第7話 先輩と後輩とチンパンジーのパッショネイト

水薙が僕の家に来訪した翌日の放課後、僕と水薙は学校近くの喫茶店にいた。


「先輩、どうして勉強なんてしないとダメなのでしょう?」


500円のコーヒー(お代わり可)を飲みながら水薙は呟いた。


「それは君が赤点をとったからだよ」


水薙が期末テストで赤点をとっていることが判明したが、明後日行われる再試に受かれば夏休みの補習はないそうなので僕たちは勉強をしに喫茶店に来ていたのだ。


「先輩、諦めて遊びません?」


上目遣いで水薙が見つめてくる。可愛いな、うん。


「遊びません」


夏休みのために心を鬼にする。


「だって、テスト本番で赤点とってるのに再試だとボーダーラインが上がってるんですよ、無理ゲーですよ」


我が校では30点未満が赤点で再試の合格点は50点だ。倍近い点数を求めれるわけで水薙の言うこともわからなくはない。


「それでもやるしかないだろ」


僕はこの夏に賭けていた。前回の終盤の水薙のヤりたい宣言を僕は忘れていなかった。その時は動揺してツッコミに回っていたがそれは僕をしても願ってもないことなのだ。17年間付き添ってきた童貞を捨てるチャンスなのだ。そのためにもこの夏は捨てれない。例え不適切な表現でカクヨム運営から警告が来るかもしれなくとも僕はこの夏、男になってやる。


「アレですよね、こう勉強しないとってなると急に部屋の掃除とかしたくなりますよね。ちょっと掃除してきていいですか?」


「ここ喫茶店だよ⁉︎」


僕の内心の切なる想いとは裏腹に水薙はマイペースだった。このままでは僕のサマーが、僕のバケーションが、一人寂しいソロで終わってしまう。やばい、水薙が片付けしたそうに隣の席の空いたお皿を見つめている。


「よし水薙、勉強始めるか。まず聞くが何教科で赤点とったんだ?」


水薙が喫茶店の片付けを始める前に勉強を開始する。


「どうして複数の教科で赤点とってることが前提なんですか、ご主人様」


水薙が頬を膨らませて抗議をする。だからそれ、可愛すぎだろ。


「それ以前にどうして水薙は僕をご主人様呼びしてるのかな⁉︎」


ぶっちゃけその呼び方好きだよね?水薙、御主人って呼び方かなり気に入ってるよね?これは彼氏としてはどうするのが正解なわけ?もう容認しちゃう?


「すいません、先輩。部屋の片付けしたいとおもってたら、つい」


「なんで⁉︎」


部屋の片付け=家事=家政婦=御主人呼び、みたいなことなのか?どういうことだ?


「先輩、話を逸らさないでください」


「え、僕が悪いの⁉︎」


理不尽だ。だが、まあ早く勉強に取り掛かった方がいいのも事実だ。


「で、水薙は結局どの教科で赤点とったんだ?」


水薙の興味が他に移る前に勉強に入る。


「現代文です」


なぜかドヤ顔で水薙は答えた。はい、可愛いです。


「また勉強しづらい教科を」


漢字とかの暗記とかで点数を上げることはできても、文章題ができないと意味がない。文章題の勉強となるとできなくもないが、一朝一夕でできるようにはならないし僕も教えれる自信はない。てか、赤点とるような教科でもないだろ。


「何から勉強すればいいんでしょうか?」


「とりあえず漢字を覚えよっか」


去年とテストの形式が変わってないなら、漢字は20点分ある。漢字で満点を取れれば文章題の負担はだいぶ軽くなる。


「わかりました。そう言えば私、勉強に集中できるアイテムを持ってきてました」 


そう言うと水薙は鞄からシンバルを持った猿のぬいぐるみを取り出した。


「なにそれ?」


「チンパンジーのおもちゃです」


「うん、それはわかるけど、どうしてそれが勉強に集中できるアイテムなわけ?」


あれかな?誰かに監視されてたら集中をしざるをえないから、その役目をそれにやらせるのかな?トイのストーリーの3かな?


