第1話 Queen_dinner

【――Ladies and gentlemen, boys and girls! KQOコロシアムに招かれたお客様、ようこそ! 本日アナウンスを務めるバナ子と申します】 

 

 観客席の大画面にアップで猫人族が映し出される。コロシアムアイドルのバナ子だ。バナ子が声を発した途端、客席の喧騒が一斉に静まる。観客の視線はバナ子に注がれていた。次の言葉を待っているかのようだ。


【皆さんありがとうございます。さぁ、誇り高き『Knight_Soul』VS天上天下唯我独尊『八百万の指標』ランキングマッチング、今宵はどのような宴を魅せていただけるでしょうか?】


 口を結んで、一息。バナ子は精一杯、金きり声を張り上げた。


【では、皆さん。よろしくお願いします! Its a――!】


「Queen_dinner(王達のご馳走)!」「Queen_dinner!」「Qud!」「ディナー!」「ご馳走!」「イヤッハーッ!」「バナ子愛してる!」「……騒がしいやつ!」「饗宴だ!!」 「Qud!」「Qud!」「Qud!」「Qud!」「Qud!」「Qud!」「Qud!」「Qud!」「Qud!」「Qud!」


場内中に『Queen_dinner!』『Qud!』の声援が交わされる。バナ子は彼らに手を振って答えた。


【ありがとうございます! ありがとうございます! さてさて主役の登場です!】


 最上階のバルコニーにいる『Knight_Soul』と『八百万の指標』が色彩豊かなスポットライトに照らされる。元気のいいプレイヤーは観客にアピールで返事をした。ある者は自惚れ、ある者は己の野望のためにと。 そして俺は、退屈な顔を晒した。


「……いつまで続くんだ、このイベントは」

 

 くだらない。実にくだらない。戦闘はまだなのか。俺は脱力して思わず視線を下げる。


「ねぇ、舜」


 右隣の真紅の髪の少女に鋭く睨まれた。舜とは俺の現実での名前だ。KQOではシュンと呼ばれている。

 真紅の少女は現実で由香里という名前で、まぁ今はどうでもいい。ここはVRMMO内だ。


「気にするな。紅姫」

 

 VRMMO内の彼女のニックネームを呼ぶ。その際、自らのジョブ〈斥候騎士〉さながら恭しく辞儀をした。スキル欄を確認していない辞儀のため、現実で正しく見えるかどうかは分からないが……。


 紅姫は我らが『八百万の指標』のギルドマスターだ。なぜニックネームが「紅姫」と呼ばれるのか? それは普段は桃色の髪なのだが、戦意が高揚すると紅色に染まるからだ。


「今まで通り、姫でいいわ」


「了解……何だよ。戦闘開始までは時間あるぞ」


「いいじゃない。舜の顔を見たかったのよ。それで?」


 姫はなにか人を食ったような顔で尋ねてきた。姫の顔は時たま怖い。人を試すようなことも訊いてくる。

 俺は少し戸惑いながらも手短に答えた。


「そうだな……強いて言えば恒例のギルドイベントだ。ルーキーと組むのは骨が折れる。後衛に回すか、控えさせるのが俺としては助かるんだが?」


「――0距離のアーチャー」


 姫はやや小さなため息をして、挑発するように呟いた。


「ワールドランカーの貴方が、ルーキーをフォローできないの?」


「止めろよ。ランカーは望んだことじゃない。自然になったことだからな。それに剣使いなんだよ、一応は」


 大げさに手を振って訂正する。

 KQO内で『0距離のアーチャー』と呼ばれているが、実際は大したことじゃない。見せびらかす物でもない。戦闘時に居合わせた野次馬は芸で食っていけると言っていたが……。思い出すだけで失礼なやつらだった。


「バカ正直なのは結構。でも、その油断で……足元すくわれるんじゃないかしら」


「その時はその時だ。姫の指揮で俺がいなくても勝てるだろうさ」


「確かに。舜の言う通りだわ」

 

