十一章

十一章 1



 朝食を食べたあと、蒼嵐は昼すぎまで眠っていた。

 一晩中、走りまわっていたから疲れはてていた。

 夢も見なかったのは、きっと疲労のせいだろう。


 蒼嵐が眠っているあいだ、往人は起きて、校長室から生徒の名簿を見つけてきていた。その名簿には生徒の住所が載っていた。


「そら。目がさめたのか。今さ。この名簿とスマホの写真を見くらべて、替え子の候補をしぼってたんだ。それが、おかしいんだ。旧黒縄手地区に住んでる生徒は全部で三十八人なんだよ。死体の数から計算すると、もう生きてるのは、おれとおまえだけのはずなんだけどな」

「ふうん」


 蒼嵐は寝起きなので、てきとうに返事をする。


「なんだよ。ふうんって。大事なことだろ」

「ごめん」


「もしかしたら、おれたちが死んだと思ってるなかで、ほんとは生きてるヤツがいるのかもなぁ。薔子が予知夢で見たって言ってたけど、あれって必ず当たるのかな? たまには外れることもあるんじゃないかな」

「ああ、そうかも」


「だとしたら、あのとき薔子が言ってたなかに替え子がいるんだな。誰のことだったっけな。クラスのヤツで二人くらい名前あげてたな」

「ええと……たしか、バスケ部の高梨くんのことは話してた」


「それは、おれもおぼえてる。あと、となりのクラスの和田と末松のことも。この三人は校庭に死体があったから」

「あっ、立石くんって言ってなかったかな?」

「そうそう。立石だった。立石の死体はあるよ。じゃあ、あと、うちのクラスの女子が一人か。そいつが替え子、なのかもな……」


 女の子が替え子だとは思っていなかったので、蒼嵐は奇妙な感じがした。夢で見たとき、殺人犯は服装や体つきなどから男だと思ったのだが。


(殺人犯に関して、なんか重要なことを夢で見たような……?)


 顔——そう。顔だ。

 夢のなかで正体を知るために、鏡を見ろと、蒼嵐は何度も念じた。まるで、殺人犯はその声が聞こえているかのようだった。蒼嵐の声に抵抗するのに苦労していた?


(……もしかして、夢のなかなら、アイツをあやつることができるのかな?)


 替え子が共感性を使って生贄の死体をあやつるように、蒼嵐も夢のなかでなら、替え子の意識に働きかけることができる……のか?


 それなら、次にあの夢を見たとき、鏡やガラスのような反射するものに、アイツの顔を映すようにしむければいい。それで正体がわかる。


「ねえ、往人! おれ、スゴイことがわかったかも」


 往人に打ちあけようとしたときだ。

 ガラリとドアがあいて、保健室に崇志が入ってきた。一人ではない。猫の子の首をつかむようにして、その手に女の子を一人つかまえている。


「痛い。痛い。離せよ。ぼくに何する気だ。離せよぉー」


 崇志につかまれたまま、ジタバタあばれている。

 崇志は女の子を無視して、蒼嵐たちに話しかけてきた。


「おい。校舎のなかに、こんなヤツいたぞ」


 あッと、蒼嵐と往人の声がそろう。

「四谷さん!」


 クラスメイトの四谷美野里よつやみのりだ。

 美野里の顔を見たとたん、薔子が予知夢で見たと言っていたのが誰なのか思いだした。そう。この美野里である。


「あれ? 白金くん! 蓮池くん!」


 美野里はどこかで盗んだらしい、かなりブカブカの黒いダウンジャケットを着ていた。その下はスウェットのようだ。くつしたをはかずに靴をはいている。


 見たかぎりでは、どこにもケガはない。


「やっぱり、生きてたんだ……」


 思わず、蒼嵐はつぶやいた。

 ジタバタしながらも、美野里はその声を聞きもらさない。


「やっぱりって? ねえ、校庭にスゴイいっぱい、死体があるよ。みんな、なんで? なんで、みんなが殺されて……うちの親、泣きながら包丁持って、ぼくの部屋にとびこんできたんだけど——あッ!」


 急に大声をあげるから何かと思えば、デスクの上に起きっぱなしになった缶詰を指さしている。


「缶詰、食べたい!」


 崇志が蒼嵐と往人を交互に見るので、蒼嵐はうなずいた。

 崇志が手を離すと、美野里は缶詰に直進していく。サバ缶のプルタブをあげると、今朝がた、蒼嵐が使った割りばしを勝手にとるので、できれば止めたかった。が、そのヒマもないほどの勢いでむさぼる。蒼嵐はあきらめた。


 それにしても、美野里を見ていると、これがあの夢のなかの殺人犯なのかと疑問がわいてくる。なんというか、美野里はにぎやかで明るい女の子だ。物静かな薔子とはまったく正反対のタイプ。だからこそ、陰惨な殺人からは、かぎりなく遠い存在に思える。


 彼女は違うんじゃないか……。


 蒼嵐はそう考えた。

 しかし、となりの往人を見ると、険しい目で美野里の背中を凝視している。そして、音を立てないように、ゆっくりとベルトから包丁をぬく。


 蒼嵐は包丁をにぎる往人の手に、そっとにぎり、首をふった。だが、往人は蒼嵐の手をはらいのける。


 今ここに、生きている生贄が全員、そろった。

 このなかの一人が、確実に替え子なのだ。

 蒼嵐でなく、往人でないとしたら、あとは残る一人しかいない。


 これは、とんでもないチャンスなのだ。

 替え子が、あっちから蒼嵐たちの前に現れてくれた。


 往人はなにげない足どりで、美野里の背中にむかって近づいていく。包丁をつきだして、そのまま、トンとぶつかった。


(終わった……これで、全部……おれたちは助かったんだ)


 安堵のあまり、蒼嵐は立っていられなくなった。くなくなと床にすわりこんだときだ。また、あのサイレンが鳴った。


 中学校と小学校のあいだにある大きな通りを、町の中心の西方向へ行くと、町役場がある。おそらく、そこから放送されているのだ。


 女の声が高らかに告げた。



「町民のみなさんに緊急連絡です。現在、生存している生贄の正確な数が判明しました。生贄は二名。白金往人、蓮池蒼嵐の二名です。二名のうちどちらか、ないし両方が悪霊化しているものと思われます。この二人を見つけたら、ただちに処分してください」



 蒼嵐はアナウンスの意味が、しばらく理解できなかった。


(え? どういうこと? おれと往人? 二名? じゃあ、四谷さん……は?)

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