希望のありか

亀虫

希望のありか

 宝の地図を見つけた。それはある土手道に落ちていたものだ。手書きの地図で、朝露に濡れてふやけ一部にじんでいるところもあるが、地形や道、建物の位置などがしっかりとわかるように記されている。そして、その中の一か所に×印が刻まれている。きっと何らかの事物の在処を指し示す印だ。何らかの事物とは一体何か。そう、お宝である。地図に×印といえばお宝だと昔から相場は決まっている。では、そのお宝とは一体何であろうか? こればかりは、実際に見て確かめねばわからない。だが、正体がわからずとも、想像することは自由だ。だから僕は想像してみた。わざわざ自分で隠し、地図に記して覚えておこうと思うくらい大事なもの……それは、きっとアレだ。そう、エロ本である。


 エロ本は宝物である。大事な夜の相棒だ。これがなければ、寂しい夜を過ごしてしまうことになるだろう。たとえ一旦飽きてしまっても、しばらくしたらまた恋しくなる。だから手放したくても手放せない。手放してしまったら、もう二度と会えないのだ。そんな寂しくなる真似はしたくない。エロ本とは切っても切れない関係なのだ。

 だがしかし、一度お別れしなければならないときがままやってくる。それは、誰かに見つかりそうになったときだ。エロ本は大切な物であると同時に、他者に見られてはいけないものである。エロ本と過ごすベッドの中は聖域だ。自分とソレだけが存在することを許される、神聖なる空間である。その聖域の中には自分以外の何人たりとも足を踏み入れてはいけない。見られてもいけない。誰にも見られず、夜の儀式を行う必要がある。これはそういうものなのだ。万が一それが見つかりそうになった場合、一旦儀式を中止する必要がある。気をつけていても、うっかりそういう場面に出くわしてしまうことはままある。仕方のないことだ。ここで見つからずに済んだり、上手く誤魔化して場を収めることができれば、それでよい。だが、中には勘のいい奴もいるもので、なお疑り深い目を向けてくる者がいる。非常に厄介な存在だ。いくら巧みに証拠を隠し通し、いくら達者に弁を弄したとしても、究極的に誤魔化しが通用しない場合もある。そういう場合は仕方ない、諦めて告白しよう。私は秘密裏に夜の儀式を行いました、と。

 が、そう簡単に諦めるものではない。運よく相手が一旦退いてくれた場合、まだ勝機は残されている。相手が退いた直後にまた儀式を再開すれば、きっとバレるであろう。当たり前である。だが、しばらく時間を置いた場合はどうなるだろう。時間が経ったのにソレをやる気配がないのでもうやらない、いや最初からやっていなかったのだ、と相手が気を抜いた状態ならば、バレにくいはずだ。儀式のことなんかもう頭から離れて行っているはずだ。ここがチャンスである。この隙に、証拠隠滅を図るのだ。

 その手段の一つが、エロ本の破棄である。儀式を行うのに必須なのが、このエロ本だ。ということは、エロ本さえ見つからなければ相手は儀式の立証ができないはずだ。ならば、これを破棄するのが一番手っ取り早い。これだけでバレずに済むなら安いものである。

 しかしながら、この方法は、宝物であるエロ本を手放さなければならないという大きな痛みを伴うものだ。大切にしていたものを棄てる行為は、心に来るものがある。今まで当たり前のようにそこに存在していたものが、その瞬間から存在しなくなってしまうのだ。そこから生じる圧倒的空虚感。もう二度とソレと会うことができない。そう思うと、胸にじわじわと悲しみが沸きあがってくる。だが、仕方ない。仕方ないのだ。それを捨てなかったがためにバレてしまっては元も子もない。だから、多くの人はやむを得ずお別れを告げるしかないのだ。

