第15話 アトラスの秘め事

「夜分に失礼」

言葉の割には悪びれる様子もなく入室してきたマレは、それと知らなければ普通の人間にしか見えなかった。

 優男一人。十四の小娘とはいえ、極星を持つ星読師相手に大した度胸だった。喪服を思わせる黒い装束に映える金髪。顔の造形は柔らかいが、どこか底が見えない。

「はじめまして、と言うべきなのかな極星の姫。もっとも、君と会うのはこれで二回目だけど」

 男は優雅に一礼し、ハリスと名乗った。

ミアには見覚えがあった。厳密に言うなら『イオ』だった頃に。ハストラングの配下だ。一戦交えた時の記憶は鮮明だった。玉座の間目前で立ち塞がった最後の障害ーーなだけはあって強かった。それでも戦えばイオが勝つ。しかし、無傷では済まないと予想できた。

 だからイオはハストラングに無理やり一対一の直接対決を申し込むことでハリスとの戦いを避けた。

 結果、主であるハストラングが星騎士と戦い、そして敗れる様を目の当たりにした彼は茫然自失。イオが慰霊塔へ向かうのを止める気力もなく、倒れたハストラングを悪夢だと言わんばかりにただ見ていた。

「私に何のご用?」

 あっさりと聞く姿勢を見せたからだろう。ハリスは少々面食らう。部屋を見渡し、小さく笑んだ。

「……アトラスとは離れたようだね。賢明な判断だ」

「どういう意味?」

「『破滅の使者』とはよく言ったものだよ。あいつは日和見をする死神だ。マレとしての矜恃はおろか予言者としての分別すら持ち合わせていない。面白半分に滅びの〈予言〉を当人に伝え、混乱する様を傍観し、そしてまた新たな破滅を撒き散らす」

 ハリスの笑みが深まる。

「ハストラング様の時もそうだった。極星の姫を攫うように唆しておきながら、いざ星騎士に敗れたらあっさりと姫を明け渡した」

「私にアトラスの悪口を吹き込むためにわざわざいらっしゃったのなら、余計なお世話よ。もう十分聞かせていただいたわ」

 なにぶん、つい先ほどまで話をしていた。お互いに気が合わないと確認したばかりだった。

「じゃあこれも知っているかな? 彼が元々ベネの人間だったということは」

「え……?」

「今でこそマレフィックを胸に抱いているが、アトラスはれっきとした人間だよ。大公アルコルが〈予言宮〉欲しさに彼の〈星〉を赤く染めあげなければ、今頃は天星宮のイスにふんぞり返りつつ、君に刺客を放っていたかもしれない」

 ミアは呆気に取られた。アトラスがベネの人間だったこと。マレで唯一の〈予言〉を行える理由。どれも初耳で驚愕に値する事実だが、一番驚いたのはベネの人間がマレになることだ。極星がそうであるように、抱く〈星〉をマレフィックによって赤く染めるのは、理屈上では可能だ。ミアもそれは知っている。しかし、マレになるなんて発想には至らなかった。

「もっと教えてあげよう。姫はこう考えているのだろう? 先々代の極星の姫ニアンナはハストラング様に攫われたから、当時の星騎士が『誠心の刃』を発動させ、殺された、と」

 ミアが頷くよりも先にハリスは「それは正しくない」と言った。

「ニアンナが攫われたから『誠心の刃』を発動したのではなく、星騎士がハストラング様に破壊されたから『誠心の刃』が発動しニアンナは死んだ」

「……どういう、意味」

「驚かれるのもごもっとも。マレが星騎士を利用して極星の姫を殺すなんて前代未聞だ。でもハストラング様がそうした理由は姫も既にご存知のはず」

 思わず倒れてしまいそうになる足にミアは力を込めた。崩れたら最後、二度と立ち上がれなくなるような気がした。

「アトラスを『日和見する死神』と呼んでいるのはそういう理由さ。嘘を使わずとも人は騙せる。ましてやあいつは予言者だ。言葉に長け、他人を惑わして生きてきた者」

 ミアの動揺を愉しむかのようにハリスは小さく笑った。

「あいつはまるで最近のことのように言っていたが、実際に滅びの予言がなされたのは、姫が生まれた時、極星がニアンナに宿っていた頃ーー姫の母君はアトラスの予言ゆえに殺された」

