#12





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「それで? なんでそんなワンピ着てるの?」


 グラスの内壁についた泡をストローの先でつつくと、壁を離れた泡が小さく揺れながら縦長のグラスの中を上がってゆく。

 その様子を見ながら、リエが言った。


「えー、変?」

「エ子には似合わないんじゃない?」


 エ子、と呼ばれたエリはふくれっ面をしてみせる。「なによそれー」


 エリは鮮やかな花の模様がプリントされたサンドレスを着ている。彼女は皿のマトウダイのグリルを食べながら答えた。


「リ子には似合うの?」

「おんなじ見た目じゃん…」リエの苦笑。「…って言っても、そういうフェミニンなのはどちらかといえば私向きじゃない?」

 リ子、と呼ばれたリエが答えた。


「そうかなー」

「恋でもしてるの?」

 リエの質問に、エリは双子の妹の顔をまじまじと見つめてしまう。


 ふたりは新市街のイタリアン・レストランでランチをとっていた。

 今日のランチは「A.マトウダイのグリル」か、「B.仔牛のカツレツ」。エリがA.マトウダイを、リエがB.仔牛をオーダーしていた。

 二ヶ月か三ヶ月に一度、こうして双子の姉妹は顔を合わせ、食事を一緒にとる。


 子どもの頃から変わり者で、しかしとても親密だったエリとリエ。誰にも理解されず、誰の理解も求めなかった双子たち。互いの尾を噛み合う二匹の仔猫のように、その小さなリングは完全に完結していた。


 小学生の頃に、双子はひと晩行方不明になる事件を起こしたことがあった。家族で避暑地の別荘に出かけた夏のことだ。

 人里離れた山あいの別荘地であり、夜中には明かりを灯す店もなくなる。そんな中、丸一日双子は帰宅しなかった。両親は地元警察に捜索願いを出し、ふもとの村の消防団が捜索隊を出動させる間際に、双子はふらりと帰宅した。

 特に衣服が乱れるでもなく、ただ「迷子になった」とだけ言って、それ以上道中の事柄を一切口にしない双子たちに、周囲の大人は戸惑った。が、なにより無事に見つかったことの安堵から、いつしかその疑問はかき消された。


 ―――それからしばらくの間、双子は互いを入れ替えて生活していたのには、両親ともに気づくことはなかったが。


「恋すると、変なワンピ、買う?」


 エリが尋ねる。自分の片割れに。

 高校生まで同じ部屋で寝起きし、同じ服を着て同じ下着をつけていた妹に。


「わかんない…でもエ子、そういうベタなとこあるからね」

「なによそれ」


 からからと、ふたりは笑った。

 オープンテラスのレストランの片隅に、涼しい風がふいた。

 エリはトールグラスに注がれたペリエを飲んだ。


「ところでこないだ、また見ちゃった」

 そう言って、エリは唇の端を笑みの形に曲げてみせた。


「私のビデオ? やめてよねー」笑いながら答えるリエ。


「で? どうだったの? ドキドキした?」

「リ子こそ、すごい感じてた風に見えたけど?」

「それは業務ですから」

「業務ね」


 と言ってふたりは呼吸で笑い合う。

 リエは左手のアレキサンドライトの指輪に触れる。陽光の下では深いグリーンに、電灯の下では濃い赤に色を変える不思議な石。彼女のトレードマークだ。リエは普段、いかなる時もこの指輪を外すことがない。

 アダルトビデオの女優をしている彼女は、仕事の時にだけこの指輪を外す。その時にする行為を「業務セックス」と呼ぶ。


 業務セックスは、身体の生理的な反応も使ってする、全身芝居なのだとリエは言う。目つきを変え、愛液を流し、タイミング良く潮を吹く。男優と呼吸を合わせて痙攣し、エクスタシーを表現する。


「業務じゃないセックスはしてるの?」

「道永さんと?」

 エリの問いに、リエは同棲中の恋人の名を告げた。

「他に相手が?」

「いないわよ。そんなにたくさんの人としていられないよ」リエは快活に笑った。

「道永さん、そろそろ結婚とか言い出すんじゃないの?」

「エ子が片付かないのに、妹の私が先に行けないわ」

「そんなこと、思ってもないくせに」エリもさわやかに笑った。

「お姉ちゃんこそ、どうなのよ?」

「業務じゃないセックスのこと?」

「愛ある奴のことよ」リエも苦笑を返した。

 エリは少し考えてから、答えた。

「愛があるかどうかは分からない。でも昨夜の年下の大学院生は素敵だったわ」




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