この機会に絵画ホテルを改めたい

ちびまるフォイ

絵画ホテルの商店街

「絵画ホテルへようこそ。おひとりさまでのご宿泊ですか」


「ええ、部屋は空いていますか?

 予約していたホテルが急にキャンセルになってしまいまして」


「申し訳ございません。当ホテルではお部屋は用意されていません」


「え? それじゃ……ダメってこと?」


「そのかわり、絵画を用意してございます」


ホテルのフロントは壁にかかった絵画を見せた。

まるで美術館のように芸術的なものばかり。


「お好きな絵画でお休みいただけます。いかがしますか」


絵にはどれも部屋の絵が描かれている。


「この絵の中に入って一泊するってことですか!?」


「はい。絵なので周りからの騒音は入りませんし、

 どんなに騒いでも怒られることはありません。

 ホテルからのルームサービスも絵画の前で調理していますから

 温かいうちにすぐに絵画へとお届けできますよ」


「そういうことを不安に思っているわけでは……」


とはいえ、もう夜も深くこのホテルを出て寝泊まりできる場所はない。


「それじゃ、この水墨画の和室で」


「かしこまりました。さぁ、そのまま絵画の中にお入り下さい」


「入るって……うわわ!?」


絵画に手を伸ばすとあっという間に吸い込まれた。

目の前はさっきまで見た絵画の世界。描かれていない場所は見えない。


「すごい……すべて白黒だ」


水墨画の部屋なので何もかもが白黒の濃淡で見える。

いろんなマーケットを見てきたのもあり、目がチカチカしていたから助かる。


「静かだなぁ、これは意外といいかもしれない」


その夜は水墨画の中でぐっすりと眠った。


絵画ホテルのすぐ横のアニメショップからは深夜までギラギラとアニメを大音量で流していたのに

絵画の中には声一つはいってこなかった。


絵画なので暑くもなく寒くもなく、本当に静かで穏やかな時間だった。


「おはようございます。疲れは取れましたか?」


「ええ、それはもう! ありがとうございます!」


絵画ホテルを出た後もこの経験が忘れられなくなって、

ことあるごとに絵画ホテルへとまた訪れた。


「いらっしゃいませ、本日のお部屋はどれにしますか」


「今日はなんだかイタリアンな気分だから、この油絵にするよ」


「かしこまりました。さぁ、絵画の中へどうぞ」


油絵の中はどこも立体的で現実に近いものがある。

でもどこか絵画的で味わい深いものがある。


すっかり絵画ホテルの魅力にとりつかれてしまった。


「さて、次はどの絵画に泊まろうかなぁ。

 抽象画みたいなよくわからない絵画も面白いかもしれないなぁ」


ある日、また絵画ホテルを訪れると入り口に張り紙が貼ってあった。


『閉店のお知らせ』


お達しを見てからすぐにホテルのフロントに駆け寄った。


「ちょ、ちょっと待ってください! 閉店ってなんですか!?」


「ええ、実は当ホテルは経営難でして……。

 良品質の絵画を仕入れるのも安くはないので……」


「こんなにいいホテルを閉店になんてさせません!

 俺はこれでも古物商で絵画も扱っているんです!

 世界からいい部屋の絵をたくさん集めてこのホテルを立て直しますよ!!」


「本当ですか、それはありがたいです」


「絶対に絵画ホテルは潰させません!」


人生で初めて誰かの力になりたいと思った。

絵画ホテルを立て直すためにあまり好きじゃなかった仕事を全力で取り組んだ。


世界から名のある絵画を競り落とし、

絵画ホテルをもっと多くの人に知ってもらうために宣伝し

さらにもっと人が行きやすいように道路も整えた。


思いつく限りのことをすべて達成するのには時間がかかった。


「ついに明日リニューアルオープンですね」


「当ホテルのためにここまでやってくださって、ありがとうございます」


「いいえ、一番のファンですからこれくらいはしますよ」


ホテルマンと固い握手をして明日を楽しみに待った。

翌日、ホテルに向かうと旅行者の車ではなく消防車が駆けつけていた。


「あの、なにがあったんですか!?」


「火事ですよ火事。工事中に作業員の消し忘れたタバコがホテルに燃え移ってね。

 焼けたのがホテルだけで良かった」


「よかないですよ!!!」


消火を終えたホテルは水浸しになっていて、

中の絵画は跡形もなく萌えてしまっていた。


「そんな……せっかくこんなに頑張ったのに……」


絵画ホテルは絵画を部屋に使っていて部屋はない。

その絵画が失われれば、ただの物置と同じ。


落ち込む自分の肩をホテルマンがぽんと叩いた。


「よかったんですよ。どのみち、絵画なんて今の人に流行りません。

 これでいい区切りになりました」


「でも……すでに今日ホテルが開くと宣伝してしまいました。

 火事で絵が消失したことを知らない客が押し寄せますよ!?」


「丁寧に対応してお帰りいただくしかありません」


「そんなことしたら、ますます評判が悪くなります!

 ココ以外でも絵画ホテルは再建できなくなりますよ!」


「……しかしこれ以上どうしようも……」


「まだ方法はあります!!」


 ・

 ・

 ・


その後、ホテルは大盛況となった。


「いらっしゃいませ。どの部屋をご希望ですか」


「もっ、もっ、持ち込みも可能と聞いたんですがっ」


「もちろんでございます。お預かりしてもよろしいですか?」


「はっ、はい! この魔法少女ゴンザレス三郎のポスターで一泊お願いしますっ」


「ごゆっくりどうぞ」


火事のあと、近くのアニメ店から仕入れたポスターを絵画ホテルの絵として展示。

そこに寝泊まりできるとなってからはホテルは大人気になった。


絵画ホテルあらため、アニメホテルは今でも客足が耐えない。


「いらっしゃいませ。どの絵でお休みになられますか?」


ホテルのフロントには壁一面を埋め尽くす大量のポスターの中で

自分の好きな絵の中でリラックスしている人たちが並んでいる。


あなたも訪れるときは入りたい絵を用意すると良い。


ただし、自分も絵画の一部として他の客から見られることを忘れることのないように……。



「ああああああ! ゴンザレスたん! 尊いよぉぉおお!!」


絵画の中の男は幸せそうな顔をしていた。

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