第3話 モンスター戦

 [飛翔]で着地した場所はディデダラの大きな丘陵だった。森が切り開かれた場所はモンスターを見つけるのに適しているし、プレイヤーに見つかる場所でもある。 だが心配ご無用だ。モンスター戦はプレイヤー同士の攻撃がカウントされない。モンスターへの攻撃と防御に集中すればいい訳だ。


 ざっとフィールド全体を見渡して小さなモンスターを確認する。モンスター図鑑と照らし合わせて、アクティブのエッジ(針ねずみモンスター)と分かる。ポイントは1体18~20ポイント。ポイントは少量増減するようだ。


 視界からエッジのパラメータは見えない。しかしエッジの効率的な狩り方と言えば、まずは――。


『大変遅れを取り申し訳ありません!――KQOコロシアム、VSモンスター戦を開催いたします! 司会を務めさせていただきますのはバナ子の姉、reizです。皆様よろしくお願いいたします』


 と、大音量のスピーカーで思考を妨害された。アクシデントから間もなく数秒で対応に追いつきやがった。アナウンサーのいないバトルの方が集中できるけどな。


『VSモンスター戦はランク1からランク3まであり、サイズもSからGまで用意されています。ただし、モンスターのレベル・数値はこちらでお話しできません! 自ら試されて下さい。それでは――』


『Lets,Queen_dinner! 貴方たちに祝福を!』


 口早のreizの説明から、正式な戦闘の合図が行われる。視界にエッジのパラメータやスキル効果が表示された。これで狩り漏らす心配はない。

 俺はカルチェの位置を確認して、エッジの群れに跳躍する。  


「チェイン」


 捕縛スキルを唱え、数十体の毛むくじゃらエッジをどこからともなく現れた銀鎖で捕獲する。LV123と表示されるエッジは持ち名の通りの体毛を剣山化させて逃げようとする。だが、捕縛スキルの銀鎖は頑丈だ。そして銀鎖はエッジが動くごとに締め付けを強め狭まっていった。


 俺はカルチェの到着を待つ。カルチェが捕縛範囲に入る時が攻撃のチャンスだ。


「カルチェ、いまだ」


「はい!――ごめんなさいっ。サンダー・タッチ」

 

 カルチェの掌が電気の渦に包まれる。振りかぶり、捕獲されているエッジの銀鎖に触れた。


「ビ…ビビ……きゅう」


 軽く触れるだけでエッジは雷の攻撃を喰らい、次々に姿を消失させていった。


「もっと、行っちゃいます!!」


 自信のついたカルチェは囚われのエッジ達を見ては加速する。小さな掌で20体のエッジを感電させた。


[You guild plus 400points!]


 自軍ギルドに400ポイントが加算され、合計ポイントが5400ポイントになる。

 しかし、Night_Soulのポイントを盗み見れば3700ポイント。最初の戦闘からもう追いついてきた。


 焦る気持ちを抑えつつ、フィールドにいるモンスター達を視認する。


「次!」


「はい!!」


 息を整える暇はないぞ、カルチェ。敵は強大なんだ。

 俺も急いでユニークスキル[アースウォール]を発動する。地面に土の壁がせせり立った。しかし大きさは徐々に高く広くなる。


「師匠の壁、いつ眺めてもすごいですね~」


 カルチェは激しく感嘆していた。当たり前だ。地面から湧き出たものは、幅70メートル・長さ160メートルある長方形の巨大な土の檻だ。範囲が範囲だけにエッジ以外のNight_Soulのメンバーも入ってはいるが、それはご愛嬌だ。このスキルのデメリットは対象を選べない点に尽きる。

 

『おおっと、シュンがモンスター以外のNight_Soulのメンバーを捕獲してしまった! スタジオにもクレームが入りましたが……審判に確認した所OKだそうです! OKです!』


「――邪魔したと言えばそうなるのか?」


 重ねて言うがこのモンスター戦ではPVPのルールが入らない為に、プレイヤーに直接の被害はない。

 ただ視覚やターゲットを盗まれるのは邪魔といえば邪魔だろう。

 

「あは……仕方ないものですね~」

 

 カルチェは土の檻に見慣れていて苦笑いだ。俺や……『八百万の指標』メンバーの攻撃も受けているせいだろうか。 苦笑で済ませるられるのなら、成長しているとみていい。素直に嬉しく思える。ルーキーの成長こそが最近のギルドの楽しみだからな。

 

 俺はニヤニヤと笑う。カルチェは途端に顔を青くして震えた。失礼な。


「――いま背筋がぞくっと。師匠……すごい笑顔ですけど、なにかありました?」


 恐る恐るカルチェが尋ねてきた。俺はなんでもないと手を振り誤魔化す。


「カルチェ、攻撃の手段を追加しろよ。アースウォールはそう長くは持たないぜ?」


「あ、はい。……ファイア」

 

 カルチェは魔法の詠唱を始める。人差し指から紅蓮の火の玉が現れ、空中に静止した。

 初級魔法ファイア(ランクG)は威力自体は下から数える方が早い。しかし威力の調整ができるカルチェにとって当てはまらない。


「火力最大で行きます。Plus_ファイア」


 火の玉へ更なる小さい火の玉を追加する。瞬間、燃えさかり炎は青く煌めいた。


「――行って」


 勢いよく青い炎が放たれ、緩やかに土の檻をすっぽりと覆い尽くす。檻から飛び出す炎は、範囲にある生き物を全て焼き始めた。


[Your Gild points PLUS 2000.]


