第20話 買い物の前に

「で、何を買うつもりなんだ?」


 展望台から降りた俺たちは、ビーズモールへと向かいながら空閑へと声をかける。


「何って、服だよ服。ダチと来たからにはそいつのセンスで持って選んでもらったものを買うということをだな……」


 俺を眺めていた空閑が途中で言葉を濁しているが、どういうことだってばよ。


「まぁあれだな……。それは青羽ちゃんに期待するとしてだな……」


「おい待て。どういうことかちょっと詳しく説明してもらおうか」


「あはははは!」


 ぐわしっ、と空閑の頭をアイアンクローするように掴んだところで、横から夕凪の爆笑する声が響いてくる。青羽はよくわかっていない様子で首をかしげているが、俺も空閑が何をしたいのかまではよくわかっていない。だが、俺に服のセンスがないということが言いたいのはすぐにわかった。まさに集合したときに思ったことだからな。


「ちょっ、待った待った! 説明するから……!」


 そんなに痛いとは思わないが、ノリのいい空閑である。左手で俺を腕を掴み、右手を前に突き出しながら左右に振って降参するポーズをとる様子を一通り堪能してからアイアンクローを緩めてやる。


「はー、頭潰されるかと思った」


「そんなに握力ねぇよ」


 ふざけたやり取りをしていると、空閑が右手で額を押さえながら言葉を続ける。


「いやちょっとね、親睦を深めるためには割といい方法なんだって。付き合いのある友達には選んでもらってるんだよ。だからお前も……春物はまだ売ってるかわかんねーけど、あー……、夕凪ちゃんに何か選んでもらえよ」


「えええっ!?」


「へー、面白そうじゃない」


 拒絶気味に驚く夕凪と対照的に、青羽は肯定的だ。

 というかそういうことね。イベントとしてはありなんじゃなかろうか。どうせなら俺も青羽に選んでもらいたい気がするが、目的を考えればナシなんだろうなぁ。いやそもそも女の子に服を選んでもらえるとか空閑がいなけりゃありえないわけで、ここは言葉を飲み込むべきか。


「服のセンスなくて悪かったな」


「ハハハ」


 空閑にジト目を向けると乾いた笑いが返ってきた。なんとか言葉をひねり出してみたけど自虐にしかならんとは。


「な、なんであたしが選んであげなくちゃいけないのよ」


「まぁまぁ、選んであげるだけならいいじゃないの」


「そうそう、どうせ金出すのは白石なんだから。……なんなら逆に超ダサい服でも選んでやってもいいと思うよ」


 二人して夕凪を宥めているが俺は放置ですかそうですか。選んでくれた服を買うのはやぶさかではないが、どうにも納得がいかない。


「自分で似合わないと思ったやつは断固拒否する」


 これくらいの自由は俺にあってもいいだろう。


「何言ってんだよ。自分のセンスに自信があるなら拒否してもいいけど」


「……は?」


「そうね……、少なくともあなたよりはセンスのいい服は選べそう」


 ぐぬぬぬ……。どっちかというと引きこもりな俺だからして、外出用の服はあんまり持ってないのは確かだ。面倒だから揃えていないだけであって、そこまで言うほどセンスがないわけでもないと思うんだが。


「あはは……」


 二人にボロクソ言われたが、さすがに青羽もフォローできなかったようである。乾いた笑いが漏れるだけだ。もうそんな様子を見ていたら、心の中で思っていた反論も心苦しい言い訳に感じてしまう。


「はぁ……」


 自分の姿を改めて見下ろして大きくため息をつくと、意識を切り替えることにする。逆に考えれば、出不精の自分がこうやって女の子に服を選んでもらうなんて機会はレアだ。むしろプラスに考えるんだ。例え変態と言われた相手だろうと、女の子には違いない。一部の男にとってはむしろご褒美だろう。……自分はそういう性癖は持っていないが、まぁ細けぇこたぁいいんだよ。


 ……自分で言ってて悲しくなってきた。


「んじゃまぁ、選んでもらうとしますかね」


「よし、じゃあさっそく……と言いたいところだけど」


 軽く開き直って気分を入れ替えるが、空閑の言葉で待ったがかかった。


「うん? 何かあったっけ?」


「いや、そろそろ昼飯時だなと思って」


 スマホを見るともう十二時を過ぎている。確かにいい時間だ。ソフトクリーム食ったからか、そこまで腹は減ってなくて気が付いてなかった。


「じゃあ昼にしようか」


 三人を見回して言うと、特に反対意見はなさそうだ。


「何か食べたいものある?」


「わたしはなんでもいいですよ」


「あたしは……、軽めがいいかな?」


 空閑が二人に確認するもすぐに決まるはずもなく、ひとまずビーズモール入り口にあったインフォメーションを眺めてみる。いろいろあるけど、女の子と一緒にラーメンはNGって聞くし、ここはあれしかないか。


「パスタあたりが無難かな」


「お、いいんでない?」


「わたしも大丈夫ですよ」


「……あんたにしてはマシな選択肢じゃないの」


 ぼそっと呟いた言葉に特に反対意見はでなかった。若干一名ほど険が含まれている気もするが、いつも通りと言えばそうなのでスルーしておく。ここまでくれば俺も慣れたもんだった。

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