元凶

「クケケケケケケケケケケケケケケ」


 コウモリは甲高く不快な声で笑い、翼をバサバサとはためかせた。

 これがこいつの本性だったのだ。でも、このほうがコウモリの姿によっぽどお似合いだ。


「もういいでしょう? 話して。あなたたち姉弟に一体何があったのか」

「いいわ。教えてあげる。あの日起こった出来事を」


 コウモリはいつもの調子に戻り、話し始めた。


「全ては六年前、アタシたちの両親が魔法研究所……ケストアークでの実験で死んだことから始まったの」

「それも魂の移動実験だよね?」

「そう。けどそのとき、実験は失敗に終わった」


 ここまでは課長から聞いた通りだ。


「両親を失ったアタシたちは、ケストアークで働かせてもらえるよう創設者に頼んだの」

「自分たちから頼んだの?」


 私はてっきり、ケストアークに無理矢理働かされているものだと思っていた。


「理由は二つ。両親がいなくなったから、自分たちで収入を得なければならなくなったこと。そしてもう一つは……アタシたちの手で両親を復活させたかったから」

「…………っ!」


 息が詰まりそうになった。カナデがそんな悲しい想いを抱いていたなんて、全然気が付かなかった。


「創設者は快くアタシたちを迎え入れ、ケストアークで働くことになった。そして、創設者はアタシにある使命を与えた」

「使命?」

「それは雨の街の魔礫を調査すること。創設者は雨の街の魔礫を奪うつもりだった。しかも、それを手に入れればアタシたちの両親を復活させることができるって言ったの」

「えっ、どうして!?」

「両親が実験で意識を失ったとき、復活させるにはケストアークが所有している魔礫だけでは足りず、もっと多くの魔力が必要だという結論に達したから」

「それで、雨の街の魔礫を奪おうとしてたの?」

「最終的にはそうするつもりだったみたい」

「…………」

「雨の街に行ったアタシは数日間滞在したんだけど、結局魔礫を見つけることはできなかった」


 たぶん、そのときおじさんや街の住民と話したのだろう。街の景色や住民の顔など、視覚的な情報は私の中に残っていた。


「任務に失敗したアタシは、汚名を返上するために自分も魂移動の実験体になることを選んだ」

「……あなたも実験体になるなんて、カナデは反対しなかったの?」

「しなかったわ。カナデにとっても、最優先事項は魂の魔法の研究を完成させ両親を甦らせることだったから」


 それを聞いて、また胸が締めつけられるように痛んだ。


「そして、アタシの魂はケストアークで飼われていたコウモリに移された。実験は成功したかのように見えた」

「うん」

「ところが数日後、カナデがおかしなことに気付いたの」

「それが、まさか……」

「そう、アタシから雨の街に関する記憶が一切なくなっていたの。さっき、雨の街へ調査に行った話をしたけど、このこともカナデから教えられただけで、アタシは今でもそれを思い出すことはできていない」


 そんなことが本当に起こるなんて。


 私の体に冷や汗が伝う。


「さらにカナデはこうも言った。アタシは雨の街から帰ってきたあと、そこにまつわるネット小説を書いていたって」

「その小説というのが『雨の街から』……」

「カナデにその小説を見せてもらったけど、自分がそれを書いていたということは思い出せなかった。なぜそんなものを書いたのかってことも」

「……それからどうしたの?」


 問題はここからだ。どうしてことになったのか。


「次にアタシたちが考えなければならなかったのは、失われた雨の街に関する記憶は一体どこにいったのかということ。まあ、考えるまでもなかったわね」

「魂を抜かれた体の方に残っている、だね」

「そう。そこでアタシたちは、元の体に残留している方の魂を目覚めさせる計画を立てることにした。けど、これは慎重にやらなきゃいけなかったの。雨の街に関する記憶しかない状態で目覚めさせたら、何が起こるか分からなかったしね」


 たしかに。精神に悪影響が出てもおかしくないと思う。


「けど、アタシたちは話し合いの末、面白いアイディアを思い付いた」

「それが、自分を小説の主人公だと勘違いさせること……」

「ええ、『雨の街から』は主人公が霧の中へ突っ込むところまでで投稿が止まっていた。そして、残留思念ちゃんにはこの小説の記憶がある。だから霧の先の丘で目覚めさせれば、残留思念ちゃんは自分が主人公・結原ヒカリとしてここまで来たと思い込むかもしれないという仮説を立てた」


 残留思念には、小説『雨の街から』と、ユカが雨の街に数日滞在していたときの記憶しか残されていない。それらの記憶が混在した状態で目覚めれば、小説に書かれていることが今までの記憶だと誤認する可能性はある。それは理解できる。けど……。