 ギルドポイントが加算される。単純に2000ポイント追加されたことだから合計7400ポイントか。先程よりポイント差はできただろう。

 と、軽くギルドのポイントを確認したら5100ポイントになっていた。おかしい。俺とカルチェがポイントを獲得してからの時間は、そう経っていないが。

 

 若干の不安が湧き出て、思わずギルドチャットを起動した。


『姫……ポイントがおかしい』


『――アスキーが倒れたからよ。他のメンバーから連絡が入ったわ』


 アスキーか。アスキーは盗賊の情報屋だ。あいつの性格から考えるにPVPのない中立地帯にいるはずだ。臆病で面倒くさがり屋だからな。しかしそのアスキーが倒されて……ギルドポイントを失ったときた。中立地帯外で倒されたのか? なにかがおかしい。


『そうか。アスキーはいったいどんなヘマを?』


『小さな女の子に手を出したらしい、との報告ね』


『なんだって?!』


 最近のご時世では少女、とりわけ子供に手をあげることはNGとされている。VRMMO内でもそれは変わってない。理由もなく暴力を振るった場合、個人にペナルティが課される。姫の言葉を信じるなら、アスキーはギルド戦に取り返しのつかないことをしてくれたものだ。


『――あの×××野郎が。大人しくしてろよな』


『やだなぁ、僕が大人しくできるかって? 無理な冗談だよ』


 チャットルームに噂の元凶、アスキーのログインランプが明滅を始めた。

 俺の挑発を待っていたかのような、変なタイミングでだ。


『いや、さ。姫の言葉に語弊がある。友達にスキンシップしただけさ。第一僕には掠朱がいるよ』


『怪しいな』


 俺はアスキーの日頃の軽い態度を振り返って。


『怪しいわね』


 姫はアスキーの認識不足を指摘しているのだと思う。


『あらら。普段から信用されてないわけだ。残念無念』


『訳を話せ、早く話せ、そして土下座しろ』


『土下座はしないよ、乱暴だなシュンは……。まぁ、"神隠し"のために簡単な取引と言えばいいかな』


『――"神隠し"だと?!』


『…………"神隠し"、ねぇ』


 "神隠し"は最近のVRMMOに起きている異常現象だ。ただ姿が消える訳じゃない。異世界に取り込まれてしまう。VRMMOに属したプレイヤーは全てだ。厄介なことに、ログアウトしている時でさえ効果は及ぶ。逃れる術はない。あるとするならば。それは異世界をゲームクリアすることだ。


 昔姫や俺は巻き込まれ、生きて帰ってきた。

 

『モンスター戦が起きて不思議だと思わない? 天候変化によるモンスター戦はGVG戦で禁止されてるのに、それを無視して行われている。運営の対応がなってないのが証拠だよ。まったく興味深い……』


『興味深いはいいから、――続きを』


『OK。それでPVPの最中、掲示板である書き込みを見たんだ。Night_Soulのメンバーがモンスターに喰われたっていうね』


 喰われたのかよ。


『アスキー? 冗談は顔だけにして』


『ひどいな、姫まで! 続けるけど。ああ、続けるけど。どうして僕はこんなにMなんだ!……詳しく調べるとNight_Soulのプレイヤーがコロシアムから退場できず、ログアウトもできなかった。そのままモンスターに取り込まれたらしい。過去の"神隠し"の兆候に似ているから……間違いなく起きると思う』


『確かか』


『約99.99%だろうね。昔のシュン達みたいに"神隠し"を撃退した奇跡なんて0.01%にしか満たない……そして、シュン達は今回予測できなかった』


『……昔のことは言うな。救えなかった奴等もいる』


『救われた人もいるんだよ……。とにかく、今回の件で友達に連絡を取ってね。僕が1回倒されるのを条件にNight_Soulの問題に介入できるようになったんだ。今頃友達のダナンやマリアはシュンの所に着いているはずさ。ごめんね、急かして』


『おい、ダナンは知ってるがマリアはどういう奴なんだ!?……って、チャット切りやがった!』


『――シュン、悪いけれど。アスキーの交渉を手伝って頂戴』


『いいのか、GVGは終わった訳じゃないんだぞ』


『ええ、私達で軽く稼ぐわ。気遣いは無用よ』


『はいはい、了解しましたぜ。お姫様』


『ええ。カルチェにもよろしく、またね』


『ああ』


「師匠、どうかしましたか」


「アスキーのバカ野郎がな……ん?」


 カルチェに振り向く様に、目の前に知らない顔があった。銀髪の頭に角を生やしている羊人族の少女だ。見慣れないウッドボウを持っている。職業はアーチャーだろうか。彼女の後ろには見知ったやつもいた。


「はじめまして、Night_Soulの小隊長のマリアです。以後おみみし……りおきを。かんじゃった」


「噛んだ内に入りませんよマリア。久しぶりですね、シュン」


「ダナンだな?」 


「ええ、アスキーの馴染みです」


 馴染みでも友達とは語らないんだな。俺は小さなことだがダナンに共感を覚えた。


「とりあえず、事情を聞かせて欲しい。話してもらおうか……"神隠し"について」


「勿論です。手短に済ませます」


 ダナンはマリアを伴って真剣な眼差しで、ぽつぽつと話し始めた。

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