 ミアは息を飲んだ。

「矛盾しているわ」

「何故そう思う?」

「だって、母が殺されたのなら〈予言〉は成就したはずでしょう」

 ハストラングが自分を攫う必要はなかった。もしかしたら極星狙いだったかもしれないが、それならばアトラスが嘘をついた理由が見当たらない。

「だからハストラング様は躍起になったんだ。間違いなく殺したはずなのに〈予言〉は成就しない。何度策を弄して姫に害をなそうとしても滅せない。新しい姫はつつがなく生まれ、極星は受け継がれていく」

 歌うように軽やかにハリスは言葉を紡いだ。まるで遠い昔のおとぎ話のように。

「お気づきではないかもしれないが、ハストラング様はこれまで幾度となく姫を殺そうとしていたんだよ? 姫が幼い頃から、ずっと」

「まさか」ミアの脳裏にイオの寂しげな微笑が蘇った「トレミー=ドミニオンは」

「殺されたよ。姫を殺そうとしたハストラング様に」

 失踪ではなかった。彼は二度も殺されたのだ。ニアンナとミアのせいで。

(あの時のイオは、自分が殺されると知って、私に会いにきたの……?)

 だからこそ星騎士をミアに託した。アトラスの〈予言〉が正しければハストラングを倒せるのは極星の姫だけだ。

「どうして……」

 茫然とした呟きが唇から漏れる。ハストラングを倒すことがイオの遺志なのだろうか。ミアにハストラングを殺させるためにイオーートレミー=ドミニオンは星騎士を密かに渡したのだとすれば。ただの手段としてミアに会いに来たのだとすれば。

「ハストラング様の特性を忘れたのかい? 星騎士の身体を乗っ取れば結界内を自由に動き回ることができる上に、極星の姫へのお目通りも叶う。命を奪うこともたやすい」

 ハリスが答える。が、どうも見当違いだった。ミアの「どうして」をはき違えているらしい。訂正する気も起きなかった。

「ところが星騎士に憑依する前にドミニオンを殺してしまった。ハストラング様は撤退せざるを得なかった」

 熱っぽく語るハリスにミアは後ずさった。手の震えはもはや隠せないほど大きくなっていた。

 アトラスが黙っていたこともまた衝撃的だった。彼はそんなことを全く匂わせなかった。何故。自分が怖気づくと思ったのだろうか。それとも後ろめたさから話せずにいたのだろうか。

「それを私に教えたところでーー」

 何が変わるのだろう。我が意を得たりとばかりにハリスは饒舌に語った。

「提案があるんだ。アトラスの滅びの〈予言〉に従う必要は我々にはない。むしろお互いに手を組んで、予言に打ち勝つ方が得策だ」

「予言に逆らえるの?」

「前例がないわけじゃない。だからこそアトラスも躍起になって君とハストラング様を敵対させようとしていた。予言が絶対ならば彼が関与する必要はない。ただ静観していればいいことだ。君が協力してくれるというのなら、マレフィックに誓って危害を加えないと約束するし星騎士イオも返そう」

「……協力」

ミアは反復した。ハリスは意味ありげに肩を竦める。わかるだろう、と言いたげな仕草だった。アトラスを引き合いに出した理由に気づく。

「できないわ」

「何故? 簡単なことじゃないか。ただ私と共にマレに来て、ずっといてくれればいい。星騎士は我々の手の内にある。領域内に入ってしまえば天星宮にはどうすることもできない」

 マレフィックの影響下にあるネメシスではベネフィックは力を失う。天星宮の星読師は占星術ができなくなる。しかし、今ミアが問題としているのはそんなことではなかった。マレフィックの光を浴び続ければ極星と言えど赤く染まる。

「マレに極星を渡すわけにはいかない」

 ハリスは首を傾げた。心底不思議そうな顔だった。

「何故?」

「な、何故って……」

ミアは二の句が継げなかった。

「極星はベネが独占していいものだと誰が決めた? 仮にマレに渡ったとして世界が滅びることはない」

「伝承が本当なら、海が嘆いて大地が荒れる」

「でも滅びはしない。ベネがほんの少し豊かではなくなるだけだ」

 ミアは左胸と鎖骨の間を手で抑えた。伝承には極星が奪われて古代王国が混乱したとあるが、目に見える災害があったかは不明だった。

「たとえそうだとしても、私が勝手に決めていいことではないわ」

「君が胸に抱いている星なのにどうして自由にできない? おかしな話じゃないか。マレから守るのも命を賭けるのも君だというのに」

 ミアは肯定も否定も出来ない。極星を宿したその瞬間から、ミアの前には分岐のない一本道が示されていた。それを外れることは自らの存在意義を揺るがしかねない恐怖であり、考えたことすらなかった。

