帰郷

風間エニシロウ

帰郷

 冷える冬の深夜、俺は実家のある田舎に帰ってきた。理由はなんとなくだ。

 だが、このまま帰るのも味気ない。せっかく帰ってきたのだから何か地元の店に顔を出したい。あわよくば、知り合いに顔を合わせたいのだ。

 駅を出て、すぐ目に入ったのは寂れた商店街だった。その様子に寂しい気持ちが沸いてくる。だが、仕方あるまい。これも時代だ。俺が小さい頃は賑わっていた気がするんだがなぁ。

 駅から少し歩くと屋台を見つけた。店名「ほしめ」聞いたことも無い名だ。商店街は寂れたが、新しく屋台はできたようだ。

 何か飲みたい気分ではあるが、そんな聞いたことも見たことも無い店に行くのでは、当初の目的を果たせまい。俺はその店を後目に、歩みを止めず商店街に踏み入った。

 まずは馴染みのおっさんがやっていた居酒屋「おしの」に行くことにした。さあ、どれだけ知り合いが溜まっているだろうか。あそこは町のおっさん共のいい溜まり場だった。それに友人の忍野正が後を継いでいた筈だ。友と会うのも楽しみだ。期待を胸に「おしの」を目指す。

 だが、俺を待っていたのは虚しい結果だった。「テナント募集中」と張り紙がシャッターに貼られていた。記憶が正しければ、ここは住居も兼ねていた筈だが、引っ越してしまったのだろうか。いや、そもそも記憶と建物の形が違う。どうやら、だいぶ前に店が変わって、更に空きテナントになったようだ。

「はあ……」

 思わずため息をつく。残念な気持ちでいっぱいだ。

 だが、こうして仕方がない次を探すことにした。

 次はスナック「あやね」だ。学校に行く途中にあり、登校中に掃除しているおばさんによく会っては挨拶を交わし、アメちゃんをもらったものだ。愛嬌のある顔で「いってらっしゃい亮ちゃん!」と声をかけられるのは気分が良かった。もういい年になった今でも俺の事を覚えているだろうか。

 だが、俺を待っていたのは「閉店」の二文字だった。なんでだ!スナックならこれからだろう!

 しかし、よく見ると店がカフェになっていた。そんな、ここも変わってしまったのか。あの優しいおばちゃんの笑顔に迎えられたかったのに。俺はとぼとぼと道を歩く。

 ええい、こうなったら片っ端から巡ってやる!と意気込む。

 だが、「閉店」「テナント募集」「亭主の具合が悪いため」「気分が乗らないため」……いや、最後のはなんだよ!気分が乗らないって、そんな理由で店を閉めるなんて!信じられないぞ!名前はなんだったか……覚えておいて後で文句を言ってやる!

 最終的にここに戻ってしまった。駅前の屋台「ほしめ」見たことも聞いたことも無い屋台。なんでもいいから今は飲みたい。俺は自棄気味に、屋台にズカズカと近づき勢いよく暖簾をくぐる。

「おやじ、ちくわぶと大根と玉子と熱燗をくれ」

どうせ知らない冴えないおっさんがやっているんだろう。そう思っていた俺に答えが返ってくる。

「おう、ちくわぶに大根に玉子。それに熱燗だな。亮ちゃん」

 名前を親しげに呼ばれて、驚いて顔をバッと上げる。そこに居たのは、居酒屋「おしの」の倅、正だった。

「正!こんなとこで何しているんだ!おしのはどうしたんだよ!空きテナントなってたぞ!」

「んなもん、親父が具合悪くなってから辞めて引っ越したんだよ」

「親父さん、どこか悪いのか?今は大丈夫なのか?」

「ああ、けろっとしてるよ。もう店やるのは難しいけどなぁ」

 正は笑いながら言った。元気なようで何よりだった。やはり、知り合いは元気であってほしい。

「しかし、この屋台は……?」

俺が不思議そうな顔で正を見ると、正は恥ずかしそうに鼻を掻きながら答えた。

「いや、それがな。辞めたら辞めたで、なんだか寂しくなっちまって屋台でも始めたのさ」

昔は「こんなみみっちい店やってられっかよ」と反抗し、結局は居酒屋を継いだ正。どうやらこういった店を辞められなくなったらしい。

「まぁ、そこ含めて少し話そうや。あと少しすれば馴染みのおっさん達も来るからよ」

「そいつは楽しみだ!」

 俺の当初の目的は無事果たすことができそうだった。

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