蛍の恋

雨世界

1 ……私と、恋をしてみませんか? 

 蛍の恋


 登場人物


 桜井蛍


 貝塚菜奈


 プロローグ


 ……私と、恋をしてみませんか?


 本編


 こんにちは、蛍くん。


 桜井蛍が貝塚菜奈と出会ったのは、蛍が入院している病院の一階にある休憩室のベンチの上だった。

「こんにちは」

 いつものように、病院の白い床をじっと見つめるようにして、革製の長椅子のベンチの上に座っていた蛍はその声を聞いて顔をあげた。

 するとそこには蛍と同い年くらいの、たぶん十五才か十六歳くらいの女の子が一人、立っていた。

 その女の子は夏らしいデニムのハーフパンツをはいていて、靴は麦のサンダル、上はオレンジ色のTシャツ一枚だけの姿をしていた。

 どう見ても、蛍と同じこの病院の入院患者には見えない。蛍はいつものように真っ白な病院服の上下を着ていて、足元は青色のスリッパをはいていた。

「あの、なんですか?」

 蛍は言った。

 女の子はその手にコーヒーの缶を持っていた。ベンチの隣に置いてある、緑色の観葉植物と一緒に病院の廊下に設置されている自動販売機で買ったと思われる、コーヒーの缶だった。

「そこ、座ってもいいですか?」女の子は言った。

 女の子の言ってる、そこ、とは、つまり蛍の隣の空いている空間のことだった。

 蛍は少しだけ迷ったのだけど、断る理由もないので、「……いいですよ」と女の子に言った。

「ありがとう」

 女の子はにっこりと笑って、そう言うとゆっくりと蛍の隣の、なんだか『そこにだけぽっかりと穴が空いているような』、そんな気がする、本当になにもない空間に座った。

「私、菜奈って言います。貝塚奈々です」

 と、奈々は蛍に自分の名前を言った。

「僕は蛍と言います。桜井蛍です」

 蛍はあまり自分の名前を知らない人には言いたくはなかったのだけど、先に自己紹介をされてしまったので(しかも女性に)、自分の名前を奈々に言った。

 すると奈々は「……桜井、蛍くん」と蛍の名前を一度小さな声で繰り返した。

「蛍くん。なんだか、すごく、いい名前ですね」

 と、菜奈はにっこりと笑って蛍に言った。

 それが蛍と菜奈の初めての出会いだった。

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