 極星と共にマレへ行く。もう監視されることはなくなる。父親から討手を放たれることも、強制的に眠らされることもない。どこで何をしようがミアの自由だ。

 ただ、極星を赤く染めてしまえばーー

「……そうね」

 ミアは腕を下ろした。床に落ちたリンゴを拾いついでに、もの言いたげなジャックを腕に抱える。考えるまでもなかった。

 自分を殺そうとし、母を殺した者をどうして信じることができるだろう! 後ろ手に持っていた玉を床に投げて踵を返す。

「うわっ」

 短い悲鳴と閃光を背後に窓を開けてジャックを落とし、次いで自らも外にある大きな木に飛び移った。荷物を持っていく暇はない。黒い箱ーーイオの腕だけをなんとか背負う。泊まる前に確認しておいたことが役に立った。ベルからもらった閃光弾も。

 しかし、木から降りたところで、ミアは囲まれた。

闇夜にきらめく二対の目がたくさん。群れをなして待ち構えていたのはーー

「い、犬!?」

犬にしては大きく、鋭角的な顔つきをしている。ミアが思わずあげた大声にも動じない。

「狼だよー」

腕の中のカボチャが訂正した。

「でも、外の反応は二人だって……」

「人のねー」カボチャは陽気に訂正した「その反応も消えてるからー、たぶん喰い殺されちゃったんだろうねー」

 誰に、とは訊くまでもない。目の前の犬もとい狼に、だ。町がやたらと静まりかえっている理由も想像がついた。みんな息を潜めているか、息の根を止められているか、はてさてどちらだろう。

 町の人を心配ばかりもしていられない。脅威はミアの目の前にあった。

犬とどう違うのかはいまいちわからないが、とりあえずミアは引きつった愛想笑いをした。笑顔は挨拶と同じく相互理解の第一歩である。故に相手が笑い返してくれないようなら絶望的とみていい。

 群れの代表と思しき狼が低く唸った。

「なるほど。よくわかったわ」

 ミアは納得し、身を翻して逃げ出した。脱兎のごとく。

 反射的に追いかけようとする狼にジャックが渾身の体当たりを決める。超弾性を利用して返ってきたカボチャは走るミアに訊ねた。

「戦わないのー?」

「ご冗談っ!」

 多勢に無勢だ。王家の威光とやらで恐れおののいて引き下がってくれるものなら苦労はない。ましてや相手は獣だ。身分どころか言葉も通じない。

 ミアは入り組んだ路地を曲がったり、でたらめに走った。吠え声を背に冷静な部分が告げる。

(逃げ切れない)

 慣れない町中に多少手こずっているようだが、身体能力は向こうが上だ。もうじき追いつかれる。ジャックは正しかった。戦うしかないのだ。大丈夫。自分は極星の姫。ファイノメナで最も力ある星を胸に抱く星読師ーーミアはちらりと後ろを見やった。なおも息荒く追ってくる狼たち。闇夜に映える鋭い牙。決断は早かった。

「無理よ」

 カボチャは跳ねながらケタケタと笑った。「情けないねー」とかなんとか言いながら、ジャックはミアを誘導したり積み重ねてある箱を倒して狼の追跡を阻んだりする。

 が、何度目かの角を曲がったところでミアは転んだ。慌てて起き上がる暇に狼が一頭、飛びかかる。反射的にミアが目を閉じたのと、占星術が発動したのは同時だった。

 牙がミアに触れそうになった瞬間、狼の身体ごと弾き飛ばされた。不可視の壁を生み出す防御占星術〈万華鏡〉だ。

「さすがは極星の姫、抜け目ない」

 揶揄するような声は頭上から、ミアは弾かれたように振り返った。

「大将ーっ、大将ーっ」

 カボチャが全体で喜びを表現する。ミアの内心は複雑だった。話が通じる分狼よりはマシだが、かといって相互理解に至るほど親しくもない。何よりも、先ほどハリスから聞いたことを捨て置くことはできなかった。

