たまにはね、

――――ガチャン!

旅人は部屋を出ると、再び【ピリの涙】と書かれたショーケースの前に立っていた。ケースにかかっている南京錠をつかむと、突然、力任せに引っ張ってそれを破壊した。

破壊の振動で、ケース内の【ピリの涙】は少しだけ跳ね、もとあった布の上に着地した。


旅人は、無事鍵の取れたショーケースの扉を開けると、中に置かれていた【ピリの涙】を手に取る。そのまま手の中にある宝石を眺めていると、【ピリの涙】が白く輝き、あたり一面が強い光に覆われる。



『もう少し、ましな出し方はなかったのかしら?』


「ごめんね“ピリの愛し子リュ・ペドゥ・ピリ”。鍵を探したけど、見つからなかったんだ」


ヒラリ。乳白色の、長い髪の少女が、宙に舞いながら旅人に小言をぶつける。黒い強膜に白い瞳、ヒトには非ざるその目が、チラと旅人を捕らえる。


『それで、トルツァがこんなところでなにをしているのかしら?』


少女は興味津々、といった様子でトルツァに尋ねる。長い乳白色の髪が太陽の光に照らされ、青や緑にきらきらと輝く。


「ちょっとアーシュを探してて。キミは今産まれたばかりってところかな?」


『そうね、まさか産み落とされてその日のうちにヒトに見つかるとは思わなかったわ』


「それは災難」


少女はう~ん、と、伸びをする。ふと、周りにある宝石たちを見つけると、あら、と面白そうにそれらを眺める。


『なんだか懐かしいわね。 ねえトルツァ、わたし、巣に帰りたいんだけど』


少女がトルツァの方を向いて言う。トルツァは苦虫を噛みつぶしたような顔で、少女を見る。


「う~ん、たぶん、キミがいた時とはかなり様変わりしてるようだけど、」


『そんなの何となくわかるわよ』


トルツァの言葉を遮るように少女は言う。少女の言葉に、トルツァは降参といった様子で両手を上げると、じゃあいこうかと、少女とともに館の外へ出る。






噴水がある広場まで戻ってくると、噴水の水に浸かっていた生物が、戻ってきた主人と共にいる少女を見て、少し焦ったような様子で首を擡げる。


『あら、セルじゃない。あなた今こんな姿なのね』


旅人の後ろを悠々と飛んでいた少女は、すこし狼狽えた様子のセルを見つけると、ひらりとセルの近くまで飛んでいく。


『相変わらず無口なのねえ。あら?もしかして今は、喋れないのかしら』


少女は心底楽しそうな様子でセルの周りをくるりと舞う。一方セルはというと、自分よりも目上の存在から矢継ぎ早に質問を投げかけられて、どうしたものかと狼狽えるばかりである。


「あんまりいじめないであげて。こうみえて、案外気にしてるみたいだから」


見かねてトルツァが助け船を出す。

少女はふうん、と少しつまらなそうな顔でセルから離れると、きょろきょろとあたりを見渡す。


『この街、結構瘴気が入り込んでるわね』


「森に火でも放ったんじゃないかな。」


トルツァはなにもない顔で返すと、街の外にあるロクハ鉱山に向けて歩き始めた。少女はくすりとほほ笑むと、悠々と宙に舞いながら、トルツァの後ろをついていくのだった。




『あらまあ、見事に全部取り尽くしたのね』


ロクハの門を出てから少し歩き、トルツァたちは再び巨大な窪みのある場所へと戻ってきていた。


「やっぱりここが、そうだったんだね」


『そうよ、昔はこーんなに立派な鉱山だったのに、全部砕いて更に抉るなんて、凄い執念ねえ』


少女は鉱山跡地を見ながら言う。自分の巣を荒らされたわりに、その表情から怒りや悲しみは見えない。トルツァは内心ひやひやとしながらも、冗談を装った様子で少女に言う。


「面倒だから、ぼくたちがいるうちは、怒って地殻変動とかやらないでね」


トルツァの言葉に、少女はまさかぁ、と心底心外そうな表情を作る。


『しないわよ。人間なんかにいちいち腹を立てる神がいるのかしら』


「そうだよねえ。たしかに、ふつうはそうなんだけどね。 ずっと、身近にそうじゃないやつがいたからさ」


『ああ、確かに、あの子ならキレて人間に説教しに行きそうね』


少女の言葉に、トルツァは苦笑いする。人間の所業にいちいち憤慨し、悲しんで、それをどうにか正そうとする、あまりにも神らしくない昔馴染みを思い出す。


「ねえ“ピリの愛し子リュ・ペドゥ・ピリ”、この鉱山、これ以上なにか出てくると思う?」


『もう鉱山といえるのかしら、もうここにはなにもないわよ』


そう、と返事をして、トルツァは下を向く。少女はそんな様子のトルツァを興味深そうな目で見つめる。



「さっきの街、農耕はしていなかった。地面はすべて石畳になってたし、食料はすべて鉱山から得た物で買ってた。だから森ができたとき滅びたんだろうけど、」


トルツァの言葉はそこで止まる。言いたいことはあるけれど言わない。そんな様子で。

少女はそれを見るとくすりと笑い、トルツァの方へと近寄る。


『あなたほんとに変わってないわね。そういうところよ』


少女の言葉に、トルツァは顔を上げる。その顔に表情はない。


『わたしは本当にどうでもいいの。そんなの、気にする必要がないもの』


少女は腕組みをすると、はあ、と大げさにため息をついて言う。


『ねえトルツァ、わたしそろそろ帰るわ。あなたの力でここにいるのも、もうそろそろ限界みたい』


「あ、ああそうだね。ありがとう“ピリの愛し子リュ・ペドゥ・ピリ”。話せてよかったよ」


少女は満足そうに微笑むと、バイバイと両手を振る。少女の足から順に淡い光となって、空気中に溶け、消えていく。


『あ、そうだわトルツァ。アーシュの居場所だけど、』


全てが消える間際、少女は少し焦った様子で話し始める。


『ここから西にちょっと行ったところに、大きな川があるの。それで、これはカンなんだけれども、たぶんこういう時トンボは“自分の故郷に帰ってくる”はずよ!』


そこまで一息で言うと、少女は完全に辺りに溶け、気配はなくなる。

トルツァはそれを最後まで見届けると、はあ、と肩から力を抜いた。


「なるほど“故郷に帰る”、ねえ。たしかにあいつらしい、かも」


旅人はよし、と気合を入れると、くるりと後ろを振り返る。後ろでは巨大な蛇を模した生物が、こちらへと恭しく頭を垂れて、佇んでいる。


「セル、身体は乾いた?」


主人の言葉に、その生物は身を低くして、主人の足元に寄る。旅人はよいせとその身体に腰掛けると、生物は主人を乗せ、音もたてずに、西へ進む。その姿は数分も経たずに森へと消え、人間によって食いつぶされた餌場には、噎せ返るような熱を孕んだ風だけが駆け抜けていくのだった。


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森のしじま @Kaquri

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