もう一度

 突然スマホが震えた。

 相手の声は焦って、ほとんど聞き取れない。だが、「心結みゆうが……」お義母さんの涙声が、水滴がひとつ平静だった心に、波を立たせた。


 いつも通り、夕方のパートへ。あたたかな笑顔で、自転車を走らせていったそうだ。その途中で……


 無我夢中で車を走らせた。息を吸う、そんなのじゃ足りない。空気を含み、呑み込んだ。よく医療ドラマで見る機械が、彼女を囲んでいた。規則性のあるグラフ、


「しばらくすれば、目を覚まします。ただ、後遺症が出るかもしれません」


 頭を強く打ったようだ。脳になにか異変が起こるという。それでも、生きているんだ。それ以上、何を望むんだよ。


 大人が、男のくせに……ベッドにすがりつき、声を上げて泣いた。





 仕事は早めに切り上げ、病院へと足を運ぶ。


「心結、体調どう?」


陽平ようへい、こんにちは」


 すこしの違和感が、重なっていた。いつもの、あたたかな笑顔なのに。


「プリン、買ってきたんだ」


「好きなものばかり、いつも、ありがとうございます」


 なんで敬語なんだよ。生きている、それで良かった。なんで、なんで距離があるんだよ。受け入れてたはずだろ……。


「じゃあ、また来るね」


「あの、扉前で、聞いてて欲しいんですけど」


 疑問ばかりが、考えを埋め尽くす。言われた通りに動くか。


「陽平へ─…」


 久しぶりの呼び方に、心臓が痛いくらい反応する。書いたものでもあるのか、語りかけるように──…


『気付いたら病院のベッド、びっくりだよね。ごめんなさい。どこか悲しげなのは、やっぱり、陽平さんの知っている私じゃないから、ですよね。

 だけど、もうしばらくベッドにいる私は、私なんです。叶うなら、もう一度、お願いします』




“ふたりの思い出、作りませんか?”




 あーぁ、なに馬鹿なことやってんだか。あの頃も、心結に言わせて。また、もう一度、


「これからの日々を、一緒に歩いてください」


 扉越し、まっすぐに。決めた想いを、声に乗せて。



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