 ともすれば意識せずとも足は後ろへとーーアトラスから離れようとする。

「どうした?」

「あなたがハストラングに滅びの〈予言〉を告げたのはいつ?」

 ハリスもハストラングも信用できない。マレと手を組むなんて論外だ。しかし、それはアトラスにも当てはまることだ。

「何を突然言い出すかと思えば。それと今の状況にどういう」言いかけたアトラスは思い至ったように一度口を噤んだ「……ハリスか」

 苦い顔で舌打ち。余計なことを、という呟きまで。

「話は後だ」

アトラスはミアの背中に腕を回した。もう片方の腕は膝裏に伸ばされる。

「え、ちょっと、ま」

突然の浮遊感。アトラスは問答無用でミアを抱きかかえた。

「僕もー僕もー」

ミアの胸にジャックが飛び込む。

周囲を警戒しつつ、血のついた布をアトラスは放り投げた。ホロスコープを操作して自らの背丈よりも大きい手を出現させる。人間にあらざる鋭い爪を持つ魔手は、いつぞやヤギ角のマレを殺したものと寸分もたがわない。ミアの胸に恐怖がせり上がった。

「ひっ……っ!」

「動くな」

 身じろぐミアを押さえ込み、アトラスは魔手にその身を委ねた。大きな手に包み込まれ、視界が黒く閉ざされる。ミアは思わずアトラスの胸元にかじりついた。音も光も遮断された空間は、マレの術で眠りにつく時を彷彿とさせた。

耳元で微かに笑う気配がする。

「相変わらずだな」

言外に臆病と笑われてもミアは反論できなかった。アトラスの姿を認めた時、ほんの一瞬とはいえ安堵したのは事実。ハリスの話を聞いた直後でも、だ。あってはならないことだ。彼もまたマレだというのに。

 意を決してミアは再び問い掛けた。

「……母とドミニオン導師を殺したのはハストラングだったのね」

 アトラスは腕の中のミアを見下ろし、しばし考えてから答えた。

「そうだな」

「あなたの〈予言〉を聞いたから」

 言葉に含まれた棘をアトラスは的確に読み取ったようだ。片眉が上がる。不機嫌になるかと思いきや、冷静な口調のままだった。

「そうだ。俺の〈予言〉を聞かなければハストラングは極星の姫を殺そうとはしなかったはずだ」

「最初から、知っていたのね」

 ミアの身体が震えた。恐怖ではなく怒りで。

「俺は言った」

「嘘よ」

「本当だ。天星宮まで足を運んで〈予言〉を告げた。だが誰も信じなかった。多少は警戒したかもしれないが、星騎士を利用することまでは思い至らなかったようだな」

 可能性としては考えられた。マレがした〈予言〉を天星宮の星読師達が聞いたらーーまず疑ってかかる。真偽を確かめる時間の分だけハストラングに後れを取った。

「仮にそうだとしても、私には黙っていたわ」

「天星宮の人間も、な。都合の悪いことは隠しておくのはマレでもベネでも同じことだ」

 他人事のように冷静なアトラスにますますミアは怒りを覚えた。自分の〈予言〉のせいで既にニアンナとトレミーの二人が死んでいるというのに、まるで責任がないように振舞っている。それどころか天星宮も同じだとーー悪いのは自分一人ではないと言わんばかりに開き直っている。