「まあ、これだけだとただのユーモア溢れるおもちゃです。しかしぃ、この付属のセンサーがあれば話は別です」


そう言うと水薙は鞄から黒色の帯状のモノを取り出し、自身の頭に装着した。


「なんとこのセンサー、私の脳波を読みとります。そして私の集中が限界まで高まるとそのチンパンジーのおもちゃがなんと、大きな音でシンバルを叩き始めます」


買ってもらったおもちゃを自慢する子どもみたいに目を輝かせて水薙は語った。いや、みたいじゃなくて実際そうなのか。


「それ、集中させる気ないよね。極限まで高まった集中を全力で剃りにきてるよね」


ていうか、こんな喫茶店の中でチンパンジーが大ボリュームでシンバル鳴らし始めたら恥ずかしいしやめてほしい。


「因みに昨日、帰ってからずっとこのセンサーを着けてましたが鳴ったのはトイレのときだけでした」


「どこで集中力発揮してんだ⁉︎」


てか、周りで飲食してるお客さんもいるわけですしね。と、そのとき不意にチンパンジーがシンバルを鳴らし始めた。


「あ、集中が限界まで高まったみたいですね」


「判定、バグってない⁉︎一応、聞くけど洩らしたわけじゃないよね?」


わりと周りの目が僕ら、ていうかチンパンジーに向いてて恥ずかしいんだけど。


「さすがに大丈夫ですよ。今、洩らしたらそれがオチになって話が終わっちゃうじゃないですか」 


「水薙はもうちょっと自分の都合で生きた方がいいよ」


毎度毎度、投稿者の都合を気にしすぎだよ。投稿者もきっといろいろ考えてるから大丈夫だって、多分。


「じゃあ、先輩と勉強できてる喜びでうれションしてもいいですか?」


何故か、本当に何故か瞳を輝かせ水薙は言った。そんなマニアックなプレイはまだ早い。


「前言撤回だ。ていうか、まだ勉強はできてないよね。ほれ、そのチンパンジーしまって勉強始めよ」


ついつい水薙のペースに呑まれてしまったが、今回の目的は勉強だった。


「でも、勉強なんて物語的に映えなくないですか?」


「本当にそういうの良いから勉強する!」


そもそも、ここまで一応勉強という題でやってて言うセリフじゃない。言うならもっと早く。


「どうして先輩はそんなに私に勉強をさせたいんですか」


水薙が拗ね気味に呟く。


「そりゃ、どうて…じゃなくて水薙と夏を一緒に過ごしたいからだよ」


やべ、危うく童貞を捨てたいからって言うところだった。セクハラダメ、絶対。


「先輩、そんなに私とヤりたかったんですね。先輩が私を欲している♪先輩が私の身体を欲してる♪なんか滾ってきました」


やべ、普通に伝わってたわ。なんか滾らせちゃったわ。


「先輩、そういうことなら早く言ってくださいよ。不肖蓋品水薙、純潔を先輩に捧げる為に全力でテストスタディングさせてもらいます」


やべ、恐ろしいほど不純な動機が産まれちゃったよ。

それからの水薙はやばかった。今までからは信じられない集中で勉強を進め、常にチンパンジーのおもちゃはシンバルを鳴らしっぱなしだった。そして3時間後、 


「うはー、勉強しました。今なら漢検5級でも受かる気がします」


「うん、それは高校生なら普通に受かってね」


水薙は背もたれに体重を預け、大きく伸びをした。男の本能的についつい胸部に視線が行ってしまったが、悲しかな。何もなかった。美しい直線美があるだけでした。 


「先輩、今目線がおっぱいに行ってましたよね?女の子はそういうのに敏感なんですから辞めてくださいね。そして、先輩、今落胆しましたね。女の子はそういうのに敏感なんですからマジで辞めてください」


「なんかごめんなさい」


水薙はそのあと虚ろな目で自虐的に「運動するには便利ですからいいですよ。あ、もしかして小さいころからビート板と一緒にいたから似ちゃったのかな?ははは」などと業が深そうなお言葉を5分近く続けた。チンパンジーはこれほどかと言うほどにシンバルを鳴らしていた。いや、そろそろしまえし。


「あのー、先輩」


少し目が死んだままの水薙は静かに僕に笑いかけた。怖いけど、これはこれで可愛いね。


「はい、なんでしょう、水薙さん」


敬語が出てしまった僕を誰が責めれようか?とりあえず水薙と付き合う上で胸はいろんな意味で触れないようにしよ。いやでもこのお方、この前僕に胸を押し付けてきてあろうことか感想まで聞かなかったっけ?あの時話を濁して正解だったのか。少し水薙は膨れてたけど、本当のことを言ってたら軽い修羅場が待ってたのか。怖っ。


「こんな上半身に膨らみがない女ですが下半身もちゃんとへっこんでると思うんで夏休みは宜しくお願いしますね」


「あ、はい」


なんか嬉しい方向に話が進んでいるはずなのに素直に喜べない状況がそこにありました。2日後、水薙は無事に再試に合格して夏休みを勝ち取った。

…なんか多少不健全な感じに進んでいるが大丈夫なのだろうか?

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