第11話 世話焼きカレンさん

 検査が終わってから俺とカレンは少し遅めの昼食をとることになった。

 場所は三葉重工のビルから数十分ほど歩いた所にある『アルカンシエル』という、虹をモチーフにしているパンケーキ屋さんだった。

 なんでも三葉重工がやっている事業の一つらしく、全国展開しているチェーン店なんだとか。

 そういえば伊織が来てみたいとか言っていたなぁ……と思い返しながらも、メルヘンチックな外装の店の中へ入った。


「いらっしゃいませ〜。ご予約のお客さまですか?」

「ええ。カレンよ。少し遅れてしまったけれど大丈夫かしら?」

「大丈夫でございます。お席の方へご案内致しますね」


 店員さんに連れられて、俺とカレンは奥の方の二人席へと通された。

 内装は小洒落たカフェのようで、客層も比較的若い女性や学生が多い気がする。

 ……そして、その視線が俺とカレンに集中しているのは気の所為じゃないと思う。

 今日のカレンはフリルがふんだんに使われた水色のワンピースで、いつもよりは派手ではないものの、下手に飾っていないので本人の魅力が直に出ている。

 俺は急に一ノ瀬家で泊まることになったので、伊織が予め持ってきていた服を着ている。

 そのチョイスが白いワンピースで、図らずともカレンと色違いのようになってしまったため、姉妹とでも見られていそうだ。


「こちらはメニューになります。お決まりになりましたら、ボタンを押してお呼びください」


 店員さんがメニューの書かれたシートを置いて去っていったのを確認して、カレンが早速メニューへ目を通して、


「さ、何にする?」

「……と言われてもね。こういう店にあんまり来たことないし」


 伊織に連れられて来ることはあっても、自分の意思ではあまり来ようとは思えないのだ。

 未だに自分には場違いな空間のように思えて、なんとなく気が引けてしまう。

 ただ勘違いして欲しくないのが、こういうお店は別段嫌いではないという点だ。

 可愛い洋服を見たり、スイーツを食べるのはむしろ好きなのだが、一人でいるにはハードルが高いというだけだ。


「じゃあ、梓ちゃんはオススメの『アルカンシエル』にしましょうか。看板メニューだし」


 メニューの一番上に写真付きで紹介されている『アルカンシエル』は、ふわふわのパンケーキに虹色を構成する七色のアイスクリームが乗せられたものだった。

 美味しそうではあるけれど、ここまでのものを選ぶ気にはなれない。


「いや、やっぱり自分で選ぶことにするよ」

「そう? 出来れば別々のにしたいわね」


 それから少し考えて俺が頼んだのはマンゴーパンケーキで、カレンはベリーベリーパンケーキというものだった。

 このお店では注文を受けてからパンケーキを焼き始めるらしく、暫く時間がかかるとのことだった。


「来るまで時間があるみたいだし、先に仕事のスケジュールを送っておくわね」


 カレンがタブレットを操作すると、俺の携帯に入っているメッセージアプリに通知が届いた。

 もちろんカレンからなので、付属されていたファイルを開いてスケジュールを確認した。

 パッと見では週に撮影が二日ほど入っているくらいで、それ以外は割とフリーになっているようだ。


「今のところはそれくらいだけど、多分増えたりはしないと思うわ」

「そうなの?」

「無理強いしてまでやらせようとは思わないわよ。……それにしても、自然に女の子みたいな言葉遣いや仕草をするようになったわね」

「仕込んだのはカレンと伊織でしょ……」


 自分でも驚くくらい自然にやっているのだが、はやり身内の前とそれ以外で性格を使い分けるのにも慣れてきたのだろう。

 それもカレンと伊織の“女の子指導”のお陰なのだが、素直に感謝する気にはなれないけれどね。

 でも、仕事がここまで少ないのは意外ではあった。


「わたしとしては仕事が少ないに越したことはないけれど。伊織がちゃんと暮らせるならそれでいいよ」

「……ほんとシスコンね」

「それは今更だから治らない」


 開き直ってしまったが、あんなに世話を焼いてくれて可愛い妹が嫌いな人間がいるのならそいつは多分心が死んでる奴だ。

 昔から仲は良かったが、あの日以来はさらにベッタリになってしまったのはどうにかしないととは思っているけれど。


「ま、仲がいいのは良いことよ。……もしかして梓ちゃんを嫁に貰ったら姉妹丼に出来るのかしら」

「怖いこと言うのはやめて」


 隙あらばこんなことを言っているから、微妙にカレンのことを信用出来ないんだよなあ。


「大丈夫よ。私が全部リードしてあげるからっ」

「いや、ほんとそういうのはいいから」


 キッパリと断って、もうこの状態のカレンには構わないようにしようと心に決めて、深く溜息をついた。


「若いのに溜息なんて、幸運が逃げちゃうわよ?」

「……誰のせいだと思ってるの」

「そんなに私のことを思ってくれていたのね」


 うっとりとした表情でふざけた返事をするカレンに若干の苛立ちを覚えた。

