第7話 Gとの再遭遇

「はぁ、厄介だなー。早く帰って報告しないとなぁ~」


 ゴブリンのコロニーから離れた処で、一つ大きくため息を付いて一人ゴチる。

 正直、ゴブリンには何もいい処が無い。ゴブリンから採取できる唯一価値が有る者が魔石なのだが、それも殆ど屑石と変わらないような無いよりマシ程度の価値しかない。

 その癖その排除には大きな労力を必要とするのだから厄介極まりない。もう少し数が少なければ一人で排除する事も視野に入れるのだが、それを考えさせない程度にはコロニーの規模が大きくなっていた。


「取り敢えず……水浴びだなっ!」


 僕は濡れたら拙い荷物を置いて、着の身着のまま水の中に飛び込む。

 それこそ飛び込んだときの水しぶきが上げる音を配慮しない程度には服に染みついた臭いに辟易していた。

 一度全身を水浸しにして、先程のバーベキューで燃え残った灰を全身にまぶして服を洗う。流石に手持ちに洗剤は無いので、その代わりに灰による汚れ取りだ。正直、希望的観測でしかないが、ただ水を浴びるだけよりは良いかな? と、言う思いで隈なく刷り込む。

 そして、再び川へと入る。

 今度は飛び込むような事はしない。ゆっくりと全身浸かるように川へと潜る。全身に纏っている灰を洗い流すように確り洗い流すように万遍無く擦る。


「ぷはぁっ!」


 ある程度の灰を洗い流した処で水面から顔を出す。


「スンスン——うっ……」



先程まで髪にまで臭いが付いていたようで、先程より幾分臭いが気にならなくなった。しかし、この馬鹿になった鼻でも若干違和感があるので、全ての臭いを洗い流せてはいないだろう。


「これが限界かな……後は家で風呂に入るか……」


 何時までもこの場所にいても完全に臭いを消す事はできないので、帰り支度を手早く済ませる。

 荷物に川底から引き揚げた肉の入った麻袋を取り出し、濡れると拙い物だけ注意して荷造りする。

 流石に衣類から水滴が滴るまま移動するのは気になるので、一旦服を絞って着直す。それでも服が濡れているのは変わらないが、真夏の気温があれば風邪を引く事は無いだろうからね。


「さて、忘れ物は無いな」


 僕は最後の確認を終えた処で、村に帰る為に出発した。

 森に入った時と違い、獲物を探しながら進まない分最短距離で村へと向かう。これが獲物を探しながらだと結構な時間を必要とするけど、危険な物にだけ意識を向けていればいいので幾分か楽に歩ける。

 ただ、今日の僕は運がないようで、村へ向かう道を歩いて、半ばも超えた処で再び不快な鳴き声が聞こえてきた。


「ぐぎゃっ、ぐぎゃっ、ぐぎゃっ」

「ぎゃう、ぎゃぎゃ、ぎゃう」

「ぎゃっ、ぎゃっ」


 先程まで嫌よ云う程聞いた不快な鳴き声だが、その鳴き声の弾み方が何処が機嫌がいいように感じる。そんな小さな機微が判別できるほどこの鳴き声を聞いていたのかと思うとげんなりする。

 鳴き声が聞こえた段階で、僕は身を隠していたので、木の影からその鳴き声の発生源を探る。

 今回は既にコロニーの場所を把握しているので可及的速やかに処分しようと思う。これは決して鬱憤を晴らす行為ではない。十分理に適った対応だと思う。僕が報告すれば、明日には討伐隊が組まれるだろうから、その仕事を少しでも楽になるように配慮したのだ。

 私怨は三割くらいだ。

 木の影から覗いた処、少し先の木々の間を三匹のゴブリンが歩いているのが見て取れた。相変わらず貧相な装備で何が楽しいのか無駄に騒いで歩いている。

 だが、その中の一匹が何か不自然な物を担いでいた。それこそ、ゴブリンと同じくらいの大きさので、割と上等な布に覆われていた。それこそ、僕が今着ている服よりも上等な布が使われた物だ。

 正直、ゴブリンの持ち物としては、不釣り合いなほど綺麗な布だった。だから、ゴブリンが運んでいる物は何処かから略奪してきたものかと勘違いしたのだが、流石に自分お同じくらいの大きさの荷物を運ぶのが疲れたのか、ゴブリンがその荷物を下した時に戦慄した。


——ミミじゃないか!?