 俺の顔をまじまじと眺めて姫はクッ、と苦笑を漏らした。一息ついて、真面目な顔になる。


「ただ私は愚かではないの。ルーキー育成も捨てたものじゃないわ」


「お得意の……長い目で見てか? サービス終了まで半年もないぞ」


「ええ。もちろん、そのためよ」


「ひどいマスターがいるな」


 語られた姫の発言はギルドメンバーにとっても、ルーキーにとってもひどい。姫は自ら導くつもりで地獄のスパルタを開始するつもりだ。残念ながらその期間はギルドのイベントはスパルタに費やされるだろう。


 生産師であっても山登りや砂漠走りこみをさせるからな、姫は。お陰様で生産師のLVは世界的に珍しい3000越えだ。リアルでも体重が1ヶ月でマイナス12㎏を記録したという。『ダイエットは体にダメだ』と彼らに至言を吐かせたのは記憶に新しい。あの地獄のスパルタはな。俺は俺で面白かったが。


「期待してね」 


 そう言って姫は満足したようで、バルコニーから姿を消した。恐らくルーキーと妹に呼ばれたのだろう。

 ともあれ、姫が離れると背中装備からガサゴソと音が聞こえた。


[ユニークスキル:悪霊憑依]


 システム音声とともにユニークスキル〈悪霊憑依〉が頭に閃く。背中からひょっこり顔を出したのは毒々しい薄緑髪の少女、kaoruだ。ユニークスキル〈悪霊憑依〉は取り憑いたプレイヤーをサポートする能力だが、プレイヤー内で経験値を分割して与えられるため、『養殖』とも揶揄されている。


「行きましたか?」


「ああ。……気付いてたのか。悪いが諸事情で眠ってもらっている」


 kaoruは俺への忠誠を越えたヤンデレストーカーで、姫が近くにいる時は嫉妬の塊なので強制的に眠らせてある。システム上は相互合意なのだが、kaoruは己の権限を俺に渡している。その為平穏な日常を送れている。


「はい。構いません。私が望んだことですから……えへへ」


 kaoruは子猫のように可愛らしく微笑む。思わず頭を撫でてやりたい気持ちになるが、kaoruの騙す常套手段なので無視した。

 

「ギルドメンバーの配置はどうなってる?」


 戦闘前の逸る気持ちを抑えるため、自分達の位置をkaoruに確認する。


「いぇす、しばしお待ちを」 


 kaoruは戦闘フィールド内に点在しているギルドメンバーの位置を探り、レポートを手渡した。

 レポート内には全体マップと味方の赤のマーク、敵の黒のマークが示されている。なんとなく分かりやすい配置だ。

 

「生産職の3名は味方陣内に待機中、1名行方不明、3人は敵の前方にいます。私達4人は中間、でしょうね。フサ男と馬鹿は……あら、敵陣内にいますね」


「――ったく。戦闘はまだ始まってないってのに!」


 俺は彼らの心配を考えず、ただただ頭を抱えた。敵陣内にいるということは、間違いなく袋叩きのモルモットになる。

 

 しかし、別の意味もある。敵ギルドマスターの位置に限りなく近いのだ。最悪フサ男と馬鹿の行為でゲームセットする場合がある。勝利する、という最大の意味では効果的だろう。ただし、ランキング戦では観客を無視したことに他ならない。


 しばらく『まぐれ』で勝ったギルドと、VRMMO内で囃し立てられるのだ。

 

「ヤレヤレ。お得意の正々堂々殴り込みですね……爆弾送りますか?」


 kaoruは苦笑し、スキル一覧を叩く。爆弾スキルを検索しているのだろう。フサ男達に爆弾をプレゼントすることで、強制ログアウトを狙うつもりだ。


「止めろ」


 俺は即座に制止した。kaoruはたまに悪ノリする時がある。


「お優しいことで」 


「いや、自力で戻ってくるだろう。侮辱された!……と言いながら怒り心頭でここに来る」


「それもそうですね」


「……ところで、他の連中はなにやってるんだ」


 会話から脱線しつつ、ギルドメンバーが気になってギルドチャットをONにした。黒光りした仮想空間にギルドルームが作成される。その中でメッセージがリアルタイムに更新されていた。