 何故そんなにポジティブシンキング出来るのか、是非俺にも教えて欲しいものだ。


「そういえば、何か困っていることはないかしら?」

「……特にはないかな」


 少し考えてからそう答えると、「それは良かったわ」と返事が返ってきた。

 実は、俺と伊織がこの生活に至るまでに、カレンには結構お世話になったのだ。

 仕事はもちろん、性別が変わってしまった俺の戸籍や探索者としてのデータを弄ったりと、色々やってくれたのだ。

『三葉』というのは国の要人にも都合上顔が利くらしく、この程度は御茶の子さいさいらしい。


「お待たせしました〜。ご注文のお品です」


 そうしているうちに、頼んでいたパンケーキが運ばれてきて、会話もそこそこにして遅めのランチタイムへ移行した。



「美味しかったでしょう?」

「まあ、確かに」


 完食してしまったお皿を前にして、緩んでしまいそうになる頬をカレンに勘づかれないように努力しつつ答えた。

 女の子は甘いものが好きだと良く言うけれど、その意味がよくわかった気がした。

 ふわふわもちもちのパンケーキとフルーツの程よい甘さが絶妙なバランスで、どれだけ食べてもまだ食べられると思える美味しさだった。

 ……胃袋の方まではそうではなかったが。


「今度伊織ちゃんも連れてきましょう」

「そうしてくれると助かるよ」


 それからは会計を済ませて、予め呼んであったらしい例の高級車で送って貰うことになった。

 恐る恐る車へ乗り込んでから伊織に連絡を取ってみると、まだ一ノ瀬家にいるらしいので、そっちへ行くことになった。

 全く振動が伝わってこない安達さんの運転する車に乗っていると、今日の疲れが湧いてでたのか、なんだか眠くなってきた。

 瞼がゆっくりと降りてきて、首がこくりこくりと上下する。


「あら、眠いの?」

「……ん、ちょっと」

「じゃあ、膝枕でもしてあげるわよ」


 カレンがポンポンと自分の太もものあたりを叩いて、視線がそこへと移動する。

 ワンピースの裾で隠れているものの、その下にあるのは女の子の太ももで……。


「……いや、いきなり何言ってるの」

「何って、膝枕しないの?」


 首を傾げながら返事を待つカレンを見て、少しばかり考える。

 眠るなら少しでも環境は良い方が嬉しいけれど、やるのかカレンだしなぁ……。

 けれど一ノ瀬家には三十分もあれば着くだろうから、その間くらいなら良いだろうか。

 流石のカレンも寝込みを襲うようなことはしないだろうから。

 ……しない、よな。

 そこはカレンの良心を信用しなければならないが、あれでも線引きは理解しているようだし。


「……じゃあ、少しだけ」

「それでいいのよ。さ、おいで」


 ミュールを脱いでから、促されるままに頭をゆっくりと太ももへ乗せて横になった。

 ワンピースの滑らかな生地越しに感じる人肌の温もりと、程よい弾力と柔らかさの太ももが、再び眠気を誘う。

 すっかり体重をカレンへと預ける形になってしまったが、それを気にする様子は見られない。


「重くない?」

「まったく重くないわ。羨ましいくらいよ」


 そんなに軽いのだろうか。

 だが、今考えることでもないなと思い、本格的に眠ろうと意識を傾けた。


「……着いたら起こして」

「はいはい。ゆっくり眠っていなさい、梓ちゃん」


 カレンらしからぬ優しげな声と共に頭を撫でられるものの、もう抵抗する気はなかった。

 髪を手櫛で梳かれる感覚を断続的に感じていたが、いつの間にか感じなくなってきて……。

 やがて、夢の世界へと旅立っていた。



「んぅ…………ぁ」

「起きたのね。よく眠れた?」


 カレンの声が上の方から聞こえて、そちらへ振り向くと大きな何かが視界を遮っていた。

 寝惚けたままの頭を動かして現状把握に努めると、膝枕で眠っていたことを思い出した。

 そして、着いたら起こしてと言っておいたはずなのに、カレンは起こしてくれなかったらしい。


「今どこ?」

「適当にドライブ中よ。あんまりにぐっすり眠ってたものだから、起こすのが忍びなくてね」

「……そういうことね」


 そこまで深く眠っていたことにも驚きだが、外の景色が暗くなりつつあるのを見て二度驚いた。

 時間を確認すると夜の七時前で、車の中で三時間くらいは寝てしまった計算になる。


「安達さん。梓ちゃんが起きたみたいだから一ノ瀬さんのところへお願いします」

「わかりました」


 短いやり取りが行われ、これから一ノ瀬家へと向かうことになるらしい。

 目が覚めたので膝枕から起き上がろうとすると、頭の上に手を置かれて止められた。


「どうせなら着くまでこのままでいましょ」

「……まあ、それでもいいか」


 膝枕をされているのを心地いいと感じてしまうのが悔しいが渋々ながら了承して、そのまま一ノ瀬家へと向かうのだった。

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