第13話 父でありながら

「よかった。それじゃあ、こちらで準備を進めておくから――」

「ちょっと待ってください」

 明依が険しい表情で遮った。

「先生の考えはわかりました。けど、娘である私の意見はどうなるんですか」

「やっぱり止めたい? 明依さん」

「当然です。マテリアルが絡むなら、エリュシオンにも行くんでしょう? しかも安全が確認されていない入口から。そんなことしたらじゃないですか。お父さん」

 大きな瞳が永慈を見据える。


「私はお父さんの意志を尊重したい。けど、わざわざ自分から寿命を削るような真似はやめて。私は別に、お金が欲しいわけじゃないんだよ」

「お前ならそう言ってくれると思ってた」

 以前と比べて小さくなり、ひび割れも減って滑らかになった手を明依の頭に置く。

「ありがとな。そして、すまん。俺はな、どうしてもお前たちにまとまった財産を残してやりたいんだ。紫姫さんの話は、俺にとっちゃあ天啓だよ。そりゃあ、美味い話には裏があるもんだが、俺はこの人を信じることに決めた。決めたからには、ここから先は俺の責任さ」

「相変わらず」

 明依と紫姫の声がハモった。顔を見合わせ、互いに頬が薄らと赤くなっていることに気付くと、同じタイミングで視線を外した。


 明依は永慈の腕を取る。

「とにかく。こんな大事なこと、今すぐ結論を出す必要はないよ。もっとよく考えよう。せめて一晩、頭を冷やしてから――」

「ああ、そうそう。もうひとつ大事な話があるの」

 明依の話を遮り、紫姫がバインダーに綴じられた書類を差し出してきた。明依が胡散臭そうに無地の表紙を見る。

「なんですか? まさか怪しい契約書じゃないでしょうね」

「そんなんじゃないわよ」

 ぺらり、と書類をめくる。


「永さん。至誠館中央高校に来ない?」

「……は?」

「せっかく見た目高校生になったのだもの。せっかくだから、

「……え?」

「私のチームは優秀なスタッフばかりでね。我が校にもコネクションを持ってるの。手配するから、私たちと一緒の高校に通ってみない? ついでに日中のサポートをお願いしたいのだけれど」

 呼吸困難になった魚のような表情をする明依を、ちらりと見やる紫姫。

「たぶん同じクラスにできるわよ。クラス委員長さん」

「お父さんが……私のクラスに……? 一緒に、学校へ通う……?」

「どうかしら?」

「どうって……その、ええぇ!?」

「それはいいな」

「お、お父さん!?」

「残された時間、どうお前たちと過ごすか考えていたところだ。この際、クラスメイトになるっていうのは面白いアイディアだ。ただまあ……そうなると今の仕事は辞めないといけなくなるか」

「そ、そうだよお父さん! いくらなんでも非常識――」

「わかってるよ。特に昴成とは改めて話す。けどな明依、今の俺にとってはお前たちと一緒にいられる時間も大事なんだ。稼ぎと両立できるなら、これほど幸せなことはない」

「う……ぐ……」

「あーら。親子とはいえけるわねえ」

 やっかみ半分で紫姫がにやりと笑う。


「さて。永さんの意思確認はできたけど、あなたの意見を聞かせてもらえるかしら。明依さん?」

 明依は腕組みをして天を仰いだ。

 唸りながら考え込むこと、十五分。


「わかり、ました」


 口調はいかにも不承不承、口元はわずかに緩んだ状態で、明依はうなずいた。


 ――こうして永慈は、父でありながら明依や慧と同じ学校に通うことが決まった。

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