黒猫と菩提樹

ユマリモ

黒猫と菩提樹


むかしむかし とある村に 小さな小さな猫がいました


その小さな猫は黒い毛皮をしていました

黒猫でした

黒猫は 村のみんなから禍々しいと言われていました

悪魔の子 と呼ばれていました

人々は黒いものを恐れていたからです

小さな黒猫はみんなから嫌われていました

黒猫の周りには いつも 誰も近付きませんでした

それでも黒猫は ちっとも悲しくも 寂しくも 感じませんでした

むしろ黒猫は それで良い そう思っていました



むかしむかし とある村に 大きな大きな木がありました


その大きな木は美しい葉と枝を持っていました

菩提樹は 村のみんなから美しいと言われていました

神様の木 と呼ばれていました

人々は大きな木を神様のようだと思っていたからです

大きな菩提樹はみんなから愛されていました

菩提樹の周りには いつも いっぱいの人が集まってきていました

ですが菩提樹は ちっとも嬉しくも 楽しくも 感じませんでした

むしろ菩提樹は この世のたった一人だけを 深く愛することに あこがれていました



ある日 村に強くて激しい雨が降りました

黒猫は 雨宿りできる場所を探しました

でも 嫌われ者を助けてくれる人は どこにもいません


黒猫は降りしきる雨の中 どこにいったら良いのかわからないけれど

歩いていくしかありませんでした

歩いて 歩いて 歩いた先に

ふと黒猫は 体に当たる冷たい雨が 止んでいることに気が付きました

顔を上げると 菩提樹の枝が 葉が そっと黒猫に手を差し伸べていたのです



「やめてくれ」

黒猫は戸惑いました



どうしたら良いのかわからなかった黒猫は ついその場を離れてしまいました

走って 走って 走って 走って

黒猫は込み上げる 熱い何かを必死で抑えていました


苦しいわけではありません ただ

ただ やさしくされたのが 初めてだったから



次の日 黒猫は あの菩提樹の元へ行ってみました


やさしい行いを不思議がる黒猫に 菩提樹は何も言わず そっと微笑みかけるだけでした

菩提樹にとって黒猫は 小さく愛らしい ただの黒い猫でした

とても小さく しかし菩提樹を神様を見るように見上げない

そんな黒猫は 菩提樹にとってとても珍しく

そしてひと目で だいじなものと なっていたのです


黒猫は 次の日も 次の日も またその次の日も 菩提樹の元に訪れました

菩提樹も 次の日も 次の日も またその次の日も 黒猫に微笑みかけました


黒猫と菩提樹の距離は だんだんと近づきました

村のみんなは 悪魔の黒猫が神様の菩提樹に近づくことを嫌がって 黒猫に石を投げました


それでも黒猫は菩提樹の元に訪れました

そして菩提樹も黒猫に微笑みかけました


村人は黒猫に呆れかえってしまいました

それでも 石を投げることは やめようとはしませんでした

神様を守るためなら当たり前だ と思っていたからでした



ある日 大変なことが起きました

菩提樹の村で 火事が起こったのです

瞬く間に火は燃え移り 辺りを真っ赤に染め上げていきます



ありとあらゆるものを食いつくして大きくなった火は じりじり菩提樹に近付いてきます


黒猫は逃げ惑う人々を じっと見つめています



黒猫は炎に立ち向かいました


しかし 結果は目に見えています

黒猫は火に飲み込まれ 傷を負っていきました 

体中に火が燃え移り 皮膚がただれ 血が噴出そうとも

黒猫は 菩提樹を守ろうと 炎と戦いました



火事が収まったのは 三日後のことでした

村は完全に燃え尽きて いたる所から煙が立ち上っています

人々は 焼け果てた村を捨て

一人 また一人とどこかへ引っ越していきました


村には誰も居なくなりました

そして 人々の記憶からも徐々に消えていったのです




数年後

旅人が 忘れられた村を 通りかかりました

辺りは相変わらず 焼け野原で昔と変わっていませんでした


ただ 一箇所だけ

緑が生き返っていた場所がありました


そこはかつて 黒猫が菩提樹に寄り添っていた場所でした

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黒猫と菩提樹 ユマリモ @marimoneko

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