『チミ達、我輩とコレの所在が気になっただろう? ン?』


『コレとか言うなぁぁぁああ! チビじゃないし、俺はジョブが勇者だ!』


『チビとは言ってないぞ。ン? ハヤト。震えているなチキンハートめが。よしよし我輩の筋肉で愛でてやろうではないか! ハッ!……ウッ』


『なんだその上から目線! 違うからな、ちが、俺を見るな、寄るな、違ええぇぇぇっっえええええ!!』


「…………」


 一度チャットルームから目を背けた。


「どうしましたか?」


「なんというか、変態が多いなこのギルド」


「残念ながら貴方も含みますよ。でも心配なさらないで下さい、私はシュン様だけは愛しています」


『黙れ』


『あら、悲しい。でも照れるシュン様も可愛い……』


『お、大将とkaoruじゃんよ! ボルトだけでつまらなかったぜ! 姫や他のやつらはなんでチャットOFFにしてるんだろうな、戦闘前だってのにさ!』


『チミ達、我輩達の話をしていたのかね?! したのだね! よきことだ、されば我輩の正義の拳で語り明かそうか!?』


『まぁ、色々ツッコみたいのは山々だ。が、いい。もうすぐに他のやつも来るぞ。イベントは終わりだからな』


 階下を眺めるとバナ子によるイベントは終わりを迎えていた。少しのラグの後に戦闘が始まることになる。時間が経つにつれ、ギルドチャットに入室する時に光るプレイヤーネームが明滅した。一癖や二癖もあるギルドメンバーのご登場だ。


『じゃーん!』


 元気よく声を張り上げた姫の妹、ナル。裁縫師と吟遊詩人。LV3262。


『皆、よろしくね』


 我らがギルドマスター・姫。調教師と軍師。LV2999。LVカンストし、またLV1から鍛え直した生ける伝説。帰還者。


『が、頑張りますです!』


 頼りないルーキー・カルチェ。魔法使い見習い。LV535。


『足を引っ張るなよ。舜、貴様は先に死んでいいぞ』


 毒舌イタリア人のヴィナーグ。道化師。LV3747。


『…………』


 正体不明のNo.13。施術師。LV不明。


『おねえさん、頑張るわよー』


 姉御肌のスペイン人、ナーチカ。黒魔術士。LV3333。


『無理じゃないの。おばさんはひっこめ――ぐふっ』


 情報戦が得意なアスキー。盗賊と薬師。LV3521。


『武器が折れたら、オレたちの所にコイ! 防具が曲がればオレたちの所にコイ! YEAH~ガッテンダ!』


 いつも騒がしい偉丈夫のマルコ。武具・防具作成を兼ねる生産師。LV4003。


『ぐるるるるるる(任せて)』


 獣族に身体を特化させた女、掠朱(りしゅ)。アスキーの恋人。LV2525。


『賑やかだな……』


 俺、オールラウンダーな斥候騎士。主に剣を使用する。ワールドランカーのLV4167で帰還者。ボルトはLV2700の守護騎士、ハヤトはLV3798の大陸勇者。

 

 ギルドメンバー総勢13人。彼らの個性が高まる中で、俺は別の意味で頭を抱えた。余計な心労が増えてしまう、と。

 だが刻々と『Night_Soul』との戦争は近づく。このギルド戦で俺はルーキーと生き残らなければならないのだ。


【Game×Start!】


 バナ子の短いかけ声とともに、戦争が開始される。


「さて、行きますかね」


[決闘スキル:飛翔]


 俺は不安を振り払い、獰猛な笑みを浮かべてフィールドを滑降し始めた。


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