 そんなこと思い付いても、普通は実践まではしない。

 私はこの姉弟の、研究に対する執着心が恐ろしくなった。


「カナデはこの仮説を創設者に話し、実験をする許可を得た。そして、深夜に元の体を丘まで運び、早朝に目覚めさせるという計画が立てられた」

「目覚めさせるって、どうやって?」

「少量の魔礫を飲み込ませて、魔力を与えるの。アタシたちの両親は目覚めなかったけど、いくつかのサンプルではこの方法で目覚めることが実証されていた」


 いくつかのサンプルというのが気になったけど、触れないでおくことにした。要は、ケストアークでは何度か人体実験をしていたということだろう。


「実験当日、アタシたちは元の体を丘まで運んだ。アタシが魔礫を飲み込ませる役となり、カナデは丘を去った。小説のストーリーでは、アンタはアタシと二人で丘まで来たことになっていたから」

「わざわざ小説の記述と同じ服装にして、異物のサンプルまで持たせたんだよね」


 それを聞いたユカは意外そうな顔をした。


「そこまで気付いていたなんて、やるわね」

「小説の中で、私は異物のサンプルを持っていることになっていた。紙片とかはともかく、スクリューネジの手持ちなんてないから、自分の部屋のベッドから外して持たせたんだね」

「わざわざ買いにいくのも面倒だったし」

「そして、その状態で私を目覚めさせた……」

「そう、カナデが持ってきた風の魔礫をアンタに飲み込ませたの」

「…………えっ」


 どういうことだろう。これは、まさか……。


「計画通り、アンタは目覚めた。しかも主人公の名前である結原ヒカリを名乗り、自分は異物混入をなくすために風の色に来たと言った。あまりにも上手くいきすぎて怖くなったくらいよ」

「…………」

「そのあとのことはアンタの知っている通り」

「うん」

「過度な比喩を用いれば、アンタはといったところかしら……。そしてアタシたちの目的は、アンタみたいな自我を持った残留思念がどこまで記憶していて、何を考え、どう行動するのかデータを取り、それを両親の復活に役立てることってわけ」


 これが雨の街での異物混入事故の真実。そして、私という存在のすべて。


「でも、これで終わりじゃないということは分かっているわね?」


 コウモリが私の心を見透かしたかのように言った。


「ええ」

「むしろ問題はここから」

「そうだね……。なにしろ、のだから」


 雨の街に帰郷したとき、最近異物混入が見つかるようになったと住民が言っていた。課長も、他工場の雨の街向けの銘柄で異物の報告があったと言っていた。

 これらの情報は事実だろう。今になって、雨の街で異物混入が起き始めている。


「その原因も分かってるの?」

「……うん」


 私はゆっくりと頷いた。

 もう逃げるわけにはいかない。何もかもを受け入れる覚悟はできている。


「最初に起こった異物混入事件。それは、私が風の色のスパゲッティ工場で起こした事件だった」


 風の色の食品工場の危機意識を高めるため、存在しない犯人を牽制するため、そんな理由で起こしてしまったあの事件。


「その事件は原因が特定されず、世間にはそのまま忘れ去られると思われていた」

「そうね」

「けど、その一週間後、私が暴行事件を起こして失踪したという報道がなされた。そして、雨の街の出身で、スパゲッティ工場で働いていたことも分かり、異物混入事件の犯人も私であるという見方が強まった」


 実際そうだったんだけど。


「これが、反雨派の怒りを買うことになった。目には目を、歯には歯を。反雨派で、雨の街向けの食品に異物を入れられる人たちが異物混入を起こし始めた」

「悪意が広がっているのよ。水溜りに落ちた雨粒が起こす波紋のように」


 ユカの言うことはもっともだ。いたたまれなくなり、私は俯く。


「だから……私なんだ」

「……何が?」

「雨の街での異物混入も、元凶は私なんだ! 私が最初に異物混入を起こしたせいで、今こんなことになっているんだ!」


 もちろん全てが私の責任ではないということは、頭では理解している。こんな私を生み出したのはユカとカナデだ。彼らにも責任はある。元を辿れば、ケストアークの創設者が悪いのかもしれない。それは分かっている。でも……。


 たとえ記憶が偽物であっても、あのとき異物を混入させたのは確かにだった。私が自ら望んで紙片をスパゲッティに混ぜたのだ。その点だけは、どう足掻いても言い逃れはできない。


「私が悪いんだ、私のせいなんだ……」


 俯いたまま、消え入りそうな声で呟いた。


「そうかもしれない。アンタのせいでこうなったのかもしれない。でもそんなこと、今はいいの。それよりこの騒動を終わらせることが大事よ」


 そうだ、私の目的は異物混入をなくすことだ。、今までそのために行動してきた。それを見失ってはいけない。


「アンタ、異物混入を止める方法は考えてあるの?」

「もちろん、考えてるよ」


 私はようやく顔を上げ、覚悟に満ちた瞳でユカを見た。

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