミイラも、がちゃがちゃの歯並びを笑うみたいにニタアッと剥き出していたってよ!

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