 正直、この時声を出さなかったことを褒めて欲しい。

 ゴブリンが担いでいた荷物。それは略奪したモノで間違いなかったのだが、地面に寝かせられたそれは、僕の友達の一つ下の少女——ミミだった。

 ゴブリンたちはまるで荷物を持つのを代われと云うような喧嘩を始めたが、僕はそれどころでは無かった。

 何故ミミがゴブリンに攫われたのか、ゴブリンの手は既に村にまで届いているのか、兎に角様々な疑問が頭の中を駆け回る。


「すぅー……ふぅー」


 だが、今は混乱している場合ではない。僕は小さく息を吸ってゆっくりと吐く。

 幸い、見た処ミミは気を失っているようだが、外傷は見当たらないし、ゴブリンが丁寧に扱っている所を見ると生きているとみて間違いな。これがもし死んでいたりすると、ゴブリンの扱いは雑になる。

 一応ゴブリンも自分の群れを大きくする母体は大切に扱うらしく、その行動で状況がある程度絞れる。

 それに、コロニーに所属するゴブリンは、コロニーに雌を持ち帰ってから繁殖行為に出るらしい。これがハグレのゴブリンだと捕まえたその場で繁殖行為をするので、目の前のゴブリン共は今日発見したコロニーに帰属していると見て間違いないだろう。

 基本的に一つのコロニーがある付近に、他のコロニーは存在せず、仮にコロニー同士の活動圏がぶつかった時は、二つが交じり合うか上位種族が居る方へと吸収される。だから、目の前のゴブリンが先程のコロニーに帰属しているのは間違いないはずだ。


——今がチャンスかな……。


 ゴブリン共の争いは先程よりも激しくなり、幸いミミが寝かされる場所から若干離れた。今、奇襲を行えば、少なくとも一匹は確実に仕留められる。

 僕は隠れていた木から移動して、喧嘩しているゴブリンの死角になる場所に陣取る。

 今回は確実にゴブリン共を仕留める為に戦闘用のナイフも抜いておく。狩りの時は魔糸と弓を使うが、他にもナイフと体術を併用した戦い方も得意だったりする。ミミの安全を考えるなら、今回は接近戦闘一択なので此方のスタイルを選択した。

 そして、一匹のゴブリンに背後から魔糸を忍ばせ、その首に回して——。


——さーて……いくぞっ!


 一気に魔糸を引き絞って一匹のゴブリンの首を飛ばす。仮にこの時首が撥ねられなくても、その余力でゴブリンを一匹木に縛り付けられるので問題ない。

 そして僕は一匹のゴブリンに肉薄する。


「ぎゃ、ぎゃっ!?」

「ぐぎゃ、ぎゃっ!?」


 その時になってやっとゴブリンは状況の変化に気が付いたようだ。

だが、既に遅い。

 肉薄したゴブリンの首をナイフで切り裂き、素早くその場を離れる。すると、ゴブリンの首から大量の血が噴き出し、先程首を飛ばして血だまりを作っていたゴブリンの首なし死体に折り重なるように倒れた。


「ぎゃう、ぎゃうっ!?」


 瞬く間に仲間の二人が倒されて、恐怖状態になっている最後の一匹だが、拙いながらも木の棒——こん棒を構える。

 だが、そんな木の棒など僕からしたら何の脅威でもない。恐怖に負けたのか、隙だらけの大きな振りかぶりで襲い掛かってくるが、僕はそれを半歩引いて避ける。そこに、すかさず肘打ちをゴブリンの顔面に叩きこむ。


「ぐぎぃー!?」


 ゴブリンは余りの痛さに顔を抑えながらのたうち回る。勿論僕はそれで手を止めるほど優しくは無い。

 痛みで蹲るゴブリンの背中にナイフを突き立て、心臓の活動を止める。

 戦いが始まってしまえば、あっと言う間の出来事であった。それもそうだろう、元々ゴブリンの脅威はその繁殖能力にある。戦闘能力など、それこそ上位種でもなければ子供と大差ない。年齢に比べて比較的大きな体躯を持つ僕にとっては正に大人と子供程の力の差があるのだ。


「おっと、それよりもミミは無事かな?」


 取り敢えず、今はゴブリンの事よりもミミを優先しなければならない。

僕はミミに駆け寄った。



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