第六章 深見山の真相1

 「庄屋が中川の者ではない。どういうことだ。」

 万兵衛はよもぎに尋ねた。

 「これをご覧ください。」

 よもぎは袋を差し出した。万兵衛は怪訝そうにする。


 「何だこれは?」

 「中身は干し飯。鷹助からもらいました。『誰にも盗られないようにしろ』『干し飯のことは誰にも話すな』と言われました。そして『必要な時に開けろ』と。必要な時とはどんな時だと思いますか?」

 「そりゃ腹が減った時ではないか。」

 「私もそう思いました。でも実際には違う。」

 よもぎは袋を開け、中から紙切れを取り出し、万兵衛に渡した。

 「何が書いてあるんだ…『この者は手助けをした故に見逃すべし 鷹助』…何!」

 紙切れは万兵衛の握力でしわくしゃとなった。


 万兵衛は声を上げた。

 「…っということは間者は…鷹助だというのか…」

 「その通りです。思えば鷹助にしか出来ないことがありました。」

 「鷹助にしか出来ないこととは…」

 万兵衛は静かに呟く。

 「その前に何故あなたがたえさんの死を誰かの仕業だと言ったのかを当てましょう。」 

 よもぎは万兵衛を見つめる。


 「勇太郎がたえさんがお守り袋を持っていたのを見たと言いました。そして吾作はあなたがたえさんに隣村の本軍を通して奥方までお守り袋を届けてくれと頼んでるのを聞いていました。」

 「何…吾作は聞いていたのか…」

 「はい…ただ、このお守り袋、崖で見つかったたえさんの手元にはありませんでした。あなたが殺しだと主張したのはお守りが消えたため。そうじゃないですか?あそこまで騒ぐとなればただのお守り袋ではないですよね?」

 万兵衛は口を噛みしめ語りだした。


 「確かにそうだ…あのお守り袋には密書が入っていた。八木様に間者がいるかもしれんと伝えようとした。間者がいるとしたら、どこで見てるか分からん。そのため妻にお守り袋をとたえ殿に言ったのだ。鷹助に頼もうとしたがあいつは見当たらなかった。それで代わりにたえ殿に…。妻の手元に届けば中身に気づいてくれるはず。そして八木様の耳に届く。そのはずだった。」

 万兵衛の握る拳に力が増す。

 「しかし、たえさんはお守りを持っていなかった。鷹助が盗ったんでしょう。私たちがたえさんを見つけた時に最初に遺体に駆け付けたのも、村人が来るまでの間にたえさんの側にいたのも鷹助だけなのですから。」


 「しかしお前たちが辿り着く前に、徳左衛門殿たちがお守り袋を奪い崖を登り、そして道を進み、悲鳴を聞いてからやってきたと見せかけたとも…」

 「崖の下は泥でぬかるんでいました。二人の着物は汚れていなかったので崖の下には降りてはいないのでしょう。」

 未だに信じきれない万兵衛によもぎが反論する。


 「では道で二人がたえ殿からお守りを奪い取り突き落とした…」 

 「あの道は一人しか通れぬような狭い道。とても二人以上で奪い合うような広さではありません。勢い余って自分自身まで落ちてしまうでしょう。あそこで奪い合いは起きてはいないと思います。」

 「じゃあお守りが奪われたのは別の所だ。たえ殿はお守りを奪われ奴らから逃げようと駆けだした。崖に辿りついたところで…」

 よもぎは静かに首を振る。


 「お守りをたえさんから盗んだ。その前にたえさんがお守り袋を持っていることを知っており、中に密書が入っていると疑わなければならない。それにたえさんが深見山に向かったということを知った者でなければなりません。庄屋様と伝吉はこれらを満たしていません。」

 「なぜそう言えるのだ。」

 「勇太郎はたえさんが村を出ようとして引き返すのを見てました。村から出ようとしている所で伝吉を偶然見かけたんじゃないのでしょうか。伝吉は一本松の近くに住んでいるので目に入ったでしょう。それで引き返した。」

 「伝吉を見て。なぜ引き返そうとしたのだ。」

 万兵衛は不思議そうする。


 「たえさんは庄屋様を妾の事で疑っていた。伝吉は庄屋様の子分。伝吉は昼近くまで寝てると言うのになぜか朝早くに出掛けていく。それを見たたえさんは不審に思うでしょう。」

 「なるほど…。徳左衛門の妾のことで伝吉が出掛けていくと思い後をつけた。そして深見山を登って行った。」

 「そうです。お守りを庄屋様たちが奪おうとしているなら、たえさんを追って村の外へ出ることはあっても、たえさんに付けられるというのは筋が通りません。一方の鷹助は朝早く薬草摘みと称して外に出てたら山へ行く伝吉を見てるかもしれません。その後をつけるたえさんの姿も。そして、勇太郎からお守り袋を持ったたえさんを見たという話しをされていました。たえさんが万兵衛様の何かを持ったまま伝吉を追いかけ山に入ったと悟り、山に詳しい私を捕まえて自分も山に入った。」


「ううむ…」

 万兵衛は唇を噛みしめた。

 「言われてみればその通りだ…。儂は鷹助を疑ってはいなかった。」

 「私、あなたが鷹助を信じるのは以前中川の兵に助けられたからだとも聞きました。」

 「どこまで聞いてるのやら…そうだ…鷹助が間者ならば…あれは…」

 「芝居でしょう。そして庄屋様を調べると言いつつ村の者に庄屋様への不満を掻き立てる話をした。足軽には故郷に帰りたいという話をして村から逃げ出したくなるように仕向けたのでしょう。」

 「鷹助め!」

 万兵衛ははち切れそうな怒りを叫んだが気づくことがあったのか冷静になりよもぎに尋ねた。


 「しかし、たえ殿の悲鳴が聞こえた時、お前は鷹助と一緒にいたはずではないか。」

 「ええ。たえさんは鷹助に突き落とされてはいないのでしょう。」

 「では誰が…」

 「それは昔…。村であった火事が関わっています。」

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