第19話 玉座の間へ

「最初の問題はあの番犬共をどうするか、です」

 鉄格子の隙間から覗くと、人の大きさ程もある大きな犬が二頭、扉の前に居座っているのがわかる。他に見張りはない。時折、首を振ったり欠伸をしたりする姿には可愛げがあるのだが、のこのこ牢屋から出てきたミア達を前にしたらどうなるのかはわからなかった。

「竪琴で眠らせてみる?」

「現実的な話をしてください。どこに竪琴があるんです誰が奏でるんですどうやって眠らせるんですか」

 攻撃用占星術を使えば倒せる。しかし音を聞きつけて他のマレが駆けつけてきたら意味がない。それに、玉座の間までは可能な限り力を温存したかった。

 あれこれと二人で話していると、不意に番犬二匹が耳を立てて起き上がった。勢いよくどこかへと走り去った時にはミアにも外の喧騒が聞こえてきた。

「何かしら?」

「ハリスがリベンジに乗り出したか、あるいはアトラスですね」

「たぶん、アトラス……だと思う」

「どうしてわかるんです?」

 同じく窓の外を覗いてオルフィも納得した。

「アトラスですね。間違いなく」

 ハストラングの城目がけて大量のオレンジ色の球体が転がり込んでいる様を見れば誰の仕業かなんて自ずと知れてくる。ただのカボチャかと思いきや、止まった瞬間に爆発するという世にも凶悪なカボチャだった。防ごうとあわてふためくマレ達の姿は実に哀れだった。無駄だと知っているからよけいに。

「絶好のチャンスです。今の内に行きましょう」

 オルフィはホロスコープを起動させた。ネメシス内にあっても平時と変わらず〈星〉は輝いている。

〈零時の鐘楼〉と開発者トレミー=ドミニオンは名付けた。発想と名の由来はあるおとぎ話から。あらゆる術の効果を一時的に打ち消す占星術はしかし、構成の複雑さから体得出来る者は本人以外いないとされていた。そこまでして体得するだけの価値がないと天星宮のほとんどの星読師が判断したのだ。が、その複雑難解な術を幼い弟弟子に叩きこんだとんでもない兄弟子がいたらしい。

「まさかこんなところで役に立つとは思いませんでしたが」

「ドミニオン導師のおかげね」

「だから余計に腹立たしいのです」オルフィは拗ねたように口をへの字にした「文句も礼も、言いたいことはたくさんあるのに、聞いてもくださらない」

 オルフィが発動したのは〈探索〉だった。場内の構造をくまなく調査。玉座の間の位置とそこに辿り着くまでの道筋を弾き出す。

「ハストラングは玉座の間にいるはず。たぶん、イオもそこにいるわ」

 玉座の間だけは隔絶されているかのように中を探ることができない。しかし他にハストラングと思しき反応はないと言う。星騎士イオも同様。消去法からしても玉座の間である可能性は高い。

「いずれにせよハストラングを押さえればイオとベルも奪還できるでしょう」

「それにしても〈不死の大公〉ハストラングを人質に取るなんて大胆ね」

「他に方法があるなら僕としても避けたい無謀な策です」

 と言いつつもオルフィとてまんざらでもないようだ。いそいそと占星術を用いて牢屋の鍵を解除する。

「失礼ですが姫は走れますか?」

「平気よ。速いかどうかはわからないけど、ジャックとおいかけっこして勝ったわ」

「それなら大丈夫ですね」

 目的地は決まっている。そこまでの道筋も決めた。あとは覚悟を決めて突撃するだけだ。牢屋の扉を開けて、周囲にマレがいないことを確認。一気にオルフィとミアは駆け出した。

 離塔から本城に続く回廊に差し掛かったところで前方に大きな影ーーマレだ。獅子に似たマレは、ミア達の姿を認めると大きく口を開けて咆哮した。

「行きますよ!」

 速度を緩めずにオルフィはホロスコープを起動させた。先制の火炎弾が飛ぶ。炎の塊は獅子に当たるのと同時に膨れ上がり、その身体を包み込む。苦痛の叫びが回廊に響く。悶え苦しむマレの横をオルフィとミアは走り抜けた。

「追ってくるかも」

「そう思うのなら止まらないでください」

 進行方向に落ちていた瓦礫をミアは飛び越える。何でこんなところに瓦礫がーー見上げた天井にはポッカリと穴が空いていた。

「まったく限度というものを考えてほしいものですね!」

 苦情を言ったオルフィは次いで現れたマレも一撃で昏倒させた。その動きには無駄がない。にもかかわらず玉座の道のりは遠かった。

 ミアは目を泳がせた。たしかにこれは酷かった。廊下には亀裂や窪みが至る所にあり、途中で完全に断ち切られているような連絡通路まである始末。壁がぶち抜かれて中が丸見えの部屋。窓も壁も天井もなく風通しの良すぎる剥き出しの回廊。オルフィが最短距離を選んで進んでいるにもかかわらず、何度も迂回をしなければならなかった。

 アトラス曰く「ハストラングの城を半壊」はあながち誇張とは言えなかった。イオの時は無我夢中で気づかなかったが、自分は大暴れしたようだ。

 敵が現れる度にオルフィはほとんど一撃で倒し、後ろには目もくれない。ミアが占星術を使うのも頑として許さず、ひた走る。当然、オルフィの〈星〉も体力も消耗は激しい。しかし、彼の計算では玉座の間までは保つという。他に名案があるわけでもないミアはオルフィに従うしかなかった。

