Q&A

Scene.52

 Q&A


「ごめんなさい……」

 床に散らばる白い破片を小さな天使が見つめる。

 割れた皿の破片を拾う。

 そんな牧師の姿を、お手伝い中だった白い天使は申し訳無さそうに見つめていた。牧師は微笑みながら、幼い天使に語りかける。

「気にしなくていいですよ、リーゼちゃん。お皿も人もいつかはこうやって壊れてしまうものです。このお皿は丁度、その“いつか”だったのですよ」

「じゃあ、いっぱい壊しても大丈夫なんだね! 人間もお皿も!」

「ああ、そういう訳じゃないんですけどね……」

「え?」

 白夜の世界。雪に閉ざされた教会は曇り空の下で荘厳に佇んでいた。

 今までリーゼの面倒を見ていたヘルガが診療所を始めたことで、リーゼの保護者が不在となるのは良くないと、イルゼが牧師に銃口を向けて頼み込んだことで、二人の奇妙な共同生活は幕を開けた。

 何かと興味津々な年頃のリーゼは、今日も牧師に尋ねる。

「ねェねェ、ロンメルは“ロリコン”なの?」

「え。誰に聞いたのですか?」

「イルゼお姉ちゃん! 牧師さんはロリコンだから気をつけなさいって。変なことされそうになったらぶっ殺しなさいって。ねェねェ、“ロリコン”って小さい女の子が好きなんだよね?」

「ええ。まあ……、そうですね」

「じゃあ、私のこと好きなんだよね?」

「はい。リーゼちゃんはお利口で可愛いから大好きですよー」

「私に変なことしたい?」

「それはその……。私は聖職者ですから。そういうことはしませんよ」

「ふーん。よくわかんないけど、ぶっ殺しちゃいけないのかー」

「あんまり人間は殺しちゃダメですよー……」

 最近、彼はこんな愚痴を精肉店のフィッシュ店長に漏らしている。

 育った環境って大事なんですね……。

 精肉店の店長は怪訝そうな顔で、いつものように無愛想に肉の包みを牧師に渡した。

 また、或る日のこと。

「ねェねェ、ロンメルは変態なの?」

「違います。それは誰に聞いたのですか?」

「ヘルガさんが言ってたの。牧師さんは変態だから、ちょっとでも身体を触られたらぶっ殺しなさいって。ねェねェ、変態って何ー?」

「そうですねー。自分の欲望のために、他の人には理解されにくい行動をしてしまう人のことです。その内、リーゼちゃんも解りますよ」

「ふーん。よくわかんないけど、まだぶっ殺しちゃいけないのかー」

「そういう機会を窺うのはやめましょう」

 最近、彼はベーカリーのライス店長にこんな愚痴を漏らしている。

 今の教育ってどうなっているんでしょうね……。

 ベーカリーの店長は怪訝そうな顔で、牧師にパンの入った袋を渡した。

 またまた、或る日のこと。

「ねェねェ、ロンメルって何でキモいの?」

「リーゼちゃん、どこでそんな言葉を覚えたのですか?」

「クロエお姉ちゃんが言ってたの。あの人ほんとキモい、死ねばいいのにって。ねェねェ、ぶっ殺していーい?」

「ダメです。それに私はキモくないです」

「嘘つきー。マジきんもーい」

「え……」

 最近、彼はオニオン・ジャックで食事中、隣のテーブルに座っていた年老いた殺し屋にこんな愚痴を漏らしている。

 兄弟の影響って怖いですね……。

 殺し屋は怪訝そうな顔で、僕に粉チーズを渡した。

 そして、また或る日のこと。

「ねェねェ、ロンメルは根暗なのー?」

「どうしてそう思うのですか?」

「オリガさんがメールに書いてたの。あの牧師さんって根暗よね? 気色悪くて堪らないわって。ねェねェ、ロンメル大丈夫?」

「暫く独りにさせてください」

「うわー。やっぱり根暗だー」

 教会の鐘楼の上、どんよりと曇った空を眺めて、彼は白い溜め息をつく。

 そして、彼は一心不乱に鐘を叩き出した。センチメンタルな鐘の音が、白夜の更ける街に、恨めしく響く。


 冴えない牧師ロンメル。

 年間を通して暗い顔をしている彼の顔が、最近、更にやつれてきた。街では教会に誰も行かないから、遂におかしくなったと噂されている。

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