Simple shoot

Scene.13

 Simple shoot


 慎重に、ベレッタのスライドを引いた。

 大通りから脇の路地へ入った先、幾つもの氷柱の下がる裏路地の軒下で、彼は音も無く銃を構えた。黒い銃身は真っ直ぐに。彼の両眸とベレッタの銃口は、黒いコートの男へと向けられている。シンプルな割に、額の大きい仕事だった。一人消せば、一生遊んで暮らせる。

 今、トリガーを引けば、そんな“当たり前”の幸せが手に入る。もうすぐだ。このトリガーを一度引けば……。

 結婚する前に豪勢な独身パーティーだって開ける。ストリッパーも呼べる。マリファナを吸いながら、おもしろおかしくやってればいい。そして、いつかは妻を迎えて、子どもが生まれて、工場のラインで働きながら、家に帰って家族と小さな食卓を囲む……。昔の仲間からはつまらない男になったな、なんてからかわれて。

 ああ、そうだ。大きな犬を買おう。子どもたちにとって、きっといいパートナーになってくれる。

 何、躊躇うことはない。

 一思いにトリガーを絞れば、それで幸せになれる。

「君、この仕事はいつから始めた?」

 黒いコートが翻る。

 同時に、銃声が聞こえた。その男は銀色のデザートイーグルから放たれた弾丸は、殺し屋が右手に構えていたベレッタを粉砕した。彼の右手から落ちた血が白い雪の上に散る。

 報酬の割りに、簡単な仕事のはずだった。組織を外れた殺し屋を消すなんて、よくある仕事だった。これまでも、何度かそういう殺しはあった。いつも通りのはずだった。今回の仕事で引退するつもりだった。

 何故だ。

 ブラウンの瞳を左右に泳がせて、彼は思考する。

 何故、こんな状況に置かれているのか。

「クライアントは誰だ? 鷲鼻か?」

「……さァな。俺は人を殺せと言われただけだ」

「クライアントからターゲットについて何も聞かなかったのか? 可哀相に。その腹黒いクライアントを教えてくれれば、命だけは助けてやるよ」

「それは……」

「どうした?」

「……やめとくよ。結局、失敗した殺し屋にあるのは終わりだろう?」

「解ってるじゃないか」

「俺だって初めての仕事ってわけじゃない」

「しかし、時にルーキー君。囁かな希望に賭けてみるのも、俺はいいと思うがな」

 白く、溜息をついた。

 氷柱の先端から雫が落ちた。それは、白い雪の上に小さな穴を空ける。弾痕の様に……。殺し屋なんて職業を続けていれば、いつかはそうなる運命なのだ。額か、心臓か、その結末は二つ。そんな職業だ。ベレッタなんてスマートじゃない。最近は、妙な奴らも増えている。核武装をしても足りないくらいだ。

 次は、上手く殺せよ。

 銀色の鷲が鳴く。

 たった一発。赤い屋根から、カラスが一羽、飛び立った。

 鋭い嘴が、男の心臓を貫いている。水滴が雪に空けた穴のように。

「まあ、どっちにしても、死ぬんだけどさ」


 氷の都トロイカ。

 大小様々な悪党が入り乱れるこの街に失業者はいない。時にそれは、人を殺せば生きていけるという、遣り甲斐を生むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る