 オルフィが力尽きる前に見覚えのある鉄製の扉を目にした時は心底安堵した。

 が、その前には立ちはだかるマレの姿にミアは顔を強張らせた。今回はハリスではなかったが、玉座の間を守るに不足ないマレ。

「やはり来たか、極星を宿せし者よ」

 苦虫を噛み潰した顔で呟くタラセド。配下は一人もいない。人質にしていたベルの姿も。別室に閉じ込めているのか、それともーー頭に浮かんだ考えをミアは振り払った。いずれにしてもいい結論には至らない。

「陽動作戦とは姑息な手を使う」

「やはりあれはアトラスのようですね」

 オルフィがミアにだけ聞こえる程度の小さな声で囁いた。ミアもタラセドを捉えたまま微かに頷く。彼にしては珍しい派手な占星術は連中の気を十分に引きつけてくれている。裏切り者呼ばわりは撤回せねばならない。

「ベルはどこ?」

 タラセドは無言で後ろを指差した。目的地である玉座の間。好都合ではある。ミア達が囚われたおざなりな牢屋といい、イオで襲撃した時に受けた城の損傷はかなりのものだ。他に閉じ込める部屋がなかった、というのがタラセドの本音だろう。主が眠っているのをいいことに好き勝手にやっている。

「人質に取らなくていいのですか」

「たかが二人のベネ相手にか?」

 ずいぶんな自信だ。同じく自信過剰な気のあるオルフィが先立って進み出る。

「僕の推測では、玉座にいるのは眠っているハストラングとベルだけでしょう。他に配下が潜んでいるとは考えられません」

それはミアも知っていた。タラセドが背にしている鉄門扉は結界の入り口。一定の輝きに満たない〈星〉は中に入ることすら叶わない。そういう結界が玉座の間には張られている。アルディール王国の王宮と天星宮とは真逆の結界だ。力あるマレを拒み、弱体化させるベネに対し、マレはベネやマレを問わずとにかく弱いものを排除する。

マレで言えばハリスやタラセド、セギヌスら程度。ベネでは導師級の星読師以上でないとこの結界は越えられない。弱肉強食。マレの本質を体現したような扉だった。

「ベルって強かったのね」

「そのようで」

意外な事実が発覚した。腐ってもライラ導師の弟子、といったところか。それはさておき、ただでさえ限られた者しか入れない部屋の入る資格を持つものが激減。おまけにアトラスの陽動作戦でハストラングの配下は皆浮き足立っている。今を逃せば勝機はない。

「姫は先に行ってください。」

「私も戦えるわ」

「わかっています。あなたはここまで来たのですから」

「でも、」

「ご心配なく。自分の身は自分で守ります」素っ気なく言ってからオルフィは「死にませんよ、いざとなったら〈転移〉で天星宮に帰りますから」とぶっきらぼうに付け足した。

「最後までお供できないのが無念ではありますが」

 ミアは首を横に振った。十分以上だった。

「……ところで姫」躊躇いがちにオルフィは姉弟子の名を挙げた「ベルのことですが」

 不安、迷い、そして苦悩の悲痛に歪んだ顔だった。オルフィに皆まで言わせず、ミアは唇に人差し指を当てた。

「わかっているわ。大丈夫よ」

 オルフィは目を伏せた。が、やがて意を決したようにタラセドをーー扉の向こうにある玉座の間を見据えた。

「ご武運を」

「あなたも」

 少し考えてからミアは「ありがとう」と言った。もう二度と会えないかもしれないと思ったらどうしても言いたくなった。オルフィは片手を挙げてホロスコープを展開した。まばゆい光が彼の頭上で炸裂。不意を打たれたタラセドは思わず顔を背ける。

 ミアは駆けた。ひるんだタラセドの脇を通り抜けて扉へ。見上げる程の大きさを持つ扉はあっさりと開いた。

「こざかしい!」

 背中から殺気が膨れ上がる。が、オルフィが間髪入れずに追撃したのだろう。ミアが身体を滑り込ませた直後、重厚な扉は閉ざされ、くぐもったタラセドの声が途切れた。

 玉座の間に足を踏み入れるのはこれで二回目だ。

 息を切らしたミアは大きく胸を上下させつつ、周囲を見渡した。城は酷い有様だが、この部屋だけは体をなしていた。アルディール王国の謁見の間よりも広い間には絨毯などといった洒落たものはなく、天井を支える柱がある他には何もない。

 いや、階段を数段上った玉座におわすマレの姿があった。

「……ハストラング」

 玉座に腰かけていたのは〈不死の大公〉だった。苦み走った顔。人間で言えば四十かそこらの男が、先日イオが倒したはずのマレだった。その瞳は閉ざされ、ただ眠っているだけのようにも見えた。

「イオ」

 ミアは感嘆のため息と共に騎士の名を呼んだ。玉座のすぐ裏にある柱に背中を預けるようにして見覚えのある赤髪の騎士が覚醒の時を待っている。数日前と何ら変わりない。隻腕を庇うようにして腕を組んでいる。

 何故、星騎士イオはミアの前に現れたのか。

 何故、ハストラングはミアを殺さなかったのか。

 そして何故、星騎士イオは攫われたのか。

疑問は限りがない。ミアはあれこれ思案することを止めた。ここまで来てしまえば、あとは覚悟の問題だった。大丈夫。ここにはイオもいる。自分は戦える。

「一人で来たわ。お望み通りなのでしょうね」

ミアはハストラングに背を向けた。支柱の一つに向かって声を掛ける。

「ねえ教えてベル、イオを攫い私をここまで導いた目的はなに?」

 支柱の陰からひょっこり顔を出したベルは邪気のない笑みを浮かべた。可愛らしくさえあった笑顔だった。

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