 一方、それでも諦めきれない者もいる。大事な宝物たちと、また会いたい。まだお別れしたくない。そんな想いが強い、剛の者たちだ。

 彼らは隠した。相手に決して見つからない、どこか遠いところにソレを移し、封印した。一度自身の手から離れてしまうことには変わりない。だが、完全に破棄してしまうのとは違い、また会うチャンスがある。隠し場所を探す労力がかかったり、紛失してしまったり、第三者に見つかってしまうおそれはある。だが、彼らは、そんな些細ささいなリスクよりも、また宝物に会えるという「希望」に賭けて、ソレを隠したのだ。


 僕は、この宝の地図が彼らの「希望」だと思ったのだ。彼らは忘れないように地図を書いて場所を記し、それに希望を託した。運命が、また自分たちを引き合わせてくれるのだと信じて。

 だが、その希望はここで潰えた。何故なら今から僕がソレを探し出し、我が物として頂いていくからである。悪いが隠した連中には絶望していただこう。恨むなら、メモを落とした自分自身を恨むのだな。

 僕は地図を頼りに歩き出した。地図を見るに、この町の中だと思うのだが、ところどころ滲んでいて判別できないので、確証はない。僕は迷った。この宝物にたどり着くためにはどの道を行けばいいのか。肝心のところが見えなくて、散々歩き回った。適当に歩いているうちに、町中にいたはずが森の中まで入り込んでしまった。ヤバい、そろそろ引き返さなければ森の中に囚われ、帰ってこれなくなるのではないか。僕はそう思って焦った。

 しかし、地図を改めて見ると、×印が付いている場所は町の中心ではなく、街外れのように思えた。ちょうど町から森への道の部分で地図が途切れていた。もしかしたらこの森の中が隠し場所なのではないか。そう思って、僕はこの中を探し回ることにした。

 また散々歩き回った。地図を見つけたのはまだ日が昇り切っていない時間だったのに、今はもう沈みかけている。そろそろ見つけないと本当に迷子になってしまうぞ、と思い急いで辺りを見回すと、とある木の下に、何やら地面を掘り返した後があった。もしかしてこれが宝の埋まっている場所か。掘り返されてからさほど時間は経っていないと見られる。濡れたメモがまだ読めなくもない程度の滲み具合だったということは、昨日の夜か今朝頃に隠して、メモを残したのだろう。その帰りにこれを落とし、僕に拾われた。そういうことだろう。

 僕はしめた、と思った。埋められてからすぐ、ということは、他の人に取られた可能性は低い。正直、もうすでに無くなっているかもしれないと頭の片隅で思っていたので、ほっとした。そして、嬉しさがこみ上げてきた。僕の心は激しく踊っていた。一体、ここにはどんな至高のエロ本が隠されているのだろう! 元の持ち主が残した希望はどんなものか、この目でしかと確認させてもらおうではないか!

 僕は犬のように、両手で土を掘り返した。埋められたばかりのせいか、比較的簡単に掘ることできた。掘り続けると、やがて、銀色のアタッシュケースが現れた。やはり、僕の想像していた通り、宝物は埋まっていたのだ。

 僕は掘り起こしたケースを見た。鍵はかかっていなかった。必要ないと思ったのか、かけ忘れただけなのかはわからない。なんとも不用心で間抜けな奴だ。すぐに第三者に掘り起こされるとも知らずに。僕はドキドキしながら、ゆっくりとそのケースの蓋を開けた。

 中には、いくつもの札束が入っていた。合わせて何百万円、いや、何千万円あるのだろう。危険な匂いがするほどの大金だった。

 僕はそんな大金を目の前にして、思わず一言だけつぶやいた。

「ちぇっ、エロ本じゃないのか……」

 大いにがっかりした。こんなもの、期待しちゃいない。僕はお金なんかより、誰かが残した「希望」という名の宝物が見たかったのだ。

 僕はケースの蓋を閉め、土の中に埋めなおした。そして、とぼとぼと元来た道を引き返し、途中でコンビニに立ち寄り、エロ本を一冊買って家に帰った。

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希望のありか 亀虫 @kame_mushi

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