英雄の呪い


 少女の生い立ちを理解した僕は、とりあえずリリーちゃんにどういう願いがあるのか知るために、身辺調査をすることにした。


 それで分かった事はいくつかある。


 まず第一に、彼女には両親が居ない。

既に他界したのか、それとも捨てられてしまったのか、とにかく両親がいないために住む場所もなく一人では生きていけない環境にある。

故に教会で優しいシスターさんが彼女を引き取り、母親の代わりとしてお世話しているという訳だ。


 こんな小さな村で、それも他人の子供一人抱えるなんてすごい負担だとは思うのだが、シスターさんはリリーちゃんを嫌がる素振りなど一切見せず、愛情いっぱいに育てている。

あまりの徳の高さに後光が差しているのではないかと錯覚してしまう程だ。


 次に、彼女には怪しげな魔法術式が掛けられているということ。

発見したのは本当に偶然で、ある日の深夜リリーちゃんの寝室から微妙な魔力の残滓が漂い、安奈さんがそれを魔力感知で感じ取ったのが始まりになる。


 最初は何だろうと不思議に思いつつも気にならなかったのだけど、とりあえず今はどんな情報でも貴重な手がかりだという事で警戒する事にした。

そして翌日の深夜、再び同じように残滓を感じたので急いでリリーちゃんの寝室に赴くと、なんとそこでは禍々しくドス黒い色をした魔力が放出され、呪いのようにリリーちゃん体を蝕み浸食していっているのだ。


 もちろん僕たちは急いで彼女を助けようとしたのだけど、どうにもこの呪いの術式が複雑すぎてすぐには解呪できそうになかった。

それこそ100年……、いや、それ以上の年月をかけて徐々に蝕まれたのかというくらいの深度で魔力が魂に癒着していて、とてもじゃないけど力ずくでどうにかできるレベルではない。


 安奈さんですらしばらく解析しないと答えはでそうにないという始末。

完全にお手上げだ。


 しかしこれはどういう事なのだろうか。

まず彼女がなぜこのような魔法を掛けられているのか、だれが掛けたのか。

そしてなにより、5歳ほどしか生きていない彼女にどうやって100年以上もの年月を感じる術式を施したのか。


 問題はそこである。


 幸いな事に術式が発動するのは深夜の一瞬のみらしく、本人に苦痛は無いし浸食もごくごく僅かだ。

ならばという事で僕たちは問題をとりあえず棚上げにし、その術式の解析を進めると共に次の行動に出る事にした。


 僕たちが少しでも動きやすくなるために、リリーちゃん達の前に姿を現し接触を図るという訳である。

安奈さんもこの事は相当深刻に捉えているらしく、より情報の精度をあげるためにシスターにも姿を見せるつもりらしい。


 まあ、グランくんの時みたいに設定だのロマンだのという話をされても、さすがに今回は僕の独断で勝手にやっていただろうけどね。

そう思い一先ず朝まで安奈さんにはリリーちゃんについていてもらい、僕は教会とその周囲を警戒することにした。


 ……しかしだからなのだろうか、僕は偶然にもその言葉を聞いてしまう事になる。


「神よ、神よどうかお願いです、リリーをお救い下さい。英雄の血族という死の運命から、そしてその血に掛けられた呪いからお救い下さい。そのために必要なのであれば、この身この魂をどのようにお使いになって頂いても構いません。ですからどうか、────リリーを助けて」


 その時、シスターは深夜の礼拝堂で涙を流し必死に祈っていた。


 なぜ彼女が深夜の礼拝堂で人知れず祈るのか、そしてなぜ呪いの事を知っていたのか、なぜそんなに申し訳なさそうな、悲しそうな表情のか、そういった事は分からない。


 ただ僕にはどこか、必死に祈るその姿に引っかかりを感じるのだった。



 ────翌日。


 結局一晩中つきっ切りで安奈さんが術式の解析を進めたけど、突破口どころかその手がかりになるようなものは何一つとしてなかった。

これまでで類を見ないほどの難敵である。


 だけどこれは一応予想できていた事ではあったので落ち込むこともなく、次の作戦段階に移ることにした。


 そう、シスターとリリーちゃんの前に僕たちの姿を現すのだ。


 それから朝になり、教会ではシスターが作った質素な朝食に幸せそうな表情で舌鼓を打つリリーちゃんと、そんなリリーちゃんを幸せそうに見つめるシスターがいた。


「リリー、ご飯は美味しいですか?」

「うん! お母さんが作ってくれた料理も美味しかったけど、私はシスターの料理も大好きなの!」

「あらあらそうなの、ふふふ。嬉しいわ」


 その後、とても満足そうに朝食を終えた二人は食器を片付け礼拝堂に向かう。

おそらくいつものお祈りをするのだろう。


『そろそろ出番かな』

『そうですね、今回は英霊の出現条件を緩くする代わりに演出を凝ってみる事にしたので、まずはこの安奈ちゃんにお任せ下さい』

『えぇぇ……』


 どうしても捨てられないこだわりがあるらしい。

まあここで必要なのは彼女らに接触することなので問題はないけど、物好きだなぁ。


 そして二人が礼拝堂で祈り始めたその時、部屋の周囲が眩い光で照らされ安奈ちゃんが降臨したのであった。


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