第8話 宣告

「私が君を発見したときには、すでに今の姿になっていた」

 瞑目めいもくしながら昴成が告げる。永慈は呆然としたまま、姿見に映った己と昴成の姿を見ている。

「……ふぅぅ……」

 大きく息を吐く。姿見から視線を外し、自らベッドに戻った。昴成も椅子に座り直す。


「ショックはでかいよ。確かに。まだぼんやりしてる感じだ」

 天井を仰ぎながら告白した。そして、笑みを浮かべる。

「だが、考えようによっちゃあとんでもなくラッキーだ。なあ昴成、俺がどういう状況に遭遇したか、だいたい想像はついてるだろ?」

「カテゴリー2、だな」

「避けようがなかった。だが俺は生き残った。それだけじゃなく、肉体まで若返ったんだ。どういう理屈か、それとも神の悪戯いたずらかはわからんが、これを喜ばない手はないだろう」

 そう言って、昴成に白い歯を見せる。たまらずといった様子で昴成は吹き出した。

「永慈。君って奴は本当に前向きだな。昔からずっとそうだ」

「伊達に中身がおっさんじゃねえよ。お前は羨ましいんじゃないか?」

「ふむ。だが酒が飲めないのは大きなマイナスだね。その身体では酒を出してくれる店はないだろう。なら人生の半分を損してしまったと言える」

「抜かせ」

 笑い声が重なった。


「安心したよ永慈。命が助かったとはいえ、精神的に参ってしまうんじゃないかと心配していた。さすが身体だけじゃなく心もタフな男だ」

「まあ、こういう仕事をしていると覚悟もできる。それに、腐界の影響で若年化した事例が今までなかったわけじゃない。だろ?」

「極めてまれなケースであることには違いない。しばらくは検査入院が続くだろう。職場のことは心配するな。私が上手くやっておく」

「頼む。それから子どもたちのことも」

「わかっている。妻も穂乃羽も、お前たち一家の味方だ。任せておいてくれ」


 永慈は枕に頭を埋めた。気持ちの整理がついた途端、空腹を覚える。

「そういえば四日もまともなもの食ってないんだよな。どうりで身体に力が入らないはずだ」

 腹をさすってひとりごちたとき、病室の扉がノックされた。看護師を引き連れ、清潔な白衣を着た初老の医師がやってきた。電子カルテを操作している。


「あー、遅くなって申し訳ない。ええっと、三阪永慈さん、ですな。主治医の浦達うらたつです。この度は災難でしたな。どうですか、お加減は」

「ちょっとだるいですが、問題ありません。とにかく腹が空きました」

「良いことです。医療センターの食事はなかなかに優秀です。ご賞味あれ」

「医療センター? ここ、山之辺の国立医療センターですか?」

「ええ。おや、お聞きでない?」

「いや、ずいぶんと大きな病院に入ったものだなと。部屋も個室で見晴らしの良いところだし」

「それだけあなたが特別ということですなあ」

 引き続き電子カルテに目を落としながら浦達が言う。


「えー、では私の方からご説明させて頂きます。すでにご自覚なさっているかと思いますが、あなたは腐界と接触した影響により身体異常を起こしています。以前と比較して身長が約十センチ、筋力が約二十パーセント、それぞれ減少しています。おそらく体力も相応に落ちていることでしょう」

 淡々とした口調に若干の不快感を抱きながら、永慈はうなずいた。「以前の身体データなんていつの間に手に入れたのだろう」とふと思う。

「外見年齢は高校生相当ですが、体内で起きている変化はむしろ『老化』です。あまりご無理をなさらないように」

「え、そうなのですか?」

「あらゆる数値がそれを示していますな。ま、だからこそ希有な事例と言えるのですが」

「でも鍛え直せば何とか……」

「なりません。腐界由来の身体異常は不可逆ですので。無理して以前の体力を取り戻そうなどとお考えにならないように」

 タブレットを軽快に操作する浦達。その間、看護師が体温や血圧を測った。「はい、もう大丈夫です」とだけ言って浦達の背後に戻る。

 浦達がタブレットを看護師に渡した。


「三阪さん、明日にでも退院の手続きをしましょう。ご自宅にお戻り頂いて構いません。今後は月に一度は通院して頂きますが、何かご相談があれば連絡を。私が対応しますので」

「明日? 明日もう退院できるんですか?」

「早い方がいいでしょう」

 永慈は昴成と顔を見合わせる。眉根を寄せた昴成が尋ねた。

「浦達先生。彼は、本当に大丈夫なのですか」

「非常に稀なケースですので、三阪さん次第ですな」

 咳払いをして、医師は永慈を見つめた。これまでと変わらない口調で告げる。


「様々な検査の結果、あなたは体内に深刻なダメージを受けたことが判明しました。長くても、あと一年の命でしょう。今のうちに身の回りの整理をしておくことを強くおすすめします」


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