「どうして黙っていたの? 私が怖気づくと思ったから?」

「特に理由はない。わざわざ言う必要もないと考えた」

「言うべきでしょう! 他の誰でもなく、私には!」

 ミアは姫としてのたしなみをかなぐり捨てて叫んだ。

「ハストラングが殺したのは私の母よ? その上イオまで……っ!」

「そうなると思ったから黙っていたんだがな」

 煩わしげにアトラスはひとりごちた。

「感情に支配されるな。仮にも星読師ならば冷静に、真実を見据えろ。十四年前や七年前ならまだしも、つい数日前ならハストラングは確実にお前を殺すことができた」

「それは……私を殺せば極星が消えてしまうからでしょう?」

〈予言〉の成就よりも極星を手に入れる絶好の機会を優先させたのだ。間違っても情ではない。打算だ。アトラスは目を眇めた。

「わからねえのか? マレの大公が、たった一目見た星騎士に斬られたんだぞ。その意味を一度でも考えたことがあるのか?」

 ミアがその意味を問う前にアトラスが釘を刺した。

「これ以上答える気はねえ。ハリスに何を吹き込まれたんだか知らねえが、少しは多面的に物事を捉えたらどうだ」

 そう言うアトラスも口調が乱暴になっている。感情的になっているのは明白だった。ハストラングを倒せとミアに強要しているくせに、何故彼の肩を持つのか。アトラスが何を考えているのかがわからなかった。極星の姫を殺そうとするハストラング派でも手を結ぼうとするハリス派でもないマレーー一体誰の味方なのだろうか。

 しかし、問い詰めたところでこのマレは答えないのだろう。渋々ミアは諦めた。

「それで、ここはどこなの? 狼は鼻が利くんだから、隠れた程度では匂いで辿られてしまうかもしれないわ」

「異空間にいるだけだから大丈夫だよー」

ミアは自身の胸元を見下ろした。

「異空間?」

「場所を移動したわけじゃない。薄皮一枚隔てた空間にいるだけだ」

アトラスが補足する。

「姿が消えて匂いも追えないとくれば連中も諦めざるを得ねえ」

ほとぼりが冷めるのを待って術を解除するつもりらしい。見つかる心配もないので安全な策だが、それはミア達に限ったことだった。

「……町の人たちは、大丈夫かしら」

「他人を心配する前に、この危機的状況をなんとかしたらどうだ。お前、俺が親切心で駆け付けたとでも思うのか」

「僕を助けにー?」

「役立たずは黙ってスープにでも入ってろ」

傍目でわかるほどに落ち込んだジャックのヘタをミアは撫でた。

「助けてくれたことにはお礼を言うわ。ありがとう」ジャックを抱える腕に力を入れる「でもこれと取引は話が別よ。ベルとオルフィはどこ? 二人の無事が確認できるまでは放さないんだから」

「放さないのだー」

アトラスの一睨みに萎縮するジャック。ミアは身構えた。

「……な、なによ」

「いや、ずいぶん吹っ切れたものだと感心してるだけだ」

「お生憎様。凄まれたくらいで大人しくなるほど可憐な姫ではないの」

 神経が太くなった自覚はある。味方であるはずの天星宮でさえもニアンナの死の真相を黙っていたのだ。今もハストラングはミアの命を狙っていることも。背負わされた使命を嘆き、絶望しているだけでは何も守れない。極星も、自分自身も。

「上等だ」アトラスは不敵に笑んだ「じゃじゃ馬慣らしも一興」

誰がじゃじゃ馬かと噛み付く暇もなく闇が払われた。再び降り立った町中は不気味なくらいひっそりと静まり返っていた。

「ジャック」

「はいな」

くり抜かれた目の奥に再び光が灯る。中継点にした時と酷似した現象だが今度は青い光だった。

「約束のモノだ」

ジャックから放たれた光は地面の一点を示し、人を形作る。

「あ……オルフィ」

後ろ手に縛られた状態で現れたオルフィはミアの姿を認めるなり、呆気に取られた。

「姫、これはどう」

「状況説明は後だ。見ての通りこいつは五体満足。細工もしてねえ。いい加減ジャックを解放しろ」

「ベルはどこ?」

「やかましかったからな。さっき帰した」

ミアは懐疑的な眼差しを向けた。

「約束が違うわ。ベルは無事なの?」

「本当です。僕の〈転移〉で帰しました」

 思わぬところから追随の言葉。拘束されて座り込むオルフィにミアは問い詰めた。

「どういうこと?」

「説明しますが、その前に僕からもお訊ねしたいことが」

 目で促すとオルフィは、彼にしては非常に珍しいことにぎこちなく訊ねた。

「あの……いつの間にそんな、お心をお許しに、なったかのかと」

 ミアは自身の胸元、次いでアトラスを見上げた。冷静に状況を分析。胸にジャックを抱く自分をアトラスが横抱きにしている。部屋着に旅衣を引っかけただけの状態の極星の姫を、マレの男が抱えている。思い出したように頬に熱が集中する。

 きっかり三を数えてからミアは悲鳴をあげた。

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