復讐の水音

霜月りつ

○ 廃工場(昼)


  割れた窓から日差しが入る。

その光に顔を照らされ、床に倒れていた山田章司が目を覚ます。


床から顔をあげ、自分が後ろ手に縛られていることに気づく。手はロープで鉄柱につながれ、一メートル以上動けない。


周りを見回す山田。

すぐ横に水の入ったバケツ。

壁のそばにドラム缶。

目の前にパイプ椅子。その椅子の上に少年の遺影が置かれている。


怪訝そうな顔で遺影を見つめる山田。記憶をたぐる。


はっと目を見開く(思い出した)。


陽子の声「誰だかわかるわよね」


  山田、顔だけで振り向く。入口から陽子が歩いてくる。


陽子「わかるわよね」

山田「……松本……くんの、お母さん……」

陽子「そうよ、あんたに殺された松本浩よ」


   陽子、遺影のそばに立つ。


陽子「大変だったわよ。スタンガンで気絶させたあんたをここまで運ぶのは。少しはダイエットしたら」

山田「(身をよじる)ど、どうしてこんなことを。ここはどこだ!」

陽子「どうして? わからないの?」


  厳しい顔の陽子に息を飲む山田。


山田「あ、あれは事故だ。事故ってことで……話がついたはずだ」

陽子「話なんてついてないわ。あたしは納得してない。あんたたちが浩を殺した。なのに罰も受けずにのうのうと生きてるなんて」


  山田、目を見開く。


  フラッシュ―――裸で顔を腫らし震えている松本浩


山田「あ、あれは……ちがう……」


  フラッシュ―――警察の取調室にいる中学生の山田。


山田「松本君が……川に入れるというから」

陽子「だからいれた? 嘘でしょう」

山田「(大声で)冗談だったんです!」

陽子「冗談? 二月の寒い最中、何度も川に突き落とすのが冗談?」

山田「(弱々しく)し、死ぬなんて……思わなくて」

陽子「でも浩は死んだ」

山田「お、俺だけじゃない! あのときは橋本も、天野もいたし!」


  フラッシュ―――裸の松本浩を蹴っている学生服の三人


陽子「あんたはあの事件のあと転校して、大学へ行って、会社に入って結婚して子供を作った。つまんない人生よね」

陽子「でも、あたしの息子はそのつまんない人生も送れなかった」


  遺影をそっと撫でる陽子。


陽子「あたしはずっとこの時を待っていたのよ。あんたが子供を持つのをね……」


 はっとする山田。

床にどさっと投げ出されるランドセル。教科書やノートの間からストラップのついたピンクの子供用携帯が出てくる。


驚愕の山田。


陽子「あんたの子供、遥香ちゃんて言ったっけ。かわいい子よね。いつも帰り道、やまむろ商店街を通って帰ってくるのよね」

山田「……ま、まさか」


  陽子、遺影の前を通って壁際のドラム缶まで行く。そばに蛇口があり、ホースがつながっている。

ホースを持つ陽子。


陽子「遥香ちゃんの身長は一四三センチ。一四三センチの子供が溺れ死ぬには、何リットルの水が必要かしら」


  陽子、蛇口をひねる。ホースから水が出て、ドラム缶の中に入っていく。


山田「(叫ぶ)やめろっ!」


  山田、膝でそばに寄ろうとするが、ロープで阻まれる。


山田「(叫ぶ)遥香っ、遥香! そこにいるのか、遥香!」

陽子「無駄よ。気絶してるし、起きてたって口はきけないわ」


  山田、頭を床に打ちつける。


山田「(叫ぶ)やめてくれっ、頼む! やめて!」

陽子「うちの子もそう言ったでしょうね」


フラッシュ―――水しぶきのあがる水面から笑って見ている三人の中学生の姿。


山田「(叫ぶ)す、すみませんでしたっ! 許してください!」


  床に頭をこすりつける山田。


陽子「やめてほしいの?」

山田「(叫ぶ)はいぃっ!」

陽子「だったらそこのバケツに顔をつけて」

山田「え?」


  水の入ったバケツがある。


陽子「あんたが顔を水につけている間は、水をとめてあげるわ」

山田「そ、そんな」


  陽子、ドラム缶の中を見て、


陽子「別にいいけど。まだ膝まではいってないし」


 山田、いきなり顔をバケツにつっこむ。


蛇口をひねって水をとめる陽子。


三十秒くらいたって、顔を勢いよくあげる山田。


陽子「そんなものなの?」


  蛇口をひねる陽子。また水が入っていく。


山田「(叫ぶ)やめてくれえっ」


  顔を水につける山田。


  ×  ×  ×


工場の窓に指す光が赤く黄昏ている。

薄暗くなった工場の中で、全身をずぶ濡れにした山田。唇は青く、ぜいぜいと息をしている。


陽子、ドラム缶に水をいれている。


のろのろと体を丸めてバケツに顔をいれる山田。


蛇口をひねり水をとめる陽子。


山田の体がビクンビクンと震え始める。三十秒以上たつが、山田は顔をあげない。

じっと見つめていた陽子だが、山田に近づくと、バケツを蹴る。


バケツが転がり水がこぼれ、山田がぐったりと倒れる。


陽子「(叫ぶ)あんたはあれだろ、自分が死ねばいいと思ったんだろ! でもそれは贖罪じゃないね。ただ面倒になったんだろ。疲れて苦しいのがいやになったんだ!」


  床に顔をつけたままぼんやりと陽子を見る山田。


陽子「そんなのは許さない。それじゃあ復讐にならないんだよ」

山田「(息も絶え絶えに)……たすけて……たすけてください……はるかだけでも……おねがいします……」

陽子「浩だってそう言った」

山田「(泣く)……ごめんなさい……ごめん……なさあいぃ……」


 陽子、じっと山田を見つめる。床にくの字になり顔を擦りつけすすり泣く山田。

陽子、ドラム缶に手をかけ、それを思い切り引き倒す。


大きな音をたてて倒れるドラム缶。水が一気に流れ出る。中に人の姿はない。

目を見開く山田。


陽子「遥香ちゃんは無事よ。あたしがしたのは遥香ちゃんの使っているのと同じ携帯とストラップを手に入れただけ」

山田「……」

陽子「警察に言ってもいいわよ。遥香ちゃんに父親が人殺しだって知られてもいいならね」


  陽子、椅子の上の遺影を取り、歩きだす。


山田「(弱々しく)ま、松本さん……」

山田「あ、ありがとう……遥香を……助けてくれて……ありがとう……」


 一瞬、立ち止まる陽子。ぎゅっと遺影を抱きしめる。


また歩きだす。


○ 廃工場 外(夜)


 入口から出てくる陽子。

遺影を助手席に置き、車に乗り込む。

手帳を開く。


陽子「次は……天野……」


陽子、遺影を見つめる。笑っている少年の顔。


アクセルを踏む陽子の足。


車が廃工場から離れる。

ぽつんとたたずむ廃工場。

遠景に日が沈み、真っ暗になる風景……。


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復讐の水音 霜月りつ @arakin11

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