第2話 ゲームは終了。じゃあ今は?

傾けた杯から流れるお酒を飲み続けていく。

全てを飲み切る前に自動ログアウトするはずだ。謎の少女を視界に収め、酒を飲みながら迎える最後。なかなかいいシーンだと思う。

が、なかなか意識が切れる様子がない。残り時間を見誤ったかと思いながらも飲むのは止めない。そしてそのまま飲み切った。いや、飲み切ってしまった。

やってしまったと思った。もしこれが現実なら真っ赤になっているだろう。時間を読み間違えただただ恥ずかしいことをやってしまった。駄目だこれは黒歴史になる。これが最後の思い出かー、と考えつつ一様残り時間がいくらか時計を見る。

「・・・・え?」

そこには信じられないものが写っていた。サービス終了の時間が過ぎている。見間違いではない。たしかに時計はゼロより先の時間を刻み、その数字は増え続けている。

足りない頭でこうなった原因を考えてみるとただ単に終了まで時間がかかっているのか、それとも致命的なバグか。とりあえずGMコールをしてみることにする。時間がかかっているならやっている間に終わるだろうし、バグなら何らかの答えを聞けるはずだ。

早速コンソールを開こうとするが反応しない。

「え?うそでしょ」

これは致命的なバグに決定だ。この際最後までいるというこだわりは捨てて今すぐログアウトしよう。問題には巻き込まれたくない。

しかし、それもできなかった。コンソールが必要ないことに関しても一切反応がなかった。

「うそ。ありえない。そんな・・・・・。」

さらにいろいろなこと――運営に忌避される裏ワザも含め――を試したが一切の成果はない。つまりこの結果が突き付けてくるのは「帰ることはできない」ということだった。

呼吸が止まる。帰れない?現実本来の居場所に?当然私の職場環境が良かったわけではない。給料は低いし、残業なんて当たり前。定時帰宅なんてしたことがない。

だけど。だけど、給料はしっかり出た。友人はいた。蹴落としあいではなく協力し合える職場だった。休みも週一はあったしこうして時々有休もとれる。薄々ではなくそれが会社が無理をしてどうにか確保しているのもわかっていた。だからこそ尚更帰らなくてはならない。あの会社や同僚たちに迷惑はかけたくない。

そう心から思うが帰る方法はないという事実は変わらない。

私はこんなところで終わるのか。ユグドラシルで「彼」を傷つけこちらに来れなくし、そして現実でも迷惑をかけて、償いも一切できずにただ消えていく。

胸の奥に水が詰まったような感じがし、泣きたくなってくる。いや、もう泣いていた。

「やだよぉ。帰りたい。みんなと会いたいよ・・・・」

手で何度も涙をぬぐう。だが涙はとどまることを知らない。なぜ私がこんな目にあわなくていいけないのだ。私がそこまで重い罪を犯したとでもいうのか。

もう嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

自分のすべてを嫌悪する。「彼」傷つけた私に、ゲームなんかのために有休をとった私に、会社に迷惑をかけたまま消えていく私に。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いつの間にか私の涙は枯れ、横になっていた。

諦めと悲しみが入り混じった心が私の奥に沈んでおり、体を動かす気にはなれない。もう何かをしようとする気力がない。もうずっとここにいよう。そんなことを思った。そうだ、それがいい何もせず、何も考えずただただ時が過ぎるのを待っていればいい。バグなら運営が助けてくれるだろう。私の持つハードが原因なら数週間で栄養失調であっちにある体が死ぬだろう。


ああ、早く時間が経たないかなぁ。早く私の体が死なないかなぁ。そうすれば全部終わるのに。もうこんな思いを続けなくてよくなるのに。


「あなたがどんな思いをしているかは非常にどうでもいいですが、私の前で死なれては困ります。死ぬなら外でどうぞ」

私以外の声がした。

突然のことに呆然としながら視線をだけを向ける。体はいまだ重く動かせる気がしない。私がしゃべっていない時点で話せる可能性があるのは一人だった。だけどありえない。だって彼らには意思がない。言葉を発することもできない。だからこそのNPCだ。だが目の前の光景がそれを否定していた。話したのはやはり彼女だった。彼女は嫌そうに顔をしかめながらこちらを見下ろしていた


どうしてしゃべれるの?


「私が人型で、口が飾りでない以上しゃべれますよ。今までしゃべってなかっただけで」


ふーん、変なの。・・・・・ん?どうしてわたしの考えていることがわかるの?


