ユーチューバー病はわからない

ちびまるフォイ

ユーチューバーはインフルエンサー

健康診断が終わると別室に呼び出された。


「せ、先生……俺のからだ、なにか問題が……!?」


「ええ」


「ガンですか!? 重い病気でも隠さずに言ってください!

 なんでも受け止めますから!!」


「わかりました、では……」


医者は重い口を開いた。



「あなたは、ユーチューバー病です」



「……はい?」


「主に子供から大学生にかけて流行する病気なんですが

 最近ではとくに大人への感染も問題視され

 かの国では感染した家畜を徹底的に消毒するなど

 感染拡大を水際でとめようとやっきになって……」


「いやそうではなく、どういう病気なんですか」


「あなたはユーチューバーフェーズ1。

 ちょっと調子のりがち程度の症状ですからまだ軽いです。

 専門の医療機関で治療すればすぐに治ります」


「ちょっと待ってくださいよ! 俺には仕事があるんです!

 この忙しい時期に休むなんて考えられませんよ!」


「仕事とユーチューバーどっちが大事なんですか!」

「仕事でしょうが!」


結局、医者の忠告を無視して家に帰った。

なにがユーチューバー病だ。

どうせなにか不安をあおるようなことを言ってお金をせしめたいだけだろう。


それから数日後のことだった。


「あなた、なんなのこの大量の荷物は!?」


「ええ!?」


家に食べきれないほどの食べ物が届いていた。

しかもすべて同じ食べ物。


「くさやなんて、どうしてこんなに……。何考えてるの!?」


「俺だってわからないよ! 君が注文したんじゃないのか!?」


「そんなわけないでしょ! 受取人があなたなんだから!」


大量のくさやを注文したのは間違いなく自分だった。

覚えはないが履歴を漁ると自分の足跡が見て取れた。


「記憶喪失……?」


怖くなって医者に行くと、予想外の答えが待っていた。


「ユーチューバーフェーズ2になっていましたか……」


「フェーズ2!?」


「フェーズ2はやたらめったら爆買い、買い占めをしたくなるんです。

 ユーチューバー病の恐ろしいところは進行がわかりにくいところなんですよ」


「覚えがないのは……」

「ええ、病気のせいで我を忘れているからです」


「で、でも注意すればいいですよね」


「何言っているんですか、早く治療しないと手遅れになりますよ!

 そういう楽観的な考えになるところが、ユーチューバー病フェーズ1の症状なんです!」


「そんなバカな……。それにこれもネタになるじゃないですか」


引き止める医者を振り切ってそのまま病院を出た。

なにより今の生活が入院によって破壊されるのが嫌だった。


「あなた、こんな朝早くにどこへ行くの?」


「え? いや、山にでも登ろうかなって」


「山!? なんで突然!?」


「おい離せっ! 俺は山に登るんだ! そして山頂でゴルフするんだ!

 それをしないともう体がおさまらないんだよ!!」


「だれかーー! だれかーー! この人をとめてーー!」


妻が叫んだおかげで近所の人が暴力かなにかと勘違いし

警察が出てくる大騒動となった。


警察の取調室で話を聞かれる頃には、

さっきまで体の細胞すべてを支配していた登頂欲求は消えていた。


「君ねぇ、なんで山に登ろうと思ったわけ。

 そんな装備じゃとても登れないし、ましてゴルフとか意味わからないよ」


「ですよね……今思うとどうかしていたと思います」


「目立ちたかったの?」

「いや……なんでしょう……」


「山頂でゴルフなんてやったら他の登山家にボールあたるかもしれないでしょ」

「ホントそうですよね」


「反省してるのか!?」


「めちゃめちゃしてますよ! でも自分でもわけがわからないんです!

 こうしている間にも、俺は女装して女子校に潜入できるか試してみたいし

 走行中の新幹線の窓から手を出してみたいし、

 公衆トイレの水道管を破裂させてたくてたまらないんです!!」


「君はそういう癖なのか!?」


「ちがいます!! 俺の中の好奇心が自制心を上回ってるだけです!」


「病院いけ!!」


実際になにかをしでかしたわけではないために未遂として解放されたが、

導火線に火がついている犯罪者のような目で見送られた。


そして、半ば強制的に病院へと直行させられた。


「フェーズ3まで進行していましたか……」


医者は両親の葬式以上に暗い顔をしていた。


「フェーズ3まで進行すると他人に迷惑がかかるレベルです。

 今回は未遂ですけど、大事件になる可能性だってあったんですよ」


「でも目立てれば結果オーライです」


「そういう考えがすでに重症なんですよ!

 あなた一人が目立つために、他の人の迷惑を考えてください!」


「ご、ごめんなさい……」


「ユーチューバー病の恐ろしいところは自覚症状がなく、

 進行フェーズも非常にあいまいでわかりにくいんです」


「このままだと、俺はどうなるんですか?」


「フェーズ4:非常に危険な大炎上

 となります」


「ごくり……」


「女性問題や裁判レベルの大事件を起こしてしまいます。

 仮に直接の被害を免れたとしても、あなたの不評はネットに刻みつけられ

 何年、何十年たってもあなたはそのことで不利な立場になるでしょう」


「うそ……」


「街を歩けば不倫野郎とか、詐欺野郎とか

 後ろ指さされるような人生になっていいんですか!?」


「わかりました! 治療します!」


ついに観念して入院による治療の覚悟を決めた。

ユーチューバー病には専用の隔離病棟が用意されている。


「この隔離病棟ではあらゆる危険物および配信物の持ち込みを禁じています。

 ここで更生すればあなたの病気も治るでしょう」


「なにも隔離しなくても……」


「ユーチューバー病は高い感染力がありますから」


患者たちはユーチューバー病末期患者ばかりで、

部屋に備え付けてある監視カメラを撮影カメラに見立てて配信ごっこをしていたり、

誰も見ていないのに商品の紹介をしていたりと地獄絵図だった。


まだ自我を保てているだけまだマシだった。

もっと進行していれば彼らのように我を忘れていたのかもしれない。


 ・

 ・

 ・


厳しかった入院生活をついにやり遂げると、

これまで体を支配していた配信への強迫観念がすっかり消えていた。


「ああ、なんて自由で解放された気分なんだろう。

 今ではどうしてあんなバカなことをしようとしていたのかわからない!」


医者の言うとおりに治療してよかった。

これまでの非礼も含めてお礼にふたたび病院を訪ねた。


「あの、俺を担当していたお医者さんを知りませんか?

 いくら探しても見当たらなくって……」




「ああ、その先生でしたら、

 突然『手術中に配信してみたwwwww』の動画を流してクビになりましたよ?」

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