2. 触れ合う気持ち

部屋の中は至って簡素なもので、ベッドに、窓、机、冷蔵庫と必要最低限の物しか置いていなかった。

 ちなみに、洗濯機は階ごとに個人の部屋とは別に、一人一人に用意されているらしい。


 机の横には、まだ整理されていないキャリーバッグが置かれている。


 お部屋の中で女の子二人っきり。

 それも、吸血鬼(厳密に言うと、彼女は吸血鬼ではなく、人間と吸血鬼のハーフヴァンパイアなのだが)と人間――――。


 言わば、食う側と食われる側。

「ユリ……」

「あっ、ひゃっ、ひゃい!」

 右腕の裾をちょこんと掴んでくる。

 からの上目遣い。


 くぅ、可愛すぎる!!

 私、女の子なのに!

「百合はさ、どうするつもりなの?」

「ど、どうするって何を……?」


「ほら……その……」

 なんでモジモジしてるの!?

 顔も心無しか赤いし!!


 も、もしかして告白!?

 そんな、部屋も隣で1年からずっと一緒にいる間柄なのに……。

 急にそんなこと言われたら困るよ!!


 心臓の音が速く、大きくなる。

 私も心の準備を決めなくちゃ!!


 落ち着け。

 落ち着け~、私。

 心の中で深呼吸をするのよ!


 リーちゃんの桜色の小さな唇が動く。

「ほら。一緒に喫茶店のバイトをしようって話。どうするの? マリンちゃんも呼ぶの? 彼女、接客とか上手そうだし、向いてると思うんだけど……」

「え? ば、バイトのお話なの?」


「もう、何を聞いていたの!? 私はさっきからずっとその話をしていたんだよ!!」

「いや、そ、そ、そうだよね。あ〜はは〜」

 頭をポリポリ。


 び、びっくりした~!

 てっきり、リーちゃんが私の事好きなのかと思った~!!

 でも、なんか複雑な気分……。


「呼ぼうよ! 三人でバイトしようよ! どうせ暇だし、今から行こう!!」

「えっ!? 今から行くの!?」

「うん!! だって、どうせ今週一週間暇じゃん」

「む、確かに……」


 というわけで、私達はバイトの面接を受けに街に出ることにしました。

「あのさ、マリンちゃんを呼ぶんじゃ無かったの?」


 石畳の上を歩く。

 リーちゃんはフリフリの黒と白を基調としたワンピースに、純黒のパンプスを履いている。

 彼女曰く、吸血鬼だから暗い色が好きなのだそうだ。

 黒とか、紫とか。


 私はどんな格好かと言うと、白の半袖シャツにミニスカート、スニーカーというスポーティな服を選んでみた。


 リーちゃんの批評によれば、『ゆりちゃんっぽい天然でちょっとおバカ系なコーディネート』らしい。

 どういうこと!?


 横目でちらりとリーちゃんを見る。

 ――背中まで伸びた銀白色の髪。

 ――お人形さんのように端整な顔立ち。

 ――紅蓮のような真っ赤な少し強気な瞳。

 ――ピンク色の小さな唇。

 髪の色と同じ銀白色のまつ毛が横顔から見える。


 リーちゃん、睫毛長い。


 彼女のその美貌に見惚れてしまう。

 彼女がこっちを向く。


「なあに? さっきからあたしの方をジロジロ見て。あたしの顔に何か付いてる?」

「い、いや、何も付いてないよ」

 目を逸らす。

 後ろめたい気持ちが少し胸に残る。


 川と川を繋ぐ橋を渡る。

 流れる水は透明感があって綺麗だ。

 水中を観察すると、、川魚も泳いでいるのが分かる。


「や、やっぱり、石畳上だと足疲れちゃうよね」

 何言っているんだ?

 私は。


 と、ゆらりと世界が回る。

「うわっ!!」

「ユリちゃん危ない!!」


 気が付くと、リーちゃんの顔があった。

 心臓がドキドキする。

 体が、心が熱い。

 脳が蕩けそう。


「あ、ありがとう。リーちゃん」

 リーちゃんは、私の目を見つめるだけで返事をしない。

「あ、あの。リーちゃん?」


 と、突然、柔らかいものが唇に触れた。

「んっ!!」

『それ』がなんなのか、突然の事で一瞬分からなかった。

 ――――リーちゃんの唇だった。


「ん、んんっ」

 話そうとしたけど、人と半吸血鬼。

 力で勝てるわせがない。


 でも、私の心のもやもやは溶けていた。

 唇と唇を離す。

「ユリちゃん。私の心に気付いているんでしょ?」

「え?」

「私、ユリちゃんの事が好きなんだよ。ユリちゃんは? ユリちゃんはどうなの?」

「わ、私は――」


 彼女はそう言うと、両手を私の頭に回して来た。

 彼女と私の唇が再び重なり合う。

 聞きたくないと。



 震える彼女の両手からは、その答えを聞きたくないという、彼女の気持ちが伝わってくる。

 私は、両手を彼女の腰に回して強く抱きしめる。


 愛おしく。

 花を――可憐な花を愛でるかのように。


 これが、私の答えだよ。

 リーちゃん。


「ん、んん」

 唇を一度離し、もう一度。

 今度は私の方から。

「これが、私の気持ちだよ。リーちゃん」

 耳元で、そう囁いて。


 熱い。

 唇と唇が重なり合い、一緒になる。

 この時間、この空間、この体を共有し合う。


 好きと言う気持ちだけでは説明出来ないこの気持ちは何だろう。


 分からない。

 今の私には分からないけれど――――、

 今はこの時間を堪能したい。


 誰が見ているとも分からない橋の上で私達はお互いを求め続けた。


「もう、良い? リーちゃん」

「もっと。もっと頂戴」

「もうっ! リーちゃんの欲張り」

 でも、嫌じゃない。


 私達は、本来の目的を忘れて優しい時間に身を委ね続けた。

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