「分かるも何もあなたが思考を口から漏らしているだけですよ」


そうだったのか、「私、しゃべってたんだね」

彼女はあきれたように笑う。

「その程度の自己把握すらできなくなっているとかこの十五分で弱りすぎですよ。全く、乾杯と言ったらすぐ泣くし横に倒れたらと思たら少しの間動かなくなるとか情緒不安定すぎませんか?」

「じゅうごふん?たった十五分しかたってないの?」

「六十秒を一分とするならですけど」

ああ、たった十五分しかたっていなかったのか。全くあきれた話だ。体感から一日たってもおかしくないと思っていたのにたったの十五分。あまりにも自分が哀れで枯れた笑いが出てくる。

「ねぇ、お願いを聞いてくれる?」

「断ります」

即断だった。

「まだ何も言っていないよ?」

「だいたいそんな状態の人が言うのは予想がつきます。殺してくれーとかそんな内容でしょ」

そんな内容だった。

「なんで私ががそれをしなきゃいけないんですか。私の前で死なれるのが嫌なのに目の前で殺わけがないでしょう」

「それもそうだね」

今まで短い間だが話しててノリがけっこう軽いなと思った。なんだろもっと粛々と喋りそうなイメージだったのに・・・・・。

「それにあなたを殺したらいろいろ面倒になりますしね」

「面倒?どういうこと。だっては一人だし私が必要なことはないよ?ここにいても迷惑しかかけないしね」

「・・・・。あなたが死のうとした理由は自分を必要とするものがいないからですか?」

どうしてそんなことを気にするのだろうと思ったがとりあえず違うと示すため首を振ろうとする。だが床のせいでゆする程度で終わる。

「帰れなくなったからだよ」

何も知らないNPCに言っても無意味だろうがとりあえず誰かに話したいと思った。私の状況を知ってほしいとも。

「―――――ってなこと。たとえ話だけど伝わった?」

「つまりあなたは自分が迷惑しかかけない存在だから死にたい~って思ったわけ?」

「そんなとこ」

今私は横になった体勢から足裏を合わせて座った体勢になっていた。

話をしているうちに寝っ転がっているのは失礼だなと思い体勢を変えた。

「だけどまぁ。今はそんなつもりはないかな」

話していると心の中にあった重い水がするする抜けていき今では空っぽになり彼女と話せて楽しいという思いが浸水してきている。

「どうせならここで二人で話して過ごしていきたいなぁ~って考えていいかな?」

「目の前で死にたいーって言わなければ別にいいけど上はどうするの?うるさくてかなわないわ」

「上?つまり、神殿内?」

うるさいって、それはおかしい。

「今日、神殿に入ってきたのは私だけだよ?」

六時間ログインし続けたが誰もインしてこなかった。じゃあ、上にいるのは

「侵入者!?」

そんな馬鹿な。私たちがここを拠点にした理由は攻略難度が高いわけでも神殿がいいわけでもない。外敵の侵入のしにくさだ。同クラスの拠点に比べて三倍ぐらい侵入しにくいという自信がある。そんなここに侵入され、うるさいと言うほどなら相当にまずい。

「いや、侵入者はいないわよ」

焦る気持ちと裏腹に帰ってきた声は軽かった。

「へ、いない?」

立ち上がりかけた奇妙な体制で彼女に問う。

「全く何を勘違いしているんだか。うるさい理由はあなたよ」

「わたし?」

とりあえず座りなおすか。よし、思い当たることはあるか・・・・・・、無いな。全く。

あ、いや。ちょっと待った。あった。思いっきりあった。NPCで彼女がいるのだ。だとしたら。

「『十二人の守護者トランプ』とか、そういうう単語が話されてるとかわかる?」

「ん?そうだなぁ・・・。ああ、確かに聞こえるわね。といううかそいつらが中心になって騒いでいるわよ」

彼女は少し耳を澄ますようなふりをしてから断定した。

というか神殿の音が聞こえるのか・・・・・。私には聞こえないぞ。あれか、個体の方が音が早く進むというやつか。

「どうやら上のやつらはお前を必要としているらしいわね。それにあなたがいないと迷惑がかかりそうな雰囲気よ。さっさと行きなさい」

たしかに、行く必要があるだろう。必要とされては役に立ちたくなるのが私だ。もちろん条件はあるが。

組んでいた足をほどき立ち上がり。会社の同僚や無理を通してくれた上司を思い出す。

ごめんなさい。もう少しだけ待っててください。仕事をほったらかしにした罪は必ず償います。たとえそれが死だろうと。だから、今必要としてくれる人の力にならせてください。

「ありがとう。おかげで死なないですんだわ。また会いましょう」

一段目に足をかけたところでふと振り返る。

「あなたの名前聞いていいかしら?」

その答えは何とも言えない。だけどどこか悲しそうな顔だった。


歩いて下ってきた階段を今度は駆け上がる。

仮にもLv100の筋力だ。瞬く間に差し込む光が見え教皇椅子の後ろに戻ってきた。

床に立つと自動的に消えていた大理石が戻り何事もなかったかのようになっている。

今やるべきことは混乱しているであろうアルクシィメンバー作のNPCをまとめることだ。数百にも及ぶNPCを一人一人説得するのは面倒だ。というより時間の無駄だ。

しっかりNPCの上下関係を作っておいてよかった。たしか、と記憶を探りながら教皇椅子に座り口を開ける。

「リーチナー。いる?」

設定通りならすぐそばにいるはずだ。

Tesテス。ここに」

ああ、やはりいた。姿は見えないが確かにいるのだろう、私の影に。

「この騒ぎは何?出てきて教えてくれないかしら?」

その言葉に反応し私の影が盛り上がる。それは徐々に高さを増し、最終的には一人の女性メイドになった。

Tesテスタメント。現状を説明いたします」

ここがどこか、どうしてこうなったかは分からない。だけど今は仲間たちの創った家族のために頑張ろう。

今から、